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あめふら

Author:あめふら
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pixivで描いた漫画をまとめました。


『OVERCOLL2』 とらのあな
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『レジンフィギュア・物部ハト』 とらのあな

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傲慢な銃 第一章



 昔々、ある山中に一人の狩人が暮らしていた。

 いつから暮らしていたのかは解らない。狩人はいつの間にか山中に住みつき、そして里人が気付いた頃には、まるで初めからそこにいたかのように山に馴染んでいた。
 狩人は無口だった。自らの出自を問われても決して答える事無く、何世紀も前に世を捨てた仙人のような印象を人々に与えた。実際に仙人ではないかという噂も何度か流れた。しかし狩人はその度に、自分は唯の人間であると頭を振った。

 里人は当然の反応として、初めの内狩人を大いに警戒していた。
 しかしある時、里で大暴れした猪をいとも簡単に仕留めたことをきっかけとして、狩人と里人との交流が起こった。
 そして、真摯な態度と、里の誰をも凌ぐ銃の腕前を認められ、狩人は狩猟の練達者として、ある時は里の若い狩人に付き添い山の技術を教え、またある時は山歩きおける護衛となり、無口な狩人は少しずつ口を開くようになっていった。

 狩人に家族はいなかった。かつては居たのかもしれない。しかし今は居ない。里の中で誰かと深い関係になることも無かった。
 代わりに狩人は、いつでも傍らに一本の猟銃を抱えていた。
 そのことを訊ねると狩人は決まって、これは生涯において唯一人の相棒だ、と幾分か誇らしげに語ったという。

 狩人の仕事は確実で鮮やかだった。いかなる獲物であろうと、引き金が二度引かれることは無かった。
 狩人が銃を構える時には、そこには命のやり取りをも越えた、時が停止したような洗練された美しさがあった。
 そうなることがまるで幸福でもあるかのように、どの獣もただ眠るように安らかに息絶えていた。
 銃口が向き、狩人に見つめられた時点で心臓が止まっているのだと人々は噂した。
 狩人としての格が違う故に、獣ですら頭を垂れ、命を差し出すように死ぬのだと噂した。
 そしていつしか狩人は「高貴な狩人」と渾名されるようになった。

 狩人はその里山で二年暮らし、そして死んだ。
 狩人の銃は、里で最も狩人と親しかった青年の手に受け継がれた。
 しかし、銃は二度と火を吹かなかった。青年の他、里の誰もがいくら力を込めても引き金は凍ったように動かなかった。かといって銃自体に不備があるわけでも無かった。
 青年は、銃もまた人を選ぶ、自分にはまだこの銃を使うだけの技量が足りないのだと納得し、銃を里の神社に納め封印した。

 そして時は流れた。
 青年はいない。村ももう無い。猟銃も、誰にも引き金を引かれぬまま失われた。
 今や「高貴な狩人」と、使い手を選ぶ銃の物語を知る者は、一人としてこの世に残っていない。

 昔々のことである。


  ◆


 犬走家は山の自警団の中でも特に、物見を司ってきた一族だという。というのも犬走家は見張り役を務めるに絶好の眼を持っていたからである。
 即ち「千里眼」である。
 天狗の眼は人のそれとは比べ物にならぬ程良いのだが、犬走の眼は天狗の中でも更に群を抜く。他の天狗が山を巡回せねばならぬとき、犬走はその場から動かずして、山の全景を見通すことが出来る。その圧倒的な監視能力は、同族にしても時に恐怖であり、そして信頼であった。
 警備の仕事は主に探知、報告の二段階で終了する。文章にしてみれば非常に単純な内容ではある。しかし代々の犬走家は、その単純な作業に誠意と誇りを持っていた。実際、山中の異変を最も鋭敏に察知したのは犬走の者であった。
 そういった実績の積み重ねが、犬走家の家格を現実以上のものに上書きし、結果、自警団哨戒員という末端職でありながら、それに有るまじき発言力を手に入れた。

