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あめふら

Author:あめふら
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pixivで描いた漫画をまとめました。


『OVERCOLL2』 とらのあな
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作ったものを売っています。


『レジンフィギュア・物部ハト』 とらのあな

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くおんにねむる 二十三
前回からの続きです。未読の方は先に前話をお読み下さい。


  二十三


 博麗神社の縁側でお燐が項垂れていた。縁側から漂う悲愴的な空気を嗅ぎ付けた霊夢が、半分開いた障子の向こうから様子を窺うように振り返る。振り返っただけで特に声をかけるでもなく、静かに顔を正面に戻した。
 お燐は霊夢に背中を向けたまま小枝のように横になり、直角に傾いた景色をただぼんやりと眺めていた。三つ編みにする気力も湧かなくて無造作に下ろされた髪が、床板の上で赤い波となって視界の半分を赤く染めている。少し乾燥した秋晴れの空が反射して目に痛い。
 雀が二羽まるで肝試しでもするみたいに寄って来て、羽をちょっと膨らませてから興味を無くしたように飛び去って行った。今の雀は、私が火車だと解って近づいてきたのだろうか。今の私に油断した雀を捕まえる程の気力も無いことを見抜いていたのだろうか。
 恐らくは違うだろう。雀はただ何も知らずに近づいてきただけだ。私が火車であることも、化体すれば猫の形を取ることも、憂鬱とした心の裡も、目覚めぬ主がいることも、何も知らない。
 それでいいのだ。どうせ住む世界も違う。雀は自分の存在の届く範囲の小さな世界を平和に保てるだけの知能があれば問題無く生きていけるのだ。透き通った空を忙しそうに飛び回る雀は、何だかとても充実して見えた。
 風景が平和であればある程、お燐の心は深く沈んだ。太陽が闇を深めている。燦々と世界を照らす日の明かりでさえ、地面の下で眠る主の目を開いてはくれない。聞いた話では、日光は生物の目覚めに大変深く関わっているらしい。眠りから覚めた人間はその時点ではまだ完全な覚醒状態に無く、陽の光を浴びることで初めて全身の機能が本格的に起動するらしい。恐らくそれは人間に限った話ではなくて、太陽のある世界に生まれた全ての存在が、等しく太陽を基準にして生きているのだろう。
 試しにさとりの体を地上に持ち出して、目一杯日光浴をさせてみたら何か反応があるのではないかと考えたことはある。けれども結局実行に移してはいない。長く陽の光を避けて暮らしてきた彼女の体に太陽は眩しすぎる気がした。日に照らされた雪の人形が無残に融けていくように、恒久的な熱と光の源泉も、光を苦手とする者にとっては攻撃でしかない。
 お燐は仰向けに寝転がり、手を翳して指の隙間から太陽を見上げた。透かされた指が暖かい血の色に発光する。蛍のような柔らかな光だ。その色を生み出すのは、地底にある如何なる種類の明かりとも違う、絶対的で途方も無い光だ。一時期同僚のお空が手に入れた人工的な太陽の力も、所詮は核熱と炎による極小の再現でしかない。本物の太陽にはとても敵わない。それだけに余計に地底の闇が対比された。地底だけではない。私たちの状況も闇だとお燐は思った。きっと闇から始まった出来事だから、闇の中だけでしか収束出来ないものなのだろう。根拠は無いが、そんな気がする。
「落ち込むんなら家でやってくれない?」
 振り向きながら霊夢が言った。
「地霊殿にいても、出来ることがないから」
 寝転がったまま返す。返す声にも力が無い。
「ここにいたってすることは無いわよ」
「うん」
