管理人

あめふら

Author:あめふら
二次創作のお話を書いたり、書かなかったり。
リンクはご自由にどうぞ。していただけるのなら喜んで。

何かありましたらこちらまでお寄せ下さい。
amefurashi00◇gmail.com
(◇→@)


目次
最新コメント
刊行
pixivで描いた漫画をまとめました。


『OVERCOLL2』 とらのあな
booth
制作
作ったものを売っています。


『レジンフィギュア・物部ハト』 とらのあな

リンク
バレンタインデイ




 守矢神社の風祝、東風谷早苗が、香霖堂の片隅にうず高く積み上げられた小箱の山を見とがめた。
「霖之助さん、これ何ですか?」
「『贈答用チョコレート』、用途は『想いを伝える』だそうだ。毎年この時期になると、何故か大量に流れてきてね」
 カウンター越しに霖之助が答えた。早苗は納得したように、
「ああ、バレンタインの後だからか」
 と、箱を一つ手に取って眺めた。箱はどれも丁寧にラッピングされており、言われてみればほんのりと甘い香りが漂っている。
 こなれた様子に、今度は霖之助が問いかけた。
「バレンタインというのは何だい?」
「外の世界の行事です。ええと、たしかキリスト教の聖人にちなんだイベントで、二月十四日に、好きな人とか、仲のいい人とか、お世話になった人にチョコレートをあげるんです。幻想郷にはそういう風習は?」
「無いな」
「ですよね。そもそもチョコレートをあまり見ませんから」
「そうかい? 確かに一度にこれだけ入荷することは無いけれど、それでも一定数は流通していると思うが」
「全然少ないですよ。外の世界では、チョコレートって日常的なお菓子なんです。多分私はお煎餅よりもチョコレートの方を沢山食べてますよ」
「へえ、そんなにか」
「はい。チョコレート単品だけじゃなくて、クッキーとかプレッツェルとか、チョコを使ったお菓子のバリエーションも本当に沢山あって、そうですね、例えばこのお店の棚に一種類ずつ隙間無く並べてみても、簡単に全部埋まると思います」
「そんなにか」
 驚く霖之助に、早苗は幾分得意になったように胸を張った。
「ええ。しかもバレンタインが近くなると、もっと数が増えます。もう町中、あっちでもこっちでもチョコレートだらけです。普段チョコを売らないようなところまで、この時期にはチョコを売り出すんですよ」
「ああ、なるほど。つまり大量に出回るはいいが、捌ききれなかったチョコがこちらに来ているんだな」
「だと思います。バレンタインって、一ヶ月くらい前から商品を展開する割に、当日を過ぎると一斉に店先からチョコが消えますから」
「そのモデルになった聖人は相当チョコレートが好きだったんだな」
「え? いや、それはどうだか解りませんけれど……」
「だったらどうしてチョコレートなんだ?」
「そういえば外国では違うらしいです。手紙とか、ブーケとか。きっと、本当は何でもいいんだと思います」
「ふむ、要は気持ちなんだな」
「そういうことです。だってチョコレートなんて食べようと思えばいつだって食べられますもの。けれど、やっぱりバレンタインに誰かから貰うって事が重要なんです。つまりそれだけ想いを懸けられているってことですからね。だから男子にとっては貰ったチョコレートの数がそのままステータスになるみたいですよ。
 ……ああ、でも大人になったらそうでも無いのかな? 義理チョコ……ええと、何て説明すればいいだろ。特定の異性に愛を伝えるんじゃなくて……」
 言葉を探していると、霖之助が口を挟んだ。
「社交辞令の一つとして利用するって感じかな」
「そうです! それ!」
「まあ、何であれ貰ったものは嬉しいと思うよ。目に見える人気の数に間違いは無いんだろう?」
「絶対って訳では無いでしょうけれど、十分目安にはなりますね」
「君なんか、大層な数を貰っただろうね」
「いいえ?」
「え?」
「女の子から、男の人にあげるっていうのが基本なんです。これも外国ではちょっと違うみたいですけれど」
「ああ、そういうことか」
「あ、ひょっとして『この子、嫌われ者だった?』とか思いました?」
「いやいや。むしろ、そうでないことが解って安心したよ」
「むう、やっぱり思ってたんじゃないですか。ひどいなあ」
 早苗はわざとらしく頬を膨らませてみせたが、三秒と持たずに笑顔に転じた。自分で可笑しくなったらしい。反応が丸きり子供だなあ、と霖之助は思った。
 元々彼女は、神に愛されて然るべきイノセントな性格をしている。環境を変えてからは特にそれが顕著だ。
 しかしそれでも、これほどまでに安らいだ表情を見せるのは、彼女が使える二柱の前以外では香霖堂の中だけであることを霖之助は知らない。