 しかし、それも昔の話だ。
 現在の犬走家は正真正銘の末端である。地位も名誉もいつしか薄れて、残ったものはただ、この眼だけだ。
 勿論、それは喜ばしいことである。
 そもそも、過去と現在では状況が違うのだ。人と天狗が絶え間無く争っていた時代は終わりを告げた。分業化されたおかげで、昼も夜も眼を光らせていなくても良くなった。異変の数も減少の一手だ。
 代わりに手に入れた退屈は、退屈には違いないが、地位も名誉も捨てて然るべきものなのだ。
 ただ、元居た場所に戻っただけだ。

  ◇

 父はあまり仕事の話をしない人だった。
 そんな父が幼い私に語ってくれた数少ないお話は、不思議と心の中に焼きついている。
 私が今、この話を思い出したのは、やはり父と同じ仕事に就くことが決まったためだと思う。
 これでようやく私も一人前の天狗の仲間入りだ。

 本来ならば、父が死んだその時に、役職を引き継ぐべきだったんだろう。末端団員とはいえ、犬走家の眼はとても貴重だと聞かされた。あると無いとでは多少なりとも影響が出るらしい。
 けれど、父が死んだ時、いくらなんでも私は幼過ぎた。それに考えてみると、周りへの影響というのは千里眼の存在ではなくて、父への信頼によるものだったんだと思う。現代、この眼が必要とされる状況は、まず無いのだから。それでも、私が自警団に志願すると、すぐに哨戒部隊への配属が決まった。

「……これで凡その説明はしたけれど、何か質問はある?」
 妖怪の山、九天の滝の前。瀑布の飛沫を背後に、先輩から仕事内容の説明をされる。
「ええと、基本は瀧の裏で待機しておいて、定刻になったら割り当てられた区域を巡回する。特に何事も無ければ瀧に戻ってくる。何かあったら報告する。その際、相手が侵入者と思われるなら、簡単な攻撃で威嚇する。手に余る程の危険性を感じたら、即座に攻撃を中止して大天狗様に報告に行く……この報告って一人で行くんでしょうか?」
「うーん、普通はそうだけれど、君は新人だから、ちょっと大天狗様の所には行きづらいでしょ? 誰か誘って一緒に行ってもいいよ。基本、瀧の裏には誰かしら居るから」
「あ、はい。……えーっと、大天狗様に報告したら、瀧の裏に戻ってくる。定刻まで待機。これの繰り返し。帰る前に一日の報告書を提出して、おしまい。これで間違ってませんか?」
「うん。間違ってない。まあ聞けば解ると思うけれど、退屈な仕事なんだよ。一番の敵は間違い無く退屈だね。ところで君、大将棋出来る?」
「いいえ、名前は聞いたことがありますけれど……」
「そっか。出来たら面白かったんだけれどな。まあ、なに、すぐに覚えるよ。繰り返すけど、本当に退屈なんだ。だから暇潰しの手段は持っておいた方がいい。これ、先輩からの忠告ね」
「あ、はい、覚えておきます」
「それでは、犬走椛ちゃん、ようこそ自警団へ! 今後とも宜しく」
「はい! よろしくお願いします!」

 父のかつての職場である山の自警団に、私は「千里眼の持ち主」としてではなく、犬走椛個人として迎えられた。父の時代からしてみればすっかり代替わりしたらしく、目に映る顔はどれも若い。勿論、一番若いのは私だけれど。私は部隊には久方振りの新人らしく、おかげで先輩天狗達にやたらと耳や髪を触られた。
 入隊初日はこんな感じで、何もせず、説明だけで一日を終えた。

 翌日、出勤すると楓模様の丸盾と、一振りの太刀が支給された。侵入者にはこれを使って威嚇するのだという。
 装備してみると、盾はいいとして、刀は私には大きすぎた。もう少し小振りのものでないと満足に振ることも出来ない。それに私はあまり強い方ではない。身に合わぬ武器では、いざという時の備えにならないのではないか。
 先輩にそのことを訴えると、威嚇用だからべつにそれで構わない、と返された。そもそも、剣を振るような機会などまず無いのだそうだ。予想していたことではあるけれど、有事は本当に少ないらしい。