 それからまた沈黙を挟んだ。かさかさと木の葉が踊る音だけが微かに聞こえる。お燐は胎児のように体を丸め、そのままの体勢で不貞寝のように動かない。霊夢は雨音の傍らで針を構えて、次はどこに針を打ち込んだら良いか思案していた。
「お姉さん、ごめんね」
 聞き逃しそうな小さな声に霊夢は針を止める。
「何が?」
「お仕事の邪魔だよね」
「私がいつ邪魔だなんて言ったのよ」
「うん」
「泣いてるの?」
「泣いてない」
「そう」
 また沈黙が降りる。霊夢は指先で針を器用に回しながら何か考え込むと、針を針山に戻して席を立ち、お茶を汲み直して戻ってきた。元の場所には座らず縁側に出て、障子を閉めてから、寝転ぶお燐の頭の横にもう一つの湯飲みを置き、無言で茶を勧めてから自分も隣で飲んだ。時々思い出したようにお燐の頭を触る。お燐は動かない。猫舌だからお茶が冷めるのを待っているのかもしれない。多分違う。
「さとりは相変わらずなわけね」
「うん」
 少し躊躇った後、お燐は続ける。
「さとり様、起きるよね? このままずっと、眠り続けているなんてことは無いよね?」
「何とも言えないわ。雨音が起きないと、さとりも起きない気がする」
「うん」
「辛いなら泣けば?」
「泣いたってどうしようもないもん」
「そう」
 霊夢は目を閉じて僅かに空を見上げ、瞼の裏の赤色に秋空の暖かさを感じていた。
 結局お燐は湯飲みに口を付けなかった。霊夢も作業を続ける気があるのか無いのか、長いこと縁側から動かなかった。もっとも彼女が縁側にいる風景は日常的な物だから、ただ普段の習慣に基づいて腰かけているだけなのかもしれない。
 日向ぼっこは、お燐が不意に起き上がったことで終わった。
「お姉さん、誰か来るよ」
 お燐の示す方向を見ると、石段を運動不足気味に歩いてくる銀色と青の人影が写った。その姿を見て霊夢は安堵したように表情を緩める。
「霖之助さん」
「やあ霊夢。と、お客さんか。お取込み中だったかい?」
 霖之助も親しげに手を挙げた。
「いいえ。それで、何か解ったの?」
 霊夢が訊ねる。
「いや、今日は報告じゃなくて、発端となった女の子の顔を一度見ておこうと思ってね」
「ああそう」
 言葉を交わす二人の横で、お燐はさも意外そうに両者を見比べていた。霖之助と話す霊夢は何だかとても自然体に見える。誰に対しても平等に優しく、誰に対しても平等に冷たい博麗の巫女が、自然体で男性と話している。
 考えてみれば別に不自然なことでも何でもないが、まるで想像を超えた出来事のような気がした。しかし博麗の巫女も人間だ。自覚のあるにせよ無いにせよ、自然体で話せる相手がいるというのは幸せなことだし、きっと望ましいことだ。
 視線に気が付いたのか、霖之助がお燐に目を向けた。
「霊夢、この子は?」
「火焔猫燐。前にさとりに雨音の心を読んでもらったって話したでしょう。その子のペットよ」
 お燐は反射的にお辞儀をした。
「じゃあ君も関係者か。初めまして。僕は森近霖之助。魔法の森の入り口で香霖堂という古道具屋を営んでいる。幻想郷の中から外の世界まであらゆる種類の道具を扱っています。是非お見知りおきを」
 霖之助が人当たりの良い営業用の笑顔で言う。
「火焔猫燐です。紹介された通りで、さとり様の下、旧地獄の地霊殿に勤めています。気軽にお燐と呼んで下さい」
 お燐も丁寧な口調で応えた。
「あんたのそういう口調、似合わないわね」
 霊夢がくすくすと笑う。お燐はちょっと照れ臭そうに微笑んだ。霖之助はお燐の耳の形や髪の色や二又の尻尾をそれとなく観察すると、
「ふむ、君は火車かな?」
 と呟いた。
「そうです。ほらお姉さん、解る人には解るんだよ!」
 お燐は嬉しそうに頷きながら霊夢の袖を引っ張った。
「ふうん」
「反応薄いなあ」
「そうかしら」
 霊夢は半端に残っていたお茶を飲み干して、縁側からのんびり腰を上げた。
「さて、雨音の顔ね。ちょっと待っててくれる? 針を抜くから」
 そう言って障子の向こうに消える。
