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傲慢な銃 第二章
第一章の続きです。未読の方は先に第一章をお読み下さい。


 世界は、案外狭いのかもしれない。実はこの眼で見通せる程の広さしか無いのかもしれない。そんなはずはないのだけれど、今日の出来事を思い出すと、そういう考えがどうしても頭に浮かび上がる。
 文さんと別れた後自宅に帰ると、そのままばたりと寝床に横たわった。枕を抱きながら思い出すのは、あの店の、あの金色の目をした主のことだ。
 父の友人だと言った。
 もちろん初耳だ。生前父は私に「半人半妖の友人がいる」なんて聞かせてくれたことはない。それはそうだろう。娘に自分の交友関係を聞かせたとして、子供の私にはきっと訳が解らなかった。
 父に友人がいなかったとも思っていない。それでも、実際にそうだと名乗る人との出会いは衝撃だった。
 父が死んでから既に、一人の子供が自立するような、それ程の年月が流れている。いなくなった人の新しい一面を、まさか今になって発見するとは思わなかった。

 発見?

 いや、私はまだ何も聴いていない。あの後、森近さんには何も訊けなかった。
 私はまだ何も知らない。
 そうだ。私は父の死因すら知らない。

  ◇

 射命丸文が様々な資料を持って、再び香霖堂を訪れたのは、その五日後のことだった。
「大変だったんですからね。新聞のネタ探しって名目だけで資料室に入り浸るのは。最後の方なんて監視が付いたんですからね。全く」
 霖之助はにやにやとした彼なりの笑顔を浮かべて文を出迎えた。
「ありがとう。しかし、天狗の内部資料なんてよく持出許可が降りたな」
「降りてませんよ。だから資料室で内容だけを手帳に写してきたんです」
「それ、まずいだろう」
「まずいに決まってます。いざとなったら責任とって下さいね」
「ああ、香霖堂の店主に利用されたとか何とか喚きたてればいいさ」
 文がカウンターテーブルに手帳を広げると、霖之助は神妙な顔をして中を覗き込んだ。
「これが?」
「ええ。『犬走哨戒兵の死亡記録』です。他はのページは読まないで下さいね」
「少ないな」
「元々少なかったんです。それに、流石に丸写しは出来ませんでしたから、必要箇所だけ抜き出したらこうなりました。これでもギリギリです。ま、足りない分はこちらに入っているのでご安心を」
 と、文は自分の頭をこつんと叩いた。
「なるほど。そっちの方が信用できるよ。それにしても天狗文字で書かれていなくて良かった」
「訳してあげたんですよ。ありがたく思って下さい」
「ああ、ありがとう。手間をかけたね」

 そう言うと霖之助は資料に没頭し始めた。
 手持ち無沙汰になった文は、ややうつむき加減の霖之助の横顔をぼんやり見ている。
 彼に自分以外で天狗の知り合いがいるとは知らなかった。しかもその相手が椛の亡き父であったとは、想像も付かなかった。彼の反応を見るに嘘ではないだろう。なんと恐ろしい程の偶然である。一体いつの間に知り合っていたのだろう? 少なくとも自分と出会うよりも以前なのは間違い無い。
 ともかく、霖之助と椛の父は過去に出会い、友人となった。その後二人は長い間逢わずにいて、久し振りに娘の口から聞いた友の近況は死亡告知だった。衝撃だろう。「彼の死んだ状況が知りたい」なんて、協力を求めてきたのは自然なことだ。

「……これだけかい?」
 霖之助が手帳から眼を離した。
「それだけです」
 文が答えた。霖之助はやや不満げな顔をしている。当然だろう。手帳に書いてあったのはただ一文だ。

『水無月十八日、巡回後定刻となっても詰所に戻らず。後日、山中某所に於いて死亡と推測。確定。』

「情報が極端に少ないじゃないか。天狗の文章にしたって酷すぎる」
「今なら聞かなかったことにしてあげますよ?」
「すまん」
「でも、天狗の眼から見てもこれは異質です。元のファイルにしたって彼の記事は一ページ分も無かったんですから」
「こういう書き方もおかしいな。『死亡と推測』っていうのはどういうことだ?」
「私は、当時担当でも何でもありませんでしたから、詳しいことは言えないんですけれど……」
 と、ここまで言って、文は言葉を切り、カウンターを離れると手早く店内の窓の鍵を閉めて回り始めた。瞬間その意図を察したのか、霖之助も立ち上がって、玄関扉にお飾り程度に付けられている開店中の札を裏返し、戸に閂をかける。
 二人は香霖堂をすっかり密室にしてしまうと、再びカウンターで向かい合った。文は普段とは異なる真剣な表情をして言った。
「……いいですか? ここから先は、天狗の持つある秘密に触れることになります。山の関係者以外には公開されない情報です。たとえば私がこの情報を関係者以外に私的に流したことがばれると、私の立ち位置は非常に危ういことになります。店主さんだって何をされるか解りません。普通、こんな危ない橋は渡りません。店主さんが、椛の父親と友達だったというから、こんなことしてるんです。いいですか? 霖之助さんだからこそしているんです。絶対に情報の使い方を間違えないで下さい」
「解った。誓うよ」
 只ならぬ雰囲気に霖之助は低い声で承諾の意を伝えた。
 それを確認した文は、顔をぐいと近づけると密やかな声で語り始めた。