 さて一週間もすると、何となく職場の持つ雰囲気というのが掴めてくる。
 私の所属する部隊の詰所となっている瀧の裏は、例えるならば子供の遊び場だ。将棋盤や碁石、トランプなどが犇き合い、足の踏み場も無いようなそこで、先輩達はいつも談笑しながら遊んでいる。
 緊張感が無い。
 そりゃあ私だって、常に張り詰めた糸のようで、触れたら破裂しそうな職場なんて遠慮したい。けれどこういう職場も、それはそれで不安になる。
 全く失礼ながら、先輩達がいざという時に、迅速かつ的確に行動する様が想像出来ない。
 いや、そう見えて、実は対策はしっかりしているのかもしれない。きっとそうなのだろう。私よりもずっと長い時間を生きてきたはずの天狗達だから。
 そうでないと困る。

 正直に言うと、私はこの先輩達にあまり良い印象を持っていなかった。優しいのは分かるし、私を歓迎してくれているのも分かる。けれど、二言目には「退屈」というその姿勢が、どうにも気に障ってしまった。
 勿論、先輩達は実際に退屈なのだから、その発言に何も悪意は無い。それを受け取る私の問題だ。
 ただ私の心の中にあった「強くて格好いい自警団への憧れ」が、小枝でも折るみたいに容易く折られてしまった。それだけだ。
 父が勤めていた、誇っていた、これでいいと言っていた物は、想像以上のぬるま湯だった。それだけなのだ。

 先輩が私を将棋に誘ってきたが、そろそろ見回りなので、と断って表へ飛び出した。

 見回りといったって、私の場合は本当に見回すだけで事が済んでしまう。結果、時間が大いに余る。
 なるほど、こういう生活を繰り返していれば、退屈にもなるのだろう。とりあえず、枝振りのいい木を選んで、その上に腰掛ける。
 我知らず溜息が出た。
 空廻っている気がする。
 新人だからなのかもしれないが、あの瀧の裏で一番異質なのは間違い無く私だ。多分私は気を張りすぎなんだろう。もっと、同年代の女の子と遊ぶような、そんな空気が望ましいのだろう。
 集団に属したからには、その色に染まらなければならない。
 自警団全体がこのようなゆるい雰囲気なのだろうか。だとすると、父のかつて所属していた部隊もこうだったのだろうか。それとも私の部隊が特別なのだろうか。いや、私が空廻っているだけか。

 想像と現実は違う。
 私の想像していた山の自警団というのは、即ち父の部隊のことだった。
 といっても、実際に見たことは無いのだけれど、見たことが無いからこそ余計に、幼い私は英雄のような父を想像していた。
 自警団とは選ばれた者のみが所属できる正義の組織で、構成員は一人一人が何かしらのスペシャリスト。父はそんな組織の中で、か弱い山の民を守るため、日夜戦っているのだ。
 そんな想像をして、いつか私も父のようになるんだと勝手に意気込んでいた。

 しかし、私は父を誤解していたのかもしれない。父の仕事は、本当は退屈の効果的な潰し方を模索するようなものだったのかも知れない。もしそうだとするなら、私が今まで愛してきた父は、所詮私の作り上げた虚像でしかなかったのかもしれない。
 今となっては確かめようが無い。

 子供の頃の私に「今、私は自警団にいるんだよ」と伝えてあげたら、きっと素直に喜ぶだろう。その後で私の顔を覗いて「嬉しくないの?」と問い返すのだ。
 決して嬉しくないわけじゃない。ただ、少しだけ裏切られたような気持ちになる。期待したのも、裏切らせたのも自分なのに。
 何を期待していたのだろう?
 仕事それ自体はとても重要なことじゃないか。かつての犬走家が勤めてきたものと、私も今同じ事をしている。そう考えると実に誇らしいことである。
 その上に私は、何を期待していたかったのだろう?

