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あめふら

Author:あめふら
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『OVERCOLL2』 とらのあな
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『レジンフィギュア・物部ハト』 とらのあな

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香霖堂奇譚 第三話  陰火



 暑い日が続いている。
 肌に突き刺すような強烈な日差しの中を半死半生の魚が泳ぐように歩いてきて、ようやく香霖堂の扉をくぐったその途端、ひんやりとした心地よい冷気が部屋中に満たされているのを、上白沢慧音はどれ程不思議に、そして嬉しく思っただろう。
「いらっしゃい」
 不意を喰らってその場で立ち尽くしていた慧音に、店の奥から声がかかった。
 彼の方から声をかけてくるのは珍しい。
 その声の主であり、いつものようにカウンターに構えている銀髪金目の青年は、どういう理由か普段よりもご機嫌に見える。
 挨拶もそこそこにして、慧音は先程から肌に感じる不思議な冷気の正体を彼に訊ねた。
「これは……どういうことだ? 建物の中だけ随分涼しいじゃないか」
「よくぞ訊いてくれた。実は良い物を手に入れたんだ」
 と、青年は眼を輝かせて、カウンターの後ろに吊られたランプを手繰り寄せ、慧音の目の前に下ろした。
 慧音は目の前に置かれたランプを見る。どこにでもありそうなランプだが、中で燃えている火が、青い。
「……なにこれ?」
「触ってごらん」
 促されるまま恐る恐るランプに触れてみると、なんと氷のように冷たい。すぐに手を引っ込めて、思わず指先を掌で覆った。
「なにこれ!?」
「陰火さ」
「かげび?」
「赤く燃える陽の火とは対になる陰の火だ。性質も逆で、水を火種にして冷たく燃える」
「……へえ、不思議だな。そういう物もあるのか」

 注意と奇異と好奇心を同居させながら、もう一度ランプに手をかざしてみる。ひんやりとして気持ちがいい。成る程、これが部屋全体を覆う冷気の源なのだろう。
「あまり炙り過ぎると凍傷になるよ」
 横から彼にそう言われて、慧音は慌てて手を離した。掌を軽くさすりながら、名残惜しむような眼でランプを見つめる。
「いいなあ、これ」
「いいだろう? 非売品です」
「……ああ、お前はそういう奴だ」
 非難の色を込めた眼を向けると、彼と眼が合った。寺子屋で子供達が自分の玩具を自慢しに来る時の眼と同じだった。
 慧音は不意に、彼は一体、幾つなのだろうと思った。見た目は二十歳前後に見えるのに、時々ひどく子供っぽくも見える。諦めるように視線を外して、ランプを指先でつつきながら彼に訊ねた。
「これは一体何処で手に入れたんだ?」
「ああ、この間の穴掘りは覚えてるかい?」
「……忘れるわけ無いだろう」
 青い火を見つめながら、思い出して小さく溜息を吐いた。

  ◇

 上白沢慧音が里で寺子屋の教師を生業としている事は、既に皆ご存知のことだと思う。
 七日前、その寺子屋で子供同士の喧嘩があった。それ自体は特筆することも無い、ありふれた普通の子供の喧嘩である。三人の子供が教室でもみくちゃになって争っている所を慧音が仲裁に入り、三人からそれぞれ話を聴いてみると、その喧嘩の理由というのがこうである。