「針を抜く?」
 霖之助が首を傾げると、お燐が霊夢に代わって答えた。
「ああ、雨音ちゃん、今ちょっと凄いことになってて……」
「凄いこと?」
 霖之助は霊夢の後を追って縁側に上がり、ちょっと躊躇った後で障子を開けた。霊夢はちらりとこちらを見ただけで、特に声を出すことはしなかった。
 正座した霊夢の目の前には布団が敷かれていて、そこには大型の生け花の土台にでもなりそうな巨大な剣山が置かれている。不思議に思い目を凝らしてみれば、それはうっすらと人の輪郭をしていた。
 正体に気が付いた霖之助は諌めるような声で言う。
「霊夢、これはやり過ぎだろう。まるでサボテンじゃないか」
 剣山のように見えたのは、全身隙間無く夥しい数の針を突き立てられた雨音だった。足の先から瞼にまで徹底的に過密に針が刺されている。
「私だって、好きでこういうことをしている訳じゃないわよ。必要そうだったからやっただけ」
 霊夢が横目で反論する。
「それはそうかもしれないが」
 霖之助は顔を顰めて腕組みをしてみせるが、かといって霊夢を責めることはしなかった。霊夢は無駄なことはしない主義である。だから、これは宣言通り必要な処置なのだろう。例えどれだけ残酷に思えても、これ以上に可能性が高く、これ以上に効率的な方法が他に無かったから、実行しただけのことだろう。
 しかしそうと解っていても、年端もいかぬ少女が、まるで拷問でもされたかのように針だらけになっている姿を見ると、何ともいたたまれない気持ちになる。
「後で理由を訊いてもいいかい?」
「いいわよ」
 霊夢は極めて機械的に顔周辺の針を抜いていった。針が抜かれるにつれ、覆い隠されていた雨音の肌が徐々に露わになっていく。やがて十分な範囲の針を抜いたところで霊夢は霖之助に目配して知らせた。霖之助は枕元に腰を下ろし、霊夢と並んでじっと雨音の寝顔を眺めた。
 針の痕で判別し辛くなる可能性も危惧したが杞憂だったらしい。針が相当細いのか刺した位置が的確なのか、恐らくは両方なのだが、雨音の皮膚には傷どころか針の刺さっていた痕跡すら残っていなかった。少し安心する。縁側から手持無沙汰になったお燐もやってきて、三人で雨音の寝顔を囲んだ。
 しばらく無言で寝顔を見続ける。他人の寝顔をこれほど長い間眺めることもそうそう無いなと霖之助は思った。お燐は自分が眠っている間に同じように寝顔を見られている様子を想像して勝手に恥ずかしくなった。
「何か、ちょっといけないことをしているみたいね」
 お燐が誤魔化すように言った。
「霖之助さん、発端の子を見た感想は?」
 霊夢が訊ねる。
「見た感じだと普通の子だな。普通の子が、本当にただ眠っているだけに見える。深刻な症状のようには見えない」
「うん」
 お燐も全く同じ感想を持っていたので同意して頷いた。しかし、ただ昏々と眠り続けるそれだけなのが却って底無し沼のように不気味にも思える。柔らかい泥の中に囚われて、そのまま永久に閉ざされてしまうような絶望の予感を拭えないでいる。
「それだけ?」
 霊夢が再度訊ねる。
「そうだな。とりあえず見た感じはそうだ」
「ああそう」
 霊夢は予想していた失敗をなぞるように小さく肩を落とした。やはりこの蛇が見えているのは私だけらしい。
 失望の理由を計りかねた霖之助は僅かに首を傾げ、かといって答えも無いので、そのまま回答を放棄して改めて雨音の顔を見やった。
 夢の中で出会った雨音と同じ顔だ。ならばここに眠る雨音と、夢の久世ノ宮を彷徨う雨音は同一人物と見て間違いない。霖之助は念を押すように訊ねる。
「名前は久世雨音で間違い無かったよね」
「ええ」
「初霜の日に神社にやってきた。青の巫女装束で血塗れだった。所持品は石の杭だけ。その杭を怖がる。かつては久世ノ宮という大きな社に仕えていた」
「そう」
 霖之助は雨音の首筋に指を当てて体温と脈を計った。夜明け前の幽かな明滅のような拍が返ってくる。死んだように眠っているが、確かに生きている。亡霊でも妖怪でも魔法使いでも無い。ただの人間だ。