 早苗が幻想郷に越してきてから、まだ日が浅い。
 新参者の礼儀として、各地への挨拶回りを一通り終えた後、最後に紹介されたこの店で、型落ちした、しかしよく見慣れていた製品に囲まれた時、早苗は突如として猛烈な懐郷の情に襲われて、しばらくその場に釘付けになった。
 それは、言葉も通じぬような地の裏側で、母国の人間とばったり会ったような安堵感を彼女に与えた。近くて遠い思い出となった外の世界が、幽かではあるけれど、間違いなく繋がっているのだと確認させた。気が付くと早苗の心からは「見知らぬ土地への緊張感」という棘が一本抜けていた。
 そして早苗は、その店の主である霖之助に、誰よりも早く心を開いた。

 対する霖之助も彼女のよき話し相手となった。というより、霖之助の方で彼女の持つ外界の知識を当てにした。どんな些細なことでも疑問が生じるとそれを訊ね、訊ねられた早苗は自分の知識のあらん限り誠実に答えた。
 不思議としつこさは感じなかった。むしろ、店主と客という垣根を越えた、ある種対等な関係を早苗は喜んだ。
 また、霖之助の素直な反応は、彼女を弟を持った姉のような気持ちにさせ、そこから生じた小さな優越感は、そのまま彼女の精神的余裕へと繋がった。
 そのため早苗は、生活レベルがタイムスリップしたかのようなこの状況にあって、驚くほどの速さで順応しつつある。

「ありがとう。おかげで謎が解けたよ」
 霖之助は満足気にチョコレートの山を眺めた。
「じゃあ普通に売っても大丈夫だな」
「え? これ売り物じゃなかったんですか?」
「ああ。用途が用途だから、何か魔術的な効能でもあるのかと思ってさ。単純な食品として売っていいものか、ちょっと考えていたんだ。しかし、バレンタインか。いい事を聞いた」
 チョコレートは上手く保存すれば相当長持ちする。売る分とは別に、今の内からある程度の数をストックしておいて、来年の二月までに幻想郷にバレンタインの風習を広めることが出来れば、チョコレートの絶対数が少ないこの土地において、利益はほぼ香霖堂が独占出来る。
 ニヤリとする霖之助に、早苗は拗ねたような顔をして呟いた。
「霖之助さんが悪いことを考えている……」
「いや、悪くない。うん、なかなかこれは悪くないぞ」
「こうやってバレンタインの商業化が進んでいったんだろうなあ」
「経済もまた力なりさ。どれ、一つ商品テストをしてみようかね」
 霖之助は立ち上がると、手近な箱を一つ取り、包装紙を丁寧に、途中からは適当に破いた。どこか高級感のある紺色の箱が出てきて、蓋を開けると同時に蕩けるような甘い香りが飛び出して宙を泳いだ。
 きっと買うと千円くらいするやつなんだろうな、と早苗が思っていると、そのタイルのような形をしたチョコを齧りながら霖之助がこちらを向いた。
「君も開けてみるといい」
「いいんですか?」
「もちろん。バレンタインのことを教えてくれたお礼だ。好きなだけ食べていいよ」
「本当ですか! やったあ、久し振りのチョコだ!」
「まあ虫歯にならない程度にね。しかし甘いな」
「そりゃあチョコですから。あ、でも『カカオ99%』なんてのもあったなあ。……あれ?」
 と、開封する早苗の手が止まった。
「どうかした?」
「あの、手紙が入ってます。それに、これ、手作りみたいです」
「え? ああ、本当だ」
 覗いてみると、確かに市販品でないことは一目でわかる。
 ハート型に抜かれたチョコは少々歪な形をしていた。手紙を開いてみると、当たり障りの無いラブレターだった。
「ん? てことは、市販品の売れ残りと、手作りされたものとが綯い交ぜになっているのか? 選り分けておかないと駄目だな」
「どうしてこんなものが流れてきたんでしょう?」
 早苗が不思議そうな顔で言った。
「恐らくだが、何らかの事情で相手のもとに届かなかったチョコなんだろうね」
「はあ。……なんというか、淋しいですね、それ。……ええと、このチョコどうしましょうか」
「食べちゃっていいんじゃないかな」
「いや、それはちょっと気が引けますよ。だって差出人は誰か意中の人に向けてこれを作ったんだろうし……」
「かといって、届けようもないからな。結局そのまま捨てるか、食べるかの二択になるんだが、まあお菓子だからね、食べて罰が当たるってことは無いだろう」
「それはそうですけれど……」