 その三人、三人とも男の子なのだが、彼らは最近、秘密基地を作るという遊びに夢中になっていた。里から少し離れた林の中に、縄で小さな囲いを作ってその内部を自分たちだけの基地と定め、それぞれ遊び道具を持ち込んだり、拾ったものを保管したりしていたらしい。
 子供達の想像力は、こと遊びにかけては意欲的に働くもので、秘密基地にも知らず知らずの内に様々なルールが定められていった。入るには合言葉が必要だとか、隊長は交代制だとか、蝉の抜け殻を通貨とするとか、そういったものが突き詰められてある日のこと、敵に秘密基地の存在を知られた時に備えて、宝物を基地とは別の場所に埋めておこうという取り決めが交わされた。勿論、敵など存在しない。けれど、正体不明の敵が自分たちの宝物を狙っていると想定することで、ガラス玉とか鳥の羽程度のものに莫大な心理的価値が付加された。
 すっかり陶酔した三人は、善は急げと、宝物を埋めて隠すのに最高の場所を捜し求めて林中を歩き回った。それぞれがそれぞれの理想の地を掲げて誰も譲らなかったため、なかなか場所が決まらなかったのが、決まる時は案外あっさりと決まった。
 雑木林のほぼ中央部。三人の理想とは全く異なった場所であったが、三人とも、ここしかないと直感した。近くに大きな木があるわけでも無い、これといった目印も無い、地味な場所であるが、しかしそれが逆に相手を欺くのには適していると、彼らの情熱は一気に燃え上がり、早速基地から宝物を運び出して、その地に財産の全てを埋めた。

 さて二日後、三人はだんだんと自分達の埋めた宝物が気になり出してきた。子供の忍耐力など高が知れている。埋めた物は掘り返したい。一人が恐る恐るそれを提案してみると、他の二人も同じだったようで、「確認」という名目で発掘することが決まった。
 ところが、無かったのである。
 掘っても掘っても出てくるのは土ばかり。確かにそこに埋めた筈の大切な宝物は全て露と消えていた。
 場所を間違えただろうか? いや、間違い無くここだった。では盗まれたのか? 誰が? まさか本当に敵が?
 そんなはずは無い。この場所を知っているのは自分達三人だけだ。
 結果、喪失感と怒りの矛先は、それぞれ自分以外の二人に向けられることとなり、翌日寺子屋で爆発、殴り合いの喧嘩にまで発展した。

 彼らの話を聴きながら、慧音は考える。
 疑心暗鬼になっているだけで、どうやら誰も加害者では無いらしい。ならばこれは単純に失せ物騒動だ。
 彼らが宝物を隠したのは、あまり特徴らしい特徴も無い場所だったと言うし、恐らく埋めた場所が解らなくなってしまっただけだろう。時間がたてば自然に解決する問題だとも思うが、実際に失くした物が出てくれば、それが一番いい。
 だったら難しくない。

 慧音は探し物が上手い。
 というのも彼女は歴史を、即ち過去を見る特別な眼を持っているからだ。
 物を失くすというのは大抵、本人が何処に置いたか思い出せないか、気付かぬ内に落としたかのどちらかで、どちらにせよ持ち主が物を失くす以前の記憶から、直接過去の映像を追いかけることが出来る慧音は、云わば失せ物探しのプロフェッショナルである。川に流されたとか、鳥に持っていかれたとかいう物理的に回収が不可能だった数少ない例を除いて、その発見率はほぼ完璧と言っていい。
 そこで慧音は三人に「三日以内に先生が見つけてあげる」と約束して、とりあえずその場の喧嘩を収めたのだった。

「……で、見つからなかったのか」
「明日までに見つけないと、あの子たちとの約束を破ってしまうことになる」
 駆け込むようにして蝉時雨の中香霖堂の門を叩いたのは、喧嘩から二日たった暑い午後のことだ。
 慧音は焦っていた。
 人は時々、彼女を指して堅物と称するが、それはそのまま誠実さの現れでもある。事実彼女は何事にも誠実でありたいという信条を持っているし、そのためにどんな些細な約束事でも破りたくない。相手が子供であれば尚更だ。その子供の探し物に、まさか三日という刻限を使い切ろうとは思わなかった。
 慧音は焦っていた。
 しかしそれと相対する青年のだらけようときたら、これが並ではない。