「……そもそも、誰も遺体を確認していないんです」
「なんだって!?」
「静かに!」
 思わず立ち上がった霖之助を文が押さえつけた。再び沈黙が降りる。
「ああ、すまない……だとすると何故彼は死んだことになっているんだ?」
「状況的に死んだとしか考えられない、いや、場所的にと言いますか、とにかく、そういう見解です」
「場所的に、っていうのは聞き慣れない言葉だな」
「哨戒天狗の仕事内容はご存知ですか?」
「ああ。知ってるよ」
「なら話が早いです。彼らは報告書を書かないといけませんから、私達記者程じゃないにしても、細かくメモを残す人が多かったんです。まあ、最近は異変らしい異変もありませんから、そういう人も少なくなりましたけれど。それで、椛のお父さんも、姿を消す前に行き先を示すメモを残しているのですが、その場所が最悪でした」
「どこなんだ?」
「私達天狗の間で『天狗隠し』と呼ばれている区画があります。場所は私も知りません。まあ、知っていたとしても言えません。山の何処かのほんの一部分、とでも思っていて下さい。彼はそこに向かい、そこで命を落とした。と、されています」

 されている、という言葉に霖之助は違和感を覚えたが、追究はしなかった。
「その『天狗隠し』というのはどういう場所なんだい?」
「簡単に言うと、行ったら帰って来れない場所です。噂には一里四方にも満たない狭い範囲らしいのですが、足を踏み入れたら最後、生きて戻った者はいない。皆煙のように消えてしまう。子供を隠す筈の天狗が隠される場所、ということで『天狗隠し』と」
「なるほど。山中の魔所なのか」
「その通り。筋金入りの魔所です。六十三名中三十八名、内三十八名。これ、何の数字だか解りますか?」
「いや」
「最初のが行方不明になった犬走氏の捜索に動員された天狗の総数。次がその際『天狗隠し』に足を踏み入れた天狗の数。最後のは、そのまま戻ってこなかった天狗の数です」
 指を折りながら説明すると、霖之助はふむと唸った。
「百発百中か。大したものだな。しかし、それだけで死亡と断定するのは早計じゃないか?」
「そりゃ、それだけの天狗が一度に消えた場所ですから、当然調査が入ります。
 記録によると、結成された調査隊は五十六名。その内、『天狗隠し』内部に入ったのが半分、入らなかったのが半分です。新手の妖怪か、毒ガスか……様々な可能性が考えられましたから、選抜されたのは十分な装備を抱えた精鋭達です。突入部隊は更に分かれて、地上と空の二経路から進入を試みました。それでですね、空から進んでいた天狗達が『天狗隠し』の上空に差し掛かった時に、突然墜落したんだそうです」
「墜落?」
 霖之助は眉を顰めた。
「全員がかい?」
「全員がです」
「それは、弓か何かで撃ち落されたということかい?」
「解りません」
 文が答えた。
「なんでも、意識あるまま引きずり込む、というよりは、空中で心停止してそのまま落ちる、といった感じだったそうです。ともかく、そうやって仲間の天狗が次々に墜ちていく様子を、外から監視していた天狗が見ていました。墜落先は『天狗隠し』で、もちろん、彼らは一人も戻ってきませんでした」
「一応聞くけど、地上部隊はどうなった?」
「全滅です」
「酷いな」
「ええ。こんな酷いことってあまりありませんよ。結局明らかになったのは『天狗は天狗隠しに近づいたら死ぬ』という事実。それが何故なのか? 誰になのか? 何になのか? どうしてなのか? どうやってなのか? ……何も解りませんでした」
「ちょっと待った。誰も現場に近寄れないなら、結局どうやって仲間の死を確認したんだ?」
「一人、ぎりぎり外から見えるくらいの位置に倒れていた者がいて、それを観察した結果、間違いなく死んでいると」
「……腐っていく様子でも見たのか?」
「……やめて下さい。想像したくないです」
「僕もだ。なるほど、それなら死亡で確定か」
 霖之助は感心したとも呆れたとも取れるような声を出した。軽く髪をかき上げて、文は続ける。
「その直後、『天狗隠し』は区画ごと封鎖されます。というより、封鎖するしか無かったんです。おかげで現在に至るまで『天狗隠し』に隠された天狗はいません」
「一人も?」
「ええ。一人も」