 顔を上げてもう一度、周囲を見回した。割り当てられた区域も越えて、広く山を見渡してみた。何も問題は無い。どこにも問題は無い。初夏の生命力に包まれていて美しい。平和そのものと言ってもいい。
 また溜息が出た。何故溜息が出るんだろう?
 払拭するように頭を振ったとき、私の隣に誰か座っていた。
 驚いて木から落ちた。

 うめき声も上げずに、しばらく木の下でうずくまったまま動けなかった。右腕をぶつけた。痛い。天狗じゃなかったら骨が砕けていたかもしれない。
「だ、大丈夫? そんなに脅かすつもりは無かったんだけれど……」
 先程私の隣に座っていた少女が話しかけてきた。
「……っ止まりなさい! ここを妖怪の山だと知っているのか!」
「えっ?」
「えっ?」

 ……やってしまった。
 相手を見る。鴉の羽のような真っ黒のショートヘアで、身長は私よりも少し高い。白いシャツに黒のリボンネクタイを締めていて、胸ポケットにはペンが一本。タイと揃いの色をしたスカートはちょっと短い。頭には頭襟と、意匠化された鈴懸、背中には団扇を指しているようだ。決定的なのは、肩甲骨のあたりから延びる艶やかな黒色の両翼。
 どっからどう見たって天狗だ。同族に向かって思いきり啖呵を切ってしまった。かいた事の無いような汗が頬を伝う。

 数秒間の気まずい沈黙の後、目の前の鴉天狗はお腹を抱えて笑い始めた。
 良かった。笑い飛ばしてくれる人で本当に良かった。何だか救われたような気持ちだ。
 安心すると時間差で猛烈な恥ずかしさが訪れた。笑い転げる目の前の天狗に、何でもいいから何か言おうとしたけれども、全然言葉が出てこなかった。人懐こい鯉魚みたいに口をぱくぱくさせるだけだ。多分私はうなじまで赤くなっているのだと思う。
「あははははは!! はー、もー、お腹痛い!」
「あ、その、えと……あの……す、すみませんでした!」
「ふあー……え? ああ、別にいいわよ。あなた新人でしょう? 見たこと無い顔だもの」
「あ、はい……」
「だったら気にしないの。別に私も言いふらしたりしないから。まあ、時々思い出して笑ったりはするけど」
「ええーっ!?」
「だって天狗に向かって……『ここを妖怪の山だと知っているのか!』って……ぷっ……あっはっはは!!」
「やめてくださいーっ!」
「あっはっはっはっはっは!!!!」

 その後、ひとしきり笑って気が済んだのか、鴉天狗は私に会話を求めてきた。多少フォローのつもりもあったんだと思う。
 先ほど墜落した木の枝にもう一度腰掛けて、二人並んでぽつぽつと言葉を交わした。
 彼女、射命丸文は「文々。新聞」という新聞を刊行する記者であるといった。
 そのためか、彼女はとても聞上手だった。特別気の利いたことを言うのでは無いけれど、相槌のタイミングが絶妙なのだ。

「へぇ。それじゃあ貴女は、暇潰しのために自警団に入ったんじゃないのね。何となく雰囲気違うなって思ってたけれど」
「それは、まぁ新人だからで……」
「そういう感じでもないけどねー」
「……あの、射命丸さん」
「文でいいわよ。私も椛って呼ぶし」
「あ、はい。えーっと、文さん」
「はい、なんでしょうか?」
「山の自警団って、どこもこんな感じなんでしょうか?」
「そうね。こんな感じよ。大体何処も退屈しているみたい。まあ何も起こらないからね。仕方ないといえば無いんだけれど」
「平和なんですね……」
「退屈?」
「………………いいえ」

 気が付いたらかなり長い間話をしていた。詰所に戻ったのは、割り当てられた時間を大幅に超過してのことだった。
 瀧の裏では、先輩二人が碁を打っていて、そのうちの一人が目線だけをこちらにやった。
「おかえり。遅かったね」
「すみません。射命丸さんという方にお会いして……」
「ああ、射命丸に捉まったか」
 特に追求もせず、話はそれだけで終わってしまった。文さんはその筋では有名な人なのだろうか。時間超過についても、結局何のお咎めも無かった。