「……無かったことにしちゃえば?」
「ふざけるなっ!」
「……大声出さないでくれ……暑い」
 彼は顔を最低限動かしてこちらを向いた。極力体を動かしたくないらしい。暑さは人からこれ程までに気力を奪うのか。それとも、彼の場合は元々だろうか?
 彼が「香霖堂」と名付けて住み着いているこの建物は、お世辞にも快適と言える空間ではない。建築状態も立地条件も、そして風通しも悪い。本人曰く商品、実際はゴミともガラクタともいえない物体で部屋のほとんどが占められているのだから当然だ。お蔭で、下手をすると外よりも暑く、加えて薄暗いやらむっとするやら埃っぽいやら、よくもまあこんな所に住んでいるものだと感心してしまう。もっともこの不快感は住んでいれば慣れるという類のものでは無いらしく、当の家主は慧音の目の前でカウンターに突っ伏して干乾びた蛇みたいになっている。そういえば、ここまで弱った彼の姿を見るのは初めてだ。
「……それで?」
「私が探し物を見つけられない、というのがある意味異常事態だというのは解ってくれるか? ただの失せ物じゃないんだ。手伝ってくれ」

 重ねて書くが、慧音は探し物が上手い。
 自身の能力を使うのだから、回収出来ないと言うことはあるにしても、発見出来ないということはまず無い。
 仮に自分の眼で捉えられない何かが起こった場合、それは彼女の理解を超えた出来事がその場で起こっていた可能性が高い。その際、どうもそちらの知識に明るいらしい彼の助言は頼りになる。
 なるのだが、しかし頼りの彼はいかにも歓迎していませんといった顔で慧音を見つめ、その後にわざとらしく溜息まで吐いた。暑さのせいではあろうけれど、そういう態度をとられるとあまりいい気分はしない。
 慧音の内心を察したのか、彼はのろのろと上体を持ち上げて頬杖を突き、一応の聴く体勢を整えた。

「……実際、どこまで確認出来たんだい?」
「埋められた場所はすぐ解ったんだ。それで、掘り返してみたけれど子供達の言ったとおりだった。土に溶けるみたいに無くなってた」
「溶けちゃったんじゃないのか? この暑さだし」
「真面目に聴いてくれよ」
「ああ、うん……盗掘ってことは無いんだよね?」
「埋めてから掘り起こされるまで、現場に近づいた人はいない。だから、本当に地面の中で消えたとしか思えない」
「消える瞬間は?」
「見てない。というか見えない。穴を掘ってそこの歴史を見ても、穴を掘る前の状態が見えちゃうから」
「……ああ、なるほど。それで?」
「どう思う?」
「解らない」
「何も?」
「何も。情報が少な過ぎるよ」
「じゃあちょっと現場まで付き合ってくれないか?」
「やだ」
「なんで?」
「暑い……せめて日没まで待ってくれ……」
 弱々しくそう言い残すと、彼は元の干乾びた蛇状態に戻った。とりあえず、付き合ってくれる気はあるらしい。慧音にしてみればデッドラインが間近に迫っているのだから、本当は日没なんて待っていられないが、かといって当ても無いので、仕方なく彼に従ってそのまま夜を待つことにした。
 暇潰しに部屋を片付けてやろうとしたら、今まで苔みたいに動かなかった彼から全力で止められた。