 しばらく件のチョコを手にしたまま、うろうろと落ち着かない視線を送っていた早苗だが、やがて悪魔の誘惑に屈したかのように、チョコレートを一つ摘まんで口の中に入れた。
 少し固くなったチョコレートが口の中で甘く解けていき、豊満な香りは人生の幸福をそのまま表したような顔色となって浮かび上がった。
 しかし、他人の恋心を横から攫っていったかのような背徳感がふつと沸きあがって、早苗をなんとも複雑な気持ちにさせた。
 このチョコを作ったのは一体どんな人だったのだろうか。彼女が恋したのはどんな相手だったのだろうか。その恋は成就しなかったのだろう。いや、チョコレートに頼らなかったのかもしれない。
 とにかく、彼女とも、その思い人とも切り離されたこの土地で、何故か私が届かなかったチョコレートを食べている。

 思いに耽る早苗の横で、霖之助は他の箱を次々と開け始めた。中を検めた後、市販品を右、手作りを左に分けると、みるみるうちに左の山が大きくなっていった。
「これも……これもだな。なんだ、手作りのものばっかりじゃないか」
「バレンタインって基本的には恋愛のイベントですからね」
「そうなのか。お歳暮みたいなものかと思っていたんだが」
「違いますよ。いや完全に違うとも言い切れませんけれど」
「ああ、言われてみれば確かに恋文に近いな」
「そうですね。みんな頑張ってるなあ」

 早苗は並べられたチョコレートを見渡した。他人の作ったチョコレートをこれ程一遍に目にする機会などそう無い。
 アルミのカップで作られたもの、トリュフのように丸められたもの、サイコロ状にカットされたもの、スプレーやアラザンでこれでもかとデコレーションされたもの。一口サイズがほとんどで、大きくても二口だ。バレンタインと聞いて安易にイメージするような、巨大なハート型のチョコが一つだけごろっと入っているものは無い。
 ラッピングは全体的に赤系統の色が多いが、見れば包装紙やリボンにもそれぞれのこだわりがあるし、むしろラッピングで勝負しているかのような品もいくつかある。だからといって中身が疎かになっているわけではない。
 こうして一度に並べてみると、完成度の優劣はあれど、手を抜かれているものは一つとして無いことが解る。
 どうにかして食べてほしい、けれど、あまり出しゃばりすぎて変に思われるのも嫌だ。でも伝えずにはいられない。そんな揺れ動く想いが流れ込んでくるようだ。
 本気度が高い。
 自分もチョコレートは作ったことがあるが、それは主に友人にばら撒く用途のものであった。
 さっきのチョコ、食べちゃってもよかったのかなあ、と今更ながら思った。