 霖之助は指を組んだままちょっと黙っていたが、やがて溜息混じりに言った。
「……情報が少ないのはそういう訳か」
「飛び込んだら即死ですからね。完全封鎖も頷けますよ」
「で、具体的に場所は何処なんだい?」
「言えるわけ無いでしょう!」
 飛び上がらんばかりに大きな声だった。
「言えるわけが無い? さっき君は、知らないと言ったじゃないか。あれは嘘か?」
「知ってたって教えないって言ったんです!」
「じゃあ知ってるのか?」
「あーもう! どうしてこれが天狗の秘密になっているのか、ちょっとは考えて下さいよ!」
「そりゃ考えたさ。近寄るだけで死ぬ場所なんて公開してしまうと、使い方によっては、相当えげつないことが出来るからね」
「はあ……」
 文は肩の力を抜きながら、僅かに眼を伏せると、
「……知らないのは本当ですよ。位置関係の情報は見事に封殺されていました。氏の残したメモだって現存していませんし、少なくとも、一介の新聞記者が調べられるのはこれが限界です」
「いや十分さ。ありがとう。正直、ここまでとは思っていなかったよ」
「最初のぴら一枚じゃ、貴方は納得しなかったでしょ? だから五日もかかったんです。本当、資料が少なくて」
「少なかったのかい?」
「少なかったんです。もっと褒めて下さい」
 と顔を上げたが、褒め言葉の代わりに聞こえてきたのは柱時計の音だけだった。
 文は顔を膨らませる。まったく、一個人の、しかも部外者のためにここまで骨を折ったのだから、もう少し評価してくれたっていいじゃないか。
 実際、彼女は苦労したのである。
 資料室の切れかけた照明と灰色の壁の下で、それとなく監視が付いていたためにうっかりメモを取ることも出来ず、貸し出し不可の主要な情報は全て頭に叩き込み、風化しかけた過去の事件を解りやすく整理しなおしたのだ。

「……どうしてそこまでするんだ?」
 霖之助がぼそりと言った。心中を見抜かれたようで、慌てて文が跳ね上がる。
「それは! ……店主さんが知りたいって言ったから……」
「いや、そうじゃなくて、情報制限」
「はい?」
 霖之助は文に向き直る。
「天狗が本気になって封鎖したのなら、そもそも立ち入ることなんて困難だ。不可能と言ってもいい。実際、ロープ一本張って、それで『封鎖』ってことは無いだろう? 三十年間立入禁止を守り通したのなら、それ専門の見張りがいるはずだ。そこまでやって更に、場所を非公開にするなんてやりすぎじゃないか?」
「そうは思いませんよ? 安全を重視した結果でしょう?」
「だったら、普通の天狗にとっては場所を非公開にされるのはデメリットでしかない。本当に安全を第一に考えるなら、場所をちゃんと公開した上で封鎖するべきだ。でないと気付かぬ内に封鎖空域に入りこんで、そのまま墜落死なんて事故が起こりかねない」
「起こってませんよ。そのための封鎖じゃないですか」
「そうだね。事故は起こってない。三十年間一度も起こっていない。これだけ毎日天狗が空を飛び交っているのに、一人の死者も出していない。噂好きの天狗が興味本位で首を突っ込むってこともしていない。完璧な封鎖だ。いや畏れ入るよ」
「それだけ厳重な警備がしかれているってことでしょう?」
「君は、山を飛び回っているときに、一箇所だけ極端に警備されている区域ってものを見たことがあるかい?」
「ありませんよ。あったら気付きます……って、あれ?」
「それじゃあ、『天狗隠し』は見た目は他の区域と全く同じを装いながら、君の言う厳重な警備を三十年も続けてきたことになるな。
 資料が少ないってのも変だ。考えてもみてくれ。これが千年前の事件だってのなら話は別だけれど、たった三十年前の事件だ。それも死者が五十人を超える大事件だ。新聞にとって恰好のネタじゃないか。公文書以外にも記録なんて山程あるはずだ。なきゃいけない。なのに資料が少ないとなると、ご丁寧に消して回ったか、当時から既に情報規制が布かれていたかだ。何故そこまでする?」
「何故って……」
 しばらくじっと考えた後に文は言った。
「……危険だから、じゃ駄目なんですか?」
「それでいいよ」
「いいんですか!?」
 軽く返さたため、文は真剣に答えた自分が馬鹿にされたような気持ちになった。
「……もう。店主さんは何が言いたいんですか?」
 霖之助は椅子に深く体を沈めた。
「別に。そこまでやるんだったら、なにも場所を秘密にしておかなくたっていいのにな、と思っただけさ。
 私達天狗の間で『天狗隠し』と呼ばれている、と言ったね? ということは『天狗隠し』という名前はもう浸透しているんだろう? それがどれ程恐ろしいものかも知られている。だったら場所ぐらい公開してやればいいんだ。
 少なくとも、見回り天狗ぐらいには教えておくべきだと思うよ? 一番危険なのは彼らなんだ。多少なりそういう情報が流れれば、危険地帯は自主的に避けて通ってくれるだろうし、警備の天狗も楽できるだろうし。それくらいはしてもいい。まさか今更パニックを起こすなんて思うほど頭は悪くないだろう。隠すのは別に構わないさ。ただ、ここまで徹底的にやることも無いんじゃないかなー、と」
「……隠してるのは場所だけじゃないってことですか?」
「さあね。僕は君の上官じゃないから、何も知らないし」
「! ちょっ!! ちょっと待って下さい! なんですって!?」
 文はがたりとカウンターに身を乗り出した。
「え? なに?」
「なに、じゃないです! 私の上司が何か知っているですって!?」
「いや、そりゃそうだろう。情報が制限されているんなら、少なくとも制限をする側は、何かしらの事実を掴んでいるものだと思うけれど?」