  ◇

 日が落ちて星が昇り、昼間の暑さも少し和らいだ頃、二人はシャベルとランプを持って件の林へと向かった。
 里から離れたとは言っても、目視出来る程の距離にあるその雑木林は、夜の気温と森林特有の瑞々しい空気とが混じり合って、少なくとも昼間の香霖堂よりは快適だ。ただ、虫が多いのはどうしようもない。慧音の隣で、彼が自分の首筋をぱちんと叩いた。音につられて彼を見上げる。そういえば、彼は身長が高い。
「虫除けを持ってくればよかったな」
「それよりもシャベルをもう一本持ってきた方がいいんじゃないか?」
「大丈夫。僕は使わない」
「手伝うつもりが無いんだな?」
「あるさ。わざわざここまで来たんだから」
 彼はランプを高く掲げて、周囲をざっと見渡した。照らされた地面には、あちらこちらに最近掘り返した跡が見える。これは慧音によるものだ。万一場所がずれていた時のことを考えて、子供達が宝物を埋めたそのポイントから、周囲二メートル程をくまなく掘ってみたのだ。結局、何も出てこなかったが。
 ぐるり見廻してみると、次に彼はしゃがみこんで地面を丹念に探る。
「……鼠の穴も兎の穴も無しか」
「はい?」
「いや何でもない。じゃ、早速掘ってみようか」
「……わかった」
 自分で掘るつもりは無いらしい。彼に促されるまま、慧音は地面を掘り始めた。元々の柔らかさに加え、先日自分で掘り返したばかりだから、シャベルは簡単に地面に突き刺さる。
 ざくりざくりと土をかく音が、リズム良く木々に反射して溶けていく。
 夜、人気の無い林の中で、ランプの明かりを頼りにおもむろに地面を掘っているというこの状況を、もしも里人に見られてたらどんな言い訳をすればいいだろうか? あまり考えたくない。変な汗をかきながら、一尺程掘り下げたところで手を休めた。と同時に、彼が穴を覗き込む。
「深さはこのくらい?」
「ああ」
「本来ならここに何がなければいけないんだっけ?」
「色々。ガラス玉、金属片、鳥の羽、尖った石、などなど。どうして男の子って、こういう物を集めたがるんだろうな?」
「君には解らないだろうね」
「お前には解るんだろうな」
「もちろん」
 あの家が全てを物語っている。

「では実験してみようか」
 彼が懐から何かを取り出した。
「それは?」
「かつて活玉依姫が大物主神の所在を突き止めた由緒正しき『三輪の糸巻』」
「嘘だ! まさかそんなもの、お前が持っている筈が……」
「もちろん本物じゃないよ。これはただの麻糸とただの縫針だ。でも見立てとしては十分」
 そう言うと彼は糸を針の穴に通し、抜けないように固結びにして、糸巻を手元に残したまま、針を今掘った穴へと投げ込んだ。
「じゃ、埋めてくれ」
「埋めるの? 掘ったのに」
「ああ」
「……わかったよ」
 今しがた自分で掘った穴を、自分でせっせと埋め戻していく。
 穴が塞がると、地面から彼の右手の糸巻まで、一直線に糸が伸びている状態となる。

 僅かに息を弾ませながら慧音が訊いた。
「これで何が解るんだ?」
「埋めた場所が悪かったのか、それとも埋めた物が悪かったのかが判る」
「……埋めた物が悪いってことは無いと思うけどなあ」
「解らないよ? 物の価値っていうのは人によって大きく変わるからね。ただ、今回は場所が悪かったみたいだ。何であれ、ここに埋まった物を無作為に引き込むらしい」
「どうしてそんなことが言えるんだ?」
「変化があった。ほら」
 彼がかざした糸巻を見て慧音は眼を見開いた。糸巻から糸がほとんど消えている。
「いつの間に!?」
「三巻き残るのは流石だな……じゃ、掘ってくれ」
「え? また掘るの?」
「ああ。糸を切らないよう慎重に頼む」
「……」
 先程埋めた穴を、また掘る。
 ただひたすら穴を掘っては埋め、掘っては埋めるという刑罰があると何かで読んだことがあるが、突然それを思い出した。

「糸はまだ下に向かって伸びてるのか?」
「ああ……っていうか代わってくれよ! もう半刻も掘ってるんだぞ!」
 シャベルを突き立てて慧音が吼えた。掘り下げた穴は既に落とし穴として十分機能するくらいの物が出来上がっていて、そのため彼女の半身はもうすっかり地面に埋まっている。
「もう少しだ。頑張れ」
「さっきももう少しって言った!」
「じゃあもう一回くらい言っても大丈夫だろう」
「うー」
「解ったよ。あと十五分したら交代する」
「五分」
「十分」
「五分っ!」
「仕方ないなあ。じゃあ三百数えるよ。い~~~~~~ち……」
「長いわあっ!!」