 それが霖之助にはどうも腑に落ちない。果たしてただの人間が、本当に百年の時を超えられるものだろうか。
 もちろん雨音も厳密にはただの人間では無い。久世家という神官の下へ預けられていた身だ。魔術に関して全くの素人とは呼べないだろう。だがそれは本当に最低限のレベルであり、同じ鎮女という役にあった氷雨と比べても、明らかに雨音の能力は低い。霊夢と比べても、魔理沙と比べてもそうだろう。要するに霖之助の見立てでは、雨音は魔術師の範疇に入らない。何の能力も無い、一般人に毛が生えた程度の素人と変わりない。
 そんな少女が何故時を超えられた? 現実ここにいるということは、何であれ彼女が時を超えたことの何よりの証明になってはいるのだが、普通に考えて百年前の人間が生きていることは不自然なのだ。雨音は死んでいる、埋葬も済ませたという氷雨の言葉の方が信じるに値する。
 百年前に一度死に、百年後の今日に復活したという可能性も無いことは無い。例えば尸解仙という方法がある。人の身から仙人へと転生する術の一つで、肉体を一度死なせ魂だけを何かの物体に宿らせた後、その霊性が完全に変質するまで眠らせる。やがて魂を宿らせていた物体は肉体と変わって己の姿となり、代わりに屍は物体へと変化する。
 例えば雨音が尸解仙であるとしよう。血塗れで現れたのは、それがやはり彼女の死んだ時の姿であって、刺青木は復活の媒介とされた物質である。雨音は復活に際して一時的な記憶障害に陥っていて、自身が一度死んだことを忘れている。そう考えれば一応の辻褄は合う。
 だが違う。刺青木は霖之助の能力で『巫女を穿つ』ものだと鑑定されたのだ。仙人化の媒介にされたならば見た瞬間にそれと解る。それに尸解仙は自力では無理だ。自分を埋葬し、墓地を管理してくれる協力者が必要なのだ。そして雨音を看取ったのが氷雨であり、彼女が雨音を死んでいると断言する以上、雨音はごく普通に、甦る筈の無いものとして土に還されたに違い無いのだ。万一復活の処置をされて埋葬されたとしても、甦るのならば幻想郷でなく久世ノ宮で蘇生するのが自然だ。夢の中とはいえ久世ノ宮は管理者のいる生きた施設だ。
 或いは、雨音自身自分が百年後の世界にいることに大変戸惑っていた様子だったから、奇跡的な確率で起こった事故という可能性の方が高いかもしれない。だが事故にせよ、時空を吹き飛ばすほどのエネルギーを一体何処から持ってきたのだろうか。
 そこで気になるのは、刺青木が全部で四本あるという事実である。そして刺青木によって穿たれるという久世の巫女の、あの凄まじい状態である。
 仮に刺青木を四本集め、荒ぶる神と化した久世の巫女に打ち込んだならば、一体何が起こるのだろう。
「他に何か情報は?」
 訊ねると、霊夢は予め回答を用意していたかのようにすらすらと述べた。
「久世という苗字は久世家から与えられたもので、本人は久世の血筋じゃない。久世ノ宮での仕事は主に雑用。働き者。猫が好き。あとはそうね、鏡華という本家のお嬢様と仲が良かった」
「雨音ちゃんの丁寧な喋り方はその影響なのかな?」
「でしょうね」
 お燐と霊夢は雨音の声を思い出して頷く。霖之助も内心頷いている。
「ふむ」
 霖之助は顎に手を当てて考える。鏡華という名前には憶えがある。更紗模様の手記にその名前があった。本家筋ということは鏡華は夜舟刀自の娘だろう。忌子がいるというのだから、お嬢様という歳ではない。ならば仲が良かったというより、きっと親元を離れた雨音にとって、母のような存在だったのではないか。
「……ん?」
 違う。計算が合わない。
「霖之助さん」
 不意に霊夢が霖之助の手を取った。
「ん、何だい?」
 霖之助が思考の海から脱すると、霊夢は彼の目を真っ直ぐに見て言った。
「服を脱ぎなさい」
 何を言っているのか解らなかった。
「……え?」
「いいから脱ぎなさい」