 はっとした。
 情報に携わる仕事である以上、情報操作はして当たり前だ。当たり前すぎて気がつかなかった。そして一度気が付くと、何故今まで疑問に思わなかったのかと、文は自分を責めたくなった。
 『天狗隠し』が話題になってから三十年。
 最早一般語彙として通用するその恐怖の存在が、自分の情報網に舞い込んできたことはただの一度も無い。
 無さすぎである。風の噂にもその場所は聞こえない。行ったら死亡、なんて解りやすい脅威が、ここまで影を潜めていられるものだろうか?
 自分は実際に『天狗隠し』を見たことは無い。恐らく、大多数の天狗は同じだろう。
 何故無い? 自分はともかく、たった三十年前だ。当時の関係者だって全然生きている。まさか彼らまで、そろいも揃って「見たことが無い」と言うのだろうか?
 考えるほどに実態が見えない。被害と記録から、実在する場所であることは確かなのだが、まるで霞のように掴み所が無い。
 秘密すぎる。
 『天狗隠し』とは何だ?
 そういえば資料室で、私を監視していたあの天狗は誰だ?
  水に一滴の血を落とすように、文の心中に何ともいえない不安感が芽生えだした。同時に、記者としての自分が内側から激しく燃え上がるのを感じた。
 霖之助はそれを知ってか知らずか、わざとおどけたような調子で言った。
「まあ、今言ったことは全部『一般に危険の及ばないようにするために規制しました』の一言で説明がついちゃうんだけれどさ。だから考えすぎなのかもしれない。いやーしかし、『天狗隠し』って所には何があるんだろうね? 全然解らないなあ」

  ◇

 寝付けずに、ぼんやりと外を眺めていた。

 今の時刻、山の中に起きている人はどのくらいいるのだろう。多分、寝床に就いている人と半々ぐらいなのだろうと推測する。
 その起きている人の中に、私と同じように外を眺めている人はどれくらいいるのだろう。きっと誰もいない。暗い夜の森の中に、目を凝らした所で何かがあるわけでもない。
 私の眼は三日月夜ほどの明るさがあれば暗闇でも十分にものを見る事が出来る。しかし、私だって何かを見ようとして外を眺めているのではない。眼は開けているけれど何も見ていない。
 いつも通りの静かな夜だ。山の中だから、音の大きさに昼間とそう変わりがあるわけではない。しかし夜はいつだって静かだ。

 少し眼を凝らすと、私の家からでも父の死んだその場所が見える。
 そこは後に封鎖されてしまったから、私はお墓参りにも行けない。父の骨を拾うことも出来ない。
 ただ、遠くから眺めることしか出来ない。
 あの場所で、父の身に何があったのか、私は知らない。知ることも出来ない。
 ただ、遠くから覗くことしか出来ない。
 私は、知らない。何も知らない。
 知っていることがあるとすれば、父の死んだその場所には、一本の猟銃が転がっているということだけだ。



第三章へ続く



傲慢な銃 | 【2011-03-01(Tue) 00:00:00】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
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