 帰宅して後、文さんから帰り際に進呈された「文々。新聞」の最新号に目を通してみた。
 なるほど、どこか不思議な魅力のある新聞だった。

  ◇

 あの日以来、文さんは暇を見ては私に話しかけてくれる。
 担当の時間をぎりぎり外して現れるのは流石だと思う。「今、仕事中ですから」という言い訳が見事に封じられる。「仕事中に誰かと世間話していた」と指を指されることも無い。そういう時間を的確に狙ってやってくる。恐らく文さんは、自分に関わる者のスケジュールをほぼ完全に記憶しているのだ。凄いと思う。

 最早定位置となってしまった木の上で、今日も私は文さんに話しかける。
「いつか私のことも記事に書くんですか?」
「んー、どうしよっかなー? ネタは色々ありますからねえ」
 と、意地悪な笑みを浮かべた。
「……や、やめてくださいね?」
「ま、今は書かないわよ」
 そう言って文さんはくすくす笑った。ずるい人だ。

 入隊して一月程がたった。
 部隊の先輩たちとも、そこそこ会話をするようになったけれど、一番話をしているのは、どういう訳か隊の外に居る文さんだ。
 文さんは「退屈」という言葉を口にしない。
 そのせいかは解らないけれど、どこか凛としているように見える。

 風が、ごう、と通り過ぎた。

 葉擦れの音が収まる頃、文さんが珍しいことを訊いてきた。
「椛、このあと予定ある?」
「いいえ、ありませんけれど」
 一応、業務終了時刻までは待機、ということにはなっているのだが、待機イコール自由時間という不文律があることは、この一月で学んだ。自分の担当時間が終わって、報告書を提出しさえすれば、あとは別に帰ったっていいのだ。
「じゃあ、気晴らしに人里にでも行ってみない?」
「へ? 人里にですか?」
「そ。ただ自宅と職場を行ったり来たりじゃ、貴女も退屈の蟲に喰われちゃうわ」
 意外なお誘いだった。

(気晴らしかあ)
 私はそんな顔をしていたんだろうか? ひょっとすると気を使わせてしまっているのかもしれない。文さんだって忙しいだろうに、そう思うと申し訳が無い。断る理由なんて無い。
 けれど、
「……人里は、ちょっと」
「あや? ひょっとして、山を降りたことってあんまり無い?」
「はい」
「じゃあ、いきなり人里はハードル高いか……だったら、人里から離れた所にね、人じゃない人が一人で住んでる店があるんだけれど、そういうのはどう?」
「えーっと……え? 何ですかそれ?」

 こうして私は文さんに連れられるまま山を降りて、あの奇妙な店の門を叩くことになった。

 ◇

「半人半妖の偏屈店主がやっている店なのよ」

 移動中に文さんから受けた説明によると、私達が向かっているのは「香霖堂」という店らしい。
 店の主は半人半妖の「森近霖之助」という男性。しかし文さん曰く、この名前はどうも偽名らしい。
 何と言うか、聞けば聞くだけ怪しい埃の舞う店だ。半人半妖って何だ? 初めて聞いた。

 山を降りて人里を通り過ぎると、魔法の森、或いは単純に「森」と呼ばれる一画に辿り着く。森は全体的に薄暗くて、山の木々とは少し毛色が違う。葉から直接土のにおいがするような緑だ。
 目的の店は、そういう立地にあった。
 私の常識が間違っていなければ、これは廃墟と類される建物だ。思わず訊ねた。
「……文さん、これ本当に店なんですか?」
「本人はそう言ってるわ。逆に言えば、本人がそう言ってるだけ」
「……変ですよ、それ」
「そう。変なの。気をつけてね」
「き、気をつけてって……」
 入店するのに必要な心構えじゃないですよね?
 ひょっとして私は盛大にからかわれているのだろうか? 固まる私の横を抜けて、文さんが当たり前のように店の扉を開けたので、慌ててそれに付いて中に入った。