 唐突な発言に心を失くした隙を突いて、霊夢は霖之助の着物を肌蹴させにかかった。
「いやいや霊夢! 何をするんだ!」
「ああ、もちろん下も脱ぐのよ」
 当然のように霊夢が言う。当然のように言っていい台詞では無い。霖之助は慌てて霊夢を取り押さえ、霊夢も負けじと霖之助の着物を引き剥がす。
「お、お姉さん、大胆……」
 顔を自身の髪のように真っ赤に染めたお燐が目のやり場に困って視線を泳がせている。
「おい霊夢! あまりふざけるんじゃない!」
「ふざけて無いわよ」
「そんな子に育てた覚えは無いぞ!」
「育てられた覚えも無いわよ!」
 騒ぎ取っ組み合いながら、霊夢は複雑な構造をしている筈の霖之助の服を、まるで解き方を知っているパズルのように確実に脱がしていく。焦れば焦る程相手に乗せられ、気が付けば霖之助はすっかり上半身をひん剥かれている。強引かつ鮮やかな手際の追剥だ。
「霊夢!」
「そのまま!」
 顔を険しくして怒鳴ると、それ以上に鋭い声で怒鳴り返された。
 咄嗟に返事のタイミングを逃した霖之助は、結局諦めて霊夢に従うことにした。諦めるしかない。きっと霊夢なりに意味のある行動なんだろう。しかしせめて先に理由を聞かせてほしいものだ。いや、霊夢にそれを求めるのは間違いかもしれない。
「解ったよ。脱ぐから放してくれ」
「下もよ」
「……解ったよ」
 半裸を晒したまま霊夢の視線に耐える。諦めるしかない。ああ、何が悲しくて他人にしかも少女に下着姿をじろじろ見られなければならないのか。ちらりと横目でお燐を見ると、顔を赤くしながらも視線はしっかりこちらを向いていた。肌に視線が刺さるというのはこういうことを言うのだろう。射殺すような視線を返してみるが、相手にそれを受容するだけの余裕が無かったらしく、効果は無い。
 全く、見世物じゃ無いんだぞ。非常に居心地が悪かった。正直に言えば屈辱的だった。白昼堂々何をしているんだ。もちろん夜ならばいいという話では無い。
 しかし霊夢が思いのほか深刻な顔をしていたので口を挟むわけにもいかず、霖之助はただ大人しく彼女が満足するのを待った。
 もう一度お燐に、今度は助けを求めるような視線を投げかけてみたが、もちろん効果は無かった。解っていたことだ。大体、お燐がこちらの意思を汲んでくれたとして、霊夢を説き伏せることなど出来ようもない。どうしようもない。苦行のようだ。
 諦めて首を振る。何も考えないことにしよう。どうせそのうち終わる。霖之助は目を背けるように障子の向こうの空を夢想した。透き通るようないい天気だった。天気が良いとはいえ秋だ。若干肌寒い。
 やがて霊夢は霖之助の体から離れ、そのまま目を伏せると、とてつもなく深い溜息をついた。奈落の底まで貫くんじゃないかと思うくらい深い溜息だった。そういう反応をされると、怒るに怒れない。
「……もういいかい?」
「……ええ」
 着物を直しながら、霖之助は霊夢の顔色を慎重に窺った。
「それで霊夢、今の行動にどんな意味が」
「霖之助さん。いつから夢の屋敷に出入りしてるの?」
 霊夢が霖之助の声を遮って言った。その瞬間、霖之助の表情が固まった。同時にお燐が大きく目を見開いて、掴みかかるような勢いで駆け寄る。
「お兄さんもなの!?」
「いや、僕もって、何が?」
「誤魔化さないで」
 霊夢がぴしゃりと言った。
「貴方たちには見えないみたいだけれど、私には雨音の体に青紫の蛇が見える。さとりの背中にも同じものがあった」
「さとりのって?」
「さとり様も、眠ったまま目が覚めないの。雨音ちゃんの心を読んだ日から、ずっと」
「そうなのか?」
 お燐は悲しそうに頷く。霖之助は驚いてお燐の顔を見つめた。姿を見ないと思ったら、そんなことになっていたのか。いや、ならばむしろ現実よりも遭遇確率は高い筈だ。器用にすれ違っているのだろうか。
「そして今、霖之助さんにも同じものが見える。柊に囲まれた蛇が、右の手と大腿にびっしり巻き付いている」
 蛇と柊?
