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あめふら

Author:あめふら
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迷惑チョコレート



 恋人達の守護聖人ヴァレンティヌスに由来する行事なのだから、バレタインデーはやはり恋人達の行事であるべきなのだ。過度に恋愛を煽るような風潮や、露骨に消費を促すような商品の展開は、本来の祭日の在り方とは乖離しているのだ。別に外部から働きかけなくとも男と女は出会い恋人も生まれていく。
 今日のバレンタインの在り方が悪いと言っているのではない。むしろ自分は商人としてその恩恵を与る側だ。その矛盾の中にあって、あえて霖之助は異を唱えている。バレンタインデーは社会を構成する全ての人間に贈答を促す日などではなくて、一組の男女という小さな小さな関係性が、互いに愛を囁きあい、互いに愛を確認する、そんな暖かい一日であればいいじゃないか。第三者が横槍を入れるなんて無粋だ。

 だから、現在恋人のいない自分には無縁の行事でいてほしい、と霖之助は思った。思ったというか、願望に近かった。つまり今彼の瀕する状況は、彼にとって望ましいものでは無いということだ。
 その原因は明確である。とある人物が持ってきた一つのチョコレートの存在だ。霖之助は定位置のカウンターに腰かけて、目の前に置かれた一箱のチョコレートを、まるで十年に一度公開される秘仏を見るような眼で眺めている。
 香霖堂は静かだった。時々ストーブの上に置かれた薬缶が、決断を促すように澄んだ金属音で茶々を入れる。今日は朝から寒い日だった。春も近いというのに冬が最後の唸り声を上げて、一面に薄い雪のベールを被せていた。
 そんな日に紫はやってきたのだ。

 噂では八雲紫は冬眠するという。ならばなぜ今日に限って目覚めたのだろうか。目覚めたとしてなぜ外出したのか。僕ならば起床して表一面の雪の層を見た瞬間、全ての予定を裏切って家から出ないと決める。なぜ紫はそうしなかったのだろう。なぜ今日に限って外出して、その行く先を香霖堂と定めたのだろう。気紛れな寝起きならばそのまま眠っていればよかったのに。
 もちろん自分は紫の生活態度など知らない。本当は冬眠などしないのかもしれない。今の想像も所詮は自分の頭の中で都合よく展開させた紫の虚像に過ぎないし、第一彼女に関しては知っていることの方が少ない。何も知らないと言ってもいい。
 ただ一つ確かなことは、このチョコレートは間違いなく今日の為に用意されてきたものであるということだ。恋人たちの日、バレンタインデー。専ら日本ではチョコレートを媒介にして親愛の情を伝える日。
 ここで最初の嘆きに戻る。
 だから、そういうことは恋人たちだけの間で行えばいいじゃないか。義理チョコ、友チョコなどといって、元来の用途にお歳暮的な側面を付属するからいけないのだ。
 恋人でない者たちはバレンタインデーをある種の人間整理に用いる。その場合チョコレートは社交辞令の道具として利用される。贈り手が受け手にとってどのような立ち位置であるのか、また逆に受け手が贈り手にとってどのような認識であるのか、確認する一つの機会となる。しかし、目的が愛の告白にしろ社会的な立場の確認にしろ、両方ともその道具としてチョコレートを利用することが問題だ。チョコレートを見ただけでは、それが果たしてどちらの意味で渡された物なのか判断に迷うことがある。今、霖之助の頭を悩ませているのは正にこの問題である。

 一体、このチョコレートはどういう意味だ?