 埃っぽい店内は、外側から想像したよりも汚くは無かった。やや高めの天井に、凝った意匠のランプが下げられて、店内をぼんやりと赤く照らしている。棚には古そうな壷やら本やら、何に使うのか解らないものが雑多に詰め込まれていて、触れたら雪崩を起こしそうだ。雰囲気的に古美術店だろうか? いや、骨董店? 古書店、にしては装丁の新しそうなものも見えるし、いったいここは何の店なんだろう?
 私が入口近くできょろきょろしているうちに、文さんは迷わず店の奥に進んで行って、そこにいた人影に声をかけていた。
「こんにちは。清く正しい射命丸です」
 文さんの視線の先には、カウンターに肩肘を立てた、銀髪の、眼鏡の男性が座っている。
 彼が半人半妖の「森近霖之助」なのだろう。
 端正な顔立ちをしている。美形と言い切っていい。ただ、これはきっと事前に聞かされた情報のせいだろうけれど、全身から湧き上がる不信感が何となく近寄りがたい。
 文さんとはどうやら仲が良いらしく、軽口を叩き合っている。
「いらっしゃい。新聞の勧誘ならお断りだって言った筈だが?」
「まるでいつも私がしつこく勧誘に来るみたいな言い方やめて下さい」
「気をつけよう。それで、今日は何かな? また乾板かい?」
「いえ。目的も無く店を訪れた純粋な客です。散歩のついでってところでしょうか」
「ついででも何でも、客ならば歓迎するよ。あの子は?」
 森近さんが目をこちらに向けた。
 なるほど、普通の人間の目じゃない。金色の瞳なんて初めて見た。
「彼女は椛っていって、山の自警団の子です。ちょっと引っ張って来ました」
「攫ってきたんじゃなくて? ああ、冗談だ。怒らないでくれ。
 いらっしゃいませ。ようこそ香霖堂へ。ここは幻想郷の中から外の世界の道具まで取り扱う道具屋だ。僕は店主の森近霖之助。どうぞご贔屓に。商品は自由に見てもらって構わない。解らないことがあれば質問してくれ」
 店主さんはそう言って私に微笑みかけた。営業スマイル、というやつだ。こちらも反射的に微笑み返す。続けて私も名乗ろうとしたのだけれど、それは次の森近さんの発言で完全に飛んでしまった。

「ところで、君は犬走家の子だろう?」

 まるで時間が止まったようだった。森近さんの金色の目から顔が離せなくなった。
 私は、自分の意思でこの店に来たのではない。
 文さんだって、意図して私を香霖堂に誘導したのではない。
 私と森近さんが顔を合わせたのは全くの偶然であり、そして私と森近さんは完全な初対面であった。
 だから、この発言に私がどれだけ驚いたか、想像してもらえると思う。
 文さんも相当驚いたらしい。しばらく呆けていたが、慌てて森近さんに詰め寄った。
「ちょ、ちょっと待って下さい! 知り合いですか?」
「その反応は間違ってなかったか。まあ、直接の面識は無いけれどね。何となく面影があったから」
「面影?」

 面影、という言葉に私の耳が反応した。耳どころじゃない。全身が反応している。
 面影? 誰の?
 突き動かされるようにして、二人のいるカウンターまで近づいていくと、森近さんが私の顔を見て言った。

「君のお父さんとは友達でね。最近会って無いけれど、どうだい? 元気かな?」

 幽かな眩暈を感じた。
 父の友達?
 私をからかっているようには見えない。
 文さんがこちらを見ている。
 鼓動が早まる。口の中がからからに乾いていた。

「……いえ。父は三十年前に亡くなりました」

 森近さんの浮かべていた微笑が失われ、氷のような表情になった。
 場に沈黙が流れる。
 自分が今、どういう顔をしているのか知りたかった。
 鼓動の音が不自然なまでに大きく響いて止まなかった。



第二章へ続く

傲慢な銃 | 【2011-02-01(Tue) 00:00:00】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
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