 霖之助は思わず自分の右手を眺めた。見たところ変化は無い。動かしてみても滞りない。よく見慣れた自分の右手だ。霊夢の言う蛇と柊などどこにも見えない。
 しかし霖之助は納得していた。右手、そして太腿は刺魂の針で氷雨に刺された箇所だ。やはりまともには帰してくれなかったらしい。そういえば今朝目が覚めた時、奇妙な痛みが走ったような気がする。一時的な夢の延長の錯覚と捉えていたが、どうもそれだけではなかったようだ。
「もしかしてその柊と蛇っていうのは、刺青みたいな模様かい?」
「そうよ」
「そうか」
 恐らく久世の巫女の全身に刻まれていた刺青と同じだろう。ということは「柊とは刺青の暗喩である」という仮説はほぼ確定である。また刺青が久世ノ宮に出入りしている者全てに例外なく刻まれているのであれば、それがある種の契約印であることも間違いあるまい。文字通りマークされた証だ。向こう側との繋がりが強くなったわけだ。
 霖之助は手の甲を眺めながら氷雨を思い出した。彼女の持つ刺魂の針の「柊を刻む」という効果が、この見えない刺青として発現したのだろう。ということは雨音やさとりも自分と同じように氷雨から針を打たれたのだろうか。或いは自分が気付いていないだけで、屋敷の中に居れば自然に刻まれていくものなのかもしれない。考えてみれば、本来巫女に刻むべき刺青を部外者の自分たちに刻む道理も無いのだ。刺青はさながら煙が服に染み付くように、音も痛みも無く肌に印されていく。針はただそれを助長する道具か?
「私、何かあったら神社に来て知らせてって言ったわよね?」
 霊夢が霖之助を睨んだ。
「知らなかったんだ」
「知ってて隠したんでしょう」
「本当に知らなかったんだよ。見えない刺青なんて気付きようがないじゃないか」
「それにしては見てきたみたいな言い方ね」
 部屋の空気が静かに張り詰める。
「それに刺青だけの話じゃないわ。子供染みた意地を張らないで」
「意地なんて張って無い。ある程度情報がまとまったら報告するつもりだったさ」
 霊夢は疑うように顔を覗く。霖之助も反抗するように霊夢を見やった。霊夢の眼はまるで氷のように鋭い。
 意地なんて張っていない、と霖之助は心の中でもう一度呟いた。
「その、お兄さんも夢の中の屋敷に出入りしているっていうのは本当なの?」
 お燐が重苦しい空気を掻き分けるようにおずおずと訊ねた。
「ああ」
 霖之助は短く言う。
「いつからよ」
 霊夢が間髪入れずに問う。
「君から杭を受け取ったその日だ」
「何で直ぐ教えてくれなかったのよ」
「だから、情報がまとまったら教えるつもりだったって言ったろう?」
 険悪な空気が流れる。霊夢はいかにも不機嫌そうに腕を組んだ。
「経過報告という考え方は無いの?」
「君がそれを言うとは驚きだ」
 霖之助は皮肉気味に言った。若干さっきの出来事に対する復讐心も交じっている。だが実際霊夢は推理とは離れた直感の人なのだ。
「喧嘩は止めようよ……」
 お燐が困り果てて言う。言った途端二人が一斉に振り向いたので、お燐は叱られる子供のように委縮して肩を強張らせた。
 何となく二人でお燐を責めるような絵になってしまった。頭に上りかけていた血が元に戻った。沈黙の後、霊夢と霖之助は互いに目を合わせて、どちらともなく困ったように肩を落とした。
「事は一刻を争うの」
 霊夢が静かに言った。
「体に蛇の模様が浮かんでいるのは三人。そのうち二人は目覚めなくなっている」
「僕も、いつ眠ったまま目が覚めなくなってもおかしくないってことか?」
「そうよ」
「でも僕はちゃんと目覚める」
「明日もそうかは解らない。雨音が昏倒したのも、さとりが深い眠りに落ちたのも、突然の出来事だった」
「そうか。気を付けるよ」
「気を付けてどうにかなるものじゃないわ」
 霊夢は再び責めるような口調で霖之助の右手を指した。
「その蛇は広がり続ける。現状、進行を止める手段は無い」