 もちろん、意味を解しかねる時は、そのチョコレートを渡されたときの状況が大きな判断材料になり得る。顔を上気させて思い切ったように渡されれば愛情によるものと推定できるし、大勢の同僚にばら撒くように配っていたのであれば社交辞令と断じられる。またどのような言葉が添えられていたかどうかも証拠として効果を発揮する。「愛している」の一言でもあれば間違いなくロマンスの産物だし、日頃の挨拶の文脈で渡されたのであれば人間関係の一道具でしかない。
 では、今日の彼女の来襲を思い返してみよう。来襲というと失礼な気もするが、そのくらいに全く不意だったのだ。
 今日の香霖堂はなかなか盛況だったと言える。大幅な黒字が出た訳ではないが、入れ替わり立ち代わり知り合いの少女たちがチョコレートを渡しに来てくれたお蔭で、日頃閑古鳥の鳴く古道具屋としては珍しく終始賑やかな雰囲気に包まれていた。
 夕方になってようやく人がいなくなり、香霖堂が相棒のような静寂を取り戻すと、霖之助は何だかどっと疲れてしまった。しかし不快な疲労では無い。働いたな、という偽物の懐かしい充実感を胸に、扉へ閉店の札を下げようとしたところで八雲紫は現れた。
 正確には、現れていた。気が付くと彼女はカウンターの前で佇み、微笑ましそうにこちらを見ていたのだ。
 驚いて硬直する。対する紫はとても自然に力を抜いて、カウンターにそっとしなだれかかっていた。まるで偶然捕らえた一枚の写真のように様になっている。ああ、店仕舞を邪魔された。
「沢山もらえたようね」
 籠に重ねられたチョコレートを見て紫は言った。
「よく解らないが、多い方なのかい?」
 霖之助はわざとらしく怠惰に応えた。回答は無い。紫は薄く微笑んでいる。夕暮れに沈んだ店内で、二人きり声も無く見つめ合う。古道具に囲まれた紫は、どこか滅んだ都市の女神みたいだなと不意に思った。
「何度も言うけれどドアから入ってくれ」
 沈黙の後で霖之助が言った。どうせ通用しないと解っている。
「本当に、その台詞を聞くのは何度目かしらね」
 紫はくすくすと笑った。
「雨垂れ石を穿つということもあるからね。言い続けるよ」
「私は庭石なのかしら」
「君が庭石だったら、君に似合う庭を造るところから始めなければならないだろうね」
「あら嬉しい」
「扱いに困ると言っているんだ」
「もちろん。軽々しく扱えると思われては堪りませんわ」
 嬉しそうな紫を横切って霖之助はカウンターに着く。横切った瞬間、幽かに震えた髪から届いた優しい香りがまだ残っている。紫が来ると、積み重ねた記憶を表現したような埃色の香霖堂特有の匂いが、透明に染め直されてしまう。
「君が居ると空気が変わる」
「仕方がありませんわ。気は絶えず流動するものですもの」
「そうだけれど」
 霖之助は紫と目を合わせる。
「それで、ご用件は?」
「大したことではありません。私も流行に乗ってみようかと思いまして」
 と、紫は小さな箱を取り出した。霖之助は目を丸くする。
「まさかチョコレートか?」
「はい」
 霖之助は手渡されるままチョコレートを受け取った。昼間の少女たちに比べて、随分シンプルだ。黒くストイックな包装は、どことなく彼女の理知を思い出させる。
「なんというか……」
 霖之助は小箱を眺めながら言葉を探った。
「君から貰えるとは思っていなかったよ。ありがとう」
「どういたしまして」
 紫は深い山のスミレのように笑った。霖之助は思わず一秒だけ見惚れた後に、これは拙いと咄嗟に目を逸らした。後から思えばこの反応は失敗だ。紫から見れば、相当初心な反応に見えたかもしれない。案の定、紫は悪戯っぽい笑みを唇に浮かべていた。
「手作りした甲斐がありましたわ」
「え?」
 霖之助が顔を上げた時、紫の姿はもう消えていた。

 それから延々、カウンターで悩んでいるというわけだ。
 気が付けば外はもうすっかり暗い。ランプから注ぐ穏やかなオレンジ色の光は、時間の感覚を失わせるには十分だ。
 一体、このチョコレートは何だ?
 霖之助はもう何度目になるか解らない問いを自身に投げかける。バレンタインデーはチョコレートを贈りあう行事で、贈り手はそのチョコレートを通じて何らかのリターンを要求する。恋人であれば愛を、そうでなければ関係性の確認を求める。
 それが日頃から気安い仲の者達であれば何であれ対応は出来るものの、しかし相手が権力者だとそう簡単にもいかない。例えば一億の国民を抱える女王が民一人一人に特別な贈り物をして回るだろうか。ある訳が無い。あるとすれば何か特別な事情があってこそだ。
 では事情とは何だ? それを探るためには相手と自身を取り巻くあらゆる情報を計算に入れなければならない。
 紫と僕の関係は何だっただろうか? とりあえず女王と民草ではない。僕は彼女を女王のように仰いだことは無いし、彼女も僕を英雄のように慕ったことは無い。
 紫と僕は取引相手だ。それ以上でも以下でもない。相手が如何に絶大な権力を持っていたとして、僕にとっての彼女の認識は、一個の契約、或いはただの人間、いや人ではないから男女のそれと変わらない。