 こんな調子で、慧音だけがずっと地面を掘っている。穴の上で指示するだけの彼は汗一つかいていない。もちろん慧音は不満である。ただ掘るのではなく、地面から何処に伸びているとも知らぬ糸をうっかり切らぬようにと掘るのだから、心身共に疲労を覚える。肉体労働は男子がするもの、とは言わないけれど、目の前で人が疲弊していて、少しでも助けてあげようとか、代わってあげようとか思わないのだろうか?
 ひょっとして、私が疲れるのを見て楽しんでいるのか? なんて男だ。慧音が乱暴にシャベルを持ち上げると同時に、緊張していた糸がぐにょりとたわんだ。はっとしてシャベルを放り出してみると、今掬い上げた土塊の中から、針の頭が顔を出してランプの灯を反射していた。
「……針が出てきた!」
「本当かい?」
「ああ。ほら!」
 慧音は糸を軽く引っ張って地面から針を引き抜いた。胸元まで手繰り寄せ針をつまみあげると、つい、その金属的な光に見入ってしまった。針の先には何も無いのだが、まるで大物を釣り上げたかのような達成感がある。今までの疲労も、本来の目的もうっかりすると吹き飛んでしまいそうだ。しかし彼が穴の上からくるくると糸を巻き取って、彼女の手から針を奪ってしまったので、慧音がそれ以上感慨に浸ることは無かった。

 平静を取り戻した彼女は穴の上の彼に訊いた。
「場所は変わらず、深さだけが変わってたってことか? どうして?」
「さあ。でも多分、子供達の宝物もその辺りにあると思うよ」
「本当か!」
「ああ」
「よし、掘ってみる」
 俄然やる気になってシャベルを突き立てると、その一回で当たりを引いた。
 掘り返した土の中にガラス玉が見える。シャベルを傍らに置いて屈みこみ、手で土を掻き分ける。そこからはあっという間だった。ガラス玉、濁った石英、黒曜石、烏の羽、何かの歯車、ネジ、……、次から次へと、掘る度に物が出てくる。三人の子供達が埋めて隠した秘密の宝物だ。期限ぎりぎりになってようやく発見できた。慧音も子供のように嬉しくなって、彼を見上げて叫んだ。
「やったあ! 見つけた!」
 自分のものではないけれど、今では確かにこのガラクタが宝物に見える。
「おめでとう。これで胸を張って子供達に会えるじゃないか」
「ああ、よかった。ありがとう!」
「どういたしまして」

 瞬間、慧音の足元から青い蝶が飛び立った。
 掌ほどもあるだろうか、月光をそのまま鱗粉に固めたような、青く光る大きな蝶が、慧音の頬をかすめて天に昇っていった。

 沈黙。

 絶句してしまった。彼も呆然としていた。完全に不意を突かれた。地面から蝶? なんだ今のは?
 夜空には既に蝶の姿は無い。青い残滓も風に巻き取られてすぐに消えてしまった。
 なんだ今のは?
 顔のすぐ横を撫でるようにして飛ばれたのに、羽ばたく音一つしなかった。
 見間違いだろうか? しかし彼も同じく空を見上げていたので私だけの見間違いでは無いようだ。
 足元を見る。彼も穴の中を覗き込む。掘ったばかりの荒い穴の底がランプの灯に照らされて揺れている。
 今の蝶は何処から出てきた?
 手で払うようにして土を分けると、すぐに白い木の根のような物が地中から顔を覗かせた。
 石?
 いや、それよりも軽い感じだ。
 その周囲を浅く洗ってみると、同じような形のものが等間隔に埋まっている。
 なんだろう? 白く内側へ歪曲した、等間隔に並ぶ枯木のようなもの……これは……

 ……あばら骨?