「広がり続ける?」
「そう。毒みたいにね。実際、毒のようなものだと思う。眠る度、夢の屋敷に入る度に少しずつ体を蝕む毒。私はこの蛇を、いわば病の進行度だと思っているの。蛇が全身に広がったら、きっと貴方は死ぬわ」
「そんな!」
 弾けるようにお燐が叫んだ。
「それじゃあ、さとり様も危ないの!?」
「それどころか一番危ないのがさとりよ」
 お燐は絶句してへたりこんだ。
「どういうことだ?」
 霖之助が訊ねる。
「霖之助さんが杭を預けた日から夢の中に出入りしていたってことは、さとりは順番的には最後に屋敷に入ったってことになるんだけれど、でも蛇の模様の広がりは明らかにさとりが一番早いわ。どうしてなのかはよく解らない。単純に個人差なのか、妖怪であることが関係しているのか」
「後者かもね。夢は精神体の世界だ。精神への依存が高い妖怪は影響を受けやすいんだろう。まして彼女は覚妖怪だ。心を読む者の宿命として、霊的なものへの感度がそもそも高い」
「やっぱりそういうことかしら」
 霊夢は首を傾げる。霖之助も一緒になって首を傾げ、自分とさとりと雨音との差異を思い付くだけ浮かび上げた。ありすぎる。年齢性別どころか種族が違う。
「ねえ、ちょっと訊いてもいい?」
 顔色の悪いお燐が霖之助の袖を引っ張った。
「お兄さんは、さとり様と、雨音ちゃんと、同じ夢を見ているんだよね? じゃあさ、もしかして夢の中でさとり様に会ったりとか……」
「ああ。会ったよ」
「本当!」
 お燐は僅かな希望を繋いだように目を輝かした。一方で霊夢は「やっぱり」と息をつく。
「さとり様、どうしてるの?」
「さあ。一緒に行動しているわけじゃなからなあ。前に会った時は元気だったよ。しっかりした子だよね。館が幽霊屋敷になっていることを忠告してくれたんだ。全く気が付かなかったと言ったら随分驚かれたな。いや、あれは呆れられたのかな」
 お燐は嬉しそうに頷きながら聴いていた。口伝えでしかも夢の中とはいえ、主の活動する姿を確かめられたことが嬉しいのだ。
「それから、この子にも会った」
 と霖之助は雨音を見やる。
「どんな感じだった?」
 霊夢が訊ねる。
「そうだな、混乱半分、納得半分って所だった。あまり多くは聞き取れなかったけれど、自分が現実では眠り続けているというのも気が付いていたみたいだし、あの夢がただの夢じゃないことも解っていた。だからこそ怯えていたけれどね。霊夢の名前を出したら凄く安心してくれたよ」
「そう」
 霊夢はふっと表情を緩め、再び引き締めた。
「解っていたってことは、夢の中の屋敷はやっぱり雨音の仕えていた久世の御宮なのね」
「彼女の知る久世ノ宮とは大分様変わりしていたようだけれどね」
「百年も経てばね」
「いや、そこから更に迷宮化しているんだ」
「百年? 迷宮?」
 話の解らないお燐が一人で首を傾げている。霊夢はその様子を少しの間無言で眺めると、おもむろに立ち上がった。
「お茶にしましょう。長くなりそうだから」
 皆霊夢に同意した。




続く
くおんにねむる | 【2013-02-10(Sun) 00:00:00】 | Trackback:(0) | Comments:(5)
コメント

霊夢がいると安心感が出ますね
刺青木の用途が心配だから霖之助は霊夢に知らせなかったんだろうなぁ。あめふらしさんの書く二人のやり取りが好きです。
零(?)の原作知らなくてもここまで楽しめるのがすごい
2013-02-11 月 19:21:35 | URL | #- [ 編集]

よーやく協力関係になったようで。大きな前進ですね。正直ホッとしましたw
そういや原作との繋がりと霖之助はの論理的思考ばかり気にしてましたが、雨音(?)ちゃんが幻想郷にいった経由は謎ですね。物語の結末へ向けて、どうなるか、原作とどう変わるか期待です。
2013-02-11 月 22:33:18 | URL | #kk4AaY6U [