 いやいや、そういう問題では無い。認識の話をしたところで目の前のチョコレートは消えはしない。
 このチョコレートは何だ?
 バレンタインデーにチョコレートを贈るのは極一般的な行動としてまだ理解出来るが、問題はそれに添えられた言葉にある。紫は手作りだと言った。それは一体どういうことだ? 手作りのチョコレートを贈る贈られるというのはどういうことだ?
 いやそれ以前にこれはチョコレートなのか?
 紫は全てにおいて僕より勝る、妖しい魅力を持った大妖怪だ。そんな相手が作ったチョコレートが、ただのチョコレートである筈が無いではないか。齧り付いた瞬間、周囲三十メートルが蒸発して消えたりしないだろうか。飲み込んだ瞬間、見た事も無い獣に変質してしまったりしないだろうか。能力を使って迂闊に情報を読んだら心が毒されたりしないだろうか。
 こうした憂いを解消する最も簡単な方法はチョコレートをそのまま捨ててしまうことだが、しかし幻想郷の管理者から貰ったチョコレートをこちらの感情だけで投げ捨てるのはあまりに失礼だ。
 いやいや、そういう問題では無い。
 まず、目的を推測せねばなるまい。紫と僕は恋人ではないから、このチョコレートは愛を語る用途の物では無い。だが社交辞令と考えると「手作り」という彼女の言葉は不適当に過ぎる。いやそもそも、本当にこのチョコレートは紫の手作りなのだろうか。そこを疑わなければならない。手作りだとするその根拠は、今のところ紫の去り際の発言一つにしかない。
 仮に本当に手作りだとしよう。社交辞令で何故そこまで手間をかけるのだ? しかも相手は僕だ。そうだそれも疑問なのだ。紫からすれば僕など消し炭の粒子一つ程度の存在でしか無いはずだ。何故わざわざ僕の為にチョコレートを用意してくれたのだろう。卑下ているつもりは無い。ただ本当に疑問なのだ。逆ならばまだありえよう。しかしまさか紫から、しかも手作りだ。何だこれは。罠か。
 いや、一口に手作りと言ったって、カカオを栽培する所から始めたのか溶かして固めただけなのかで大分意味は変わるではないか。そもそも手作りの価値とは何か。それは相手が自分の為に時間を犠牲にしてくれたことへの敬意であろう。紫が僕の為に時間を? いやいや切が無いからこの話はよそう。時間はチョコレートなのだ。どういうことだ?
 ひとまず折角頂いたのだ。僕が食べてやらなければこのチョコレートも成仏できないだろう。とはいえ成仏させるためにチョコレートを食べるというのもしっくり来ない。贈り物はそもそも相手が喜ぶことを前提にしなければならない。いや、そうとも限らないのか。やはり罠か。第一紫が成仏させそこねたものを僕が処理できるはずも無い。

 何の話だ。話を戻そう。もっと単純に考えるべきなのだ。
 バレンタインデーに恋人同士でやりとりされない全てのチョコレートは社交辞令と仮定する。ならば紫の目的もただの挨拶に過ぎない。深い意図など無い。そして手作り発言については、ただ僕の反応を見て楽しむだけの悪戯だ。それが最も自然なように思う。
 どうせ今もこっそりどこかで見ているんだろう。趣味の悪い人だ。
 しかし、万が一ということもある。仮に、本当にこのチョコレートが紫の手作りだったとしたら、僕はどう応えればよいのだろうか。
 いやそんなことはありえないのだが、僕は紫ではないのだ。彼女の心が解らない内は、それが億に一つの気まぐれであったとして可能性に入れない訳にもいかないし、もし仮にそうだった場合、僕は紫から手作りのチョコレートをプレゼントされるくらいには好意を持たれているとの証明に変えられる。
 嘘だろう?
 もちろんそれはあり得ないのだ。海上の楼閣のような幻だ。限りなくゼロに近い可能性はゼロとみなしてもいいのだ。ああもう。全く、何でこんなことを考えているのだ。どれ程の時間を無駄にしたか。だからバレンタインデーは乱用されるべきではないのだ。どこかの誰とも知らないが、騒いで金儲けをしたいだけの即物主義者を僕は恨む。君たちが作り上げてきた社会的正義のせいで、僕はいらない迷惑を抱え込んでいる。ああ迷惑だ。みんなチョコレートのように溶けてしまえばいいのに。

 いやいや、そういう問題では無い。一体、問題とはなんなのか。
 もちろん解っている。解っているなら何故ここまで煩悶せねばならぬのか。どうせ時間の無駄なのに。そうだ、最大の問題は、僕が紫から貰ったチョコレートを社交辞令と悪戯心の産物であると断じておきながら、そうでない可能性を心のどこかで期待していることなのだ。




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                               終   20130213
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その他 | 【2013-04-10(Wed) 00:00:00】 | Trackback:(0) | Comments:(2)
コメント

やった新作だ。
これ紫様絶対のぞいてますよね。
下手したら式か冥界の姫辺りといっしょに。
2013-03-12 火 21:57:55 | URL | #- [ 編集]

チョコの魔力からか、霖之助さんの脳内は紫様でいっぱいですね。はっ!もしかしてこれを狙っていたのか!?
2013-03-13 水 22:38:59 | URL | #- [ 編集]
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