「……ああ、成る程。要は見つけてほしかったんだな」
 彼がぽつりと言った。
「……代わって」
「まだ五分たってない」
「代わってよおっ!!」

 その後、丁寧に掘り返してみると、丁度人間一体分の骨が発掘された。

 ざくざくと小気味いい音が辺りに響く。宝物を残さず取り出した後に残った骨は、また元通りに埋めることになった。
「……いいのか? 埋めちゃって」
「いいんだ。ちゃんと魂は昇っていったじゃないか」
「魂って……あの蝶?」
 慧音が手を止めて、彼の顔を覗き込んだ。彼は確信的に答える。
「そう」
「魂って蝶の形をしてるのか」
「それだけじゃないけれどね。人が最後に吐く息は蝶になって魂を幽冥へ運ぶ、って思想があってさ。そう考えると怖いけれどね」
「怖い? どうして?」
「蝶が地面の中にいたってことは、この人は最後の呼吸を地面の中で行ったってことで、つまり死んでから埋められたんじゃなくて……いや、よそう」
 慧音の顔色が少し沈んだ。
「……里にそんなことをする奴がいたなんて」
「この骨は死んでから軽く百年はたってる。だから、昔悪い奴がいた。今はいない。それでいいじゃないか。少なくとも君が生きている間は、悪い奴は現れない。そうだろう?」
「……もちろん」
「まあ、それでも何が起こるかなんて解らないけれどね」
「……励ましてるんだよな?」
「事実を述べてるんだ」

 夜明けまでには全ての作業が終わり、林はまた元の静けさを取り戻した。
 結局、彼は一度もシャベルを手に取らなかった。しかし子供達との約束が守れたのだから、そんなことはどうでもいい。お礼に部屋を片付けてやることにしよう。

 その後、慧音が三人の元に宝物を届けてやると、当の三人はその約束をすっかり忘れていたのだが、もちろん大いに喜んで受け取ってくれた。この笑顔のために私は生きているんだな、と慧音は思う。

 翌日、彼は必要無いと言っていたものの、慧音は里の数人に理由を話し、あの骨を無縁仏として共同墓地に埋葬してもらった。昔、あの林の中で何が起こったのかは解らない。きっと、恐ろしいことだったのだろう。せめて私の眼の前では、そんなことが絶対に起こらないように、名前の無い墓石の前で慧音は小さく強く誓った。

  ◇

「で、それがこの陰火とどう関係するんだ?」
 慧音が相変わらず指先でランプを遊びながら彼を窺う。彼も相変わらず楽しそうな様子でそれに答えた。
「あの後、迷える魂を導いてくれてありがとうってお礼を言われてさ、それで貰ったんだ」

 少しだけ、部屋の温度が下がった。

「……誰から?」
「実は君の分も貰ってるんだ」
「え? いや、いいよ……」
「そう言わずに受け取りなよ。これは恩返しなんだから。君が受け取ってあげないと、向こうも恩義を果たせないだろう?」
「む、向こうってなに?」
「はい、これが君の分。ランプは使い終わったら返してくれ。朝グラスに一杯の水をあげておけば一日中燃える。必ず直射日光を避けて保存すること」
「い、いやいいって! 本当に、お気持ちだけ受け取ります!」

 結局、彼に押し切られる形で、慧音はどうもこの世のものでは無いらしい火を受け取ってしまった。
 間違い無く便利なのだが自宅で使うのは少し怖かったので、危険性は無いと確かめた上で試しに教室に吊るしてみたところ、これが妙に評判がいい。子供達もそうだが、彼らを通じて大人も涼を求めて寺子屋に訪れるようになった。思い切ってスペースを開放したら、あっという間に里人のたまり場になってしまった。誰しもが気軽に訪れることの出来る寺子屋というのは、嬉しいのは嬉しいのだが、授業にならない。
 このちょっと困った「涼しい寺子屋」は、陰火が消えるまでのおよそ十日間続いた。その間に時々感じた寒気は、きっと陰火だけが原因ではないと思う。それが好ましいものであるのかどうかは全然解らない。彼には何か解るのだろうか?

 慧音がランプを返しに行ったとき、香霖堂にあった陰火はまだ燃えていた。




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                               終   20100815
                             (20101226 加筆修正)
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香霖堂奇譚 | 【2010-12-26(Sun) 17:00:00】 | Trackback:(0) | Comments:(2)
コメント

ゼル伝で似たようなのがあったな
2014-04-19 土 22:03:45 | URL | #- [ 編集]

陰火を持ってきたのはひょっとしてみょんですか?
それとも時代からしてみょん爺ですか?
2015-07-16 木 11:39:21 | URL | #xk7ru7UM [ 編集]
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