「どうして届かなかったんでしょうか」
「どうしてだろうね」
「気になりませんか?」
「大いになるさ」
 と言いつつも、あまり覇気のある返事ではなかった。内心どうでもいいと思っているのかもしれない。
 短い沈黙が下りた後、霖之助がふと仕分けの手を止めて早苗のほうを向いた。
「例えば君が、贈ろうと思っていたチョコレートを破棄する時って、どんな場面だい?」
「え? ええと、そうですね……」
 早苗はしばらく思案した後に、ちょっとしどろもどろしながら答えた。
「……贈ろうとした人に、もうしっかりした相手がいるって解った時、ですかね。そうなったら、義理ならまだしも、本命は無理です」
「ああ、やっぱりか」
「やっぱりって?」
「いやね、ほら、これと、これ。宛名が同じだ」
「えっ?」
「あとこれも」
「ええっ? あ、本当だ……」
 霖之助から渡された手紙には、違う筆跡で悉く同じ名前が書いてあった。目を落としていると、霖之助が続ける。
「誰だか知らないけれど、随分と女性にもてるらしいね。でもバレンタインの直前に、彼には妻か恋人がいるということが解って……」
「いえ、多分違います」
「え?」
 思いがけず遮られて霖之助は目を見張った。早苗は顔を上げると、
「これ、あの、多分ですけれど、芸能人に宛てたものだと思います」
「芸能人?」
「ええ。アイドルとか、歌手とか、役者さんとか、そういう有名な人たちって、バレンタインに貰うチョコレートの数も半端じゃあなくて、人によってはそれこそトラック何台という単位でチョコが届くんだそうです。
 でも、それだけ貰っても食べ切ることなんて出来ませんから、結局、届いたものを全部捨ててしまう……という話を聞いたことがあります。その一部じゃないかな、と思うんです。
 だって、ほら、こっちの手紙は純然たるラブレターですけれど、それに比べたらこっちの手紙は何だかファンレターっぽくありません?」
 霖之助は早苗がそれぞれ指し示した手紙を交互に読み比べた。
「ああ。うん、そうだな。頑張って下さい、なんて文面のラブレターはちょっと無いな」
「でしょう?」
「ということは、別に輸送中の事故か何かで届けられなかったわけじゃないんだな。ちゃんと届いた上で、処分されたと」
「そう思うと切ないですね。本当に届いてほしい場所はもうちょっとだけ先なのに。まあ有名な噂だから、捨てられるって承知の上で出したのかもしれないけれど、でもこんなに頑張ってるのに……」
 早苗は見ず知らずの相手に随分と同情的になっていた。しかし同情したところでどうしようも無い。
「なるほど、恋文というか供物だな」
「供物って……」
「ことによっては供養する必要があるかと思ったけれど、その心配も無いらしい。曲がりなりにも一度相手の下に届いているんだ。だから、いうなればこれは撤饌さ」
「はあ……。それじゃあ、どうするんですか?」
「別にどうもしないよ。お茶菓子になってもらうさ。こっちは売るけれどね」
 と、霖之助は市販品の方にちらりと目をやり、また視線を手作りチョコの山に戻した。
「……しばらく甘いものには困らないな。まあ無くても困らないけれどさ。食べるのは主に魔理沙だし」
「霖之助さんは甘いものが苦手なんですか?」
「嫌いではないんだが……」
 言いながら、示すように手近なチョコを一つ放り込んで、
「すぐに飽きちゃってね。だから、どうぞ遠慮無く好きなだけ持っていってくれ」
「んー……」

 早苗は目の前のチョコレートをじっと見つめながら、ああ、どうしてこう甘いものって誘惑的なんだろうかと溜息をついた。
 先ほど久し振りに食べたチョコレートは美味しかったし、本音を言うともっと食べたい。けれど、もしも自分が彼女達の立場だったら、心を籠めて作ったチョコレートを、狙った以外の誰かに食べられてしまうというのはどういう気持ちだろうか。そんなことをされるのなら、いっそ捨ててくれと願うかもしれない。
 しかし、このチョコはすでに一度捨てられているのだ。もう一度捨てられるよりは、狙った相手では無いにしても、誰かに食べてもらえる方が食品としては本望なのかなとも思えてきた。
 考えてみれば、彼女達の想いは届かなかった、ということで決着が付いているのだから、自分がこれほど思い悩む必要は無いのかもしれない。
 顔を上げると、霖之助に向かって照れたように言った。

「ええと、それじゃあお言葉に甘えて」
「いや、やっぱり駄目だ。全部処分しよう」
「ええっ!?」
「爪が入ってた」
「ひっ」



 後日、早苗が香霖堂に顔を出すと、件のチョコレートは一つ残らず消えていた。
「処分したんですね」
「いや、売ったよ」
「売ったあ!?」
 早苗はぎょっとして霖之助に詰め寄った。
「霖之助さんってそういうあくどい商売をする人だったんですか!」
「いや、いや違う、違うよ。ちゃんと事情を説明して、合意の上で格安で引き取ってもらったんだ」
 霖之助は慌てて答えた。
「ちなみに相手は?」
「紅魔館。ほら、あそこの人たちは人間を食べ慣れているから、多少爪や髪が入っていたところで……」
「……はあ」
 溜息と共に、早苗の体から力が抜けた。
 自分はやっぱり遠い所に来てしまったんだなあと、深く感じ入らずにはいられなかった。




------------------------------------------------------------------------------------
                               終   20110216
------------------------------------------------------------------------------------
その他 | 【2011-02-22(Tue) 00:00:00】 | Trackback:(0) | Comments:(1)
コメント

爪じゃなくて、実はアーモンドだったりして
2011-08-06 土 00:00:40 | URL | すかいはい #- [ 編集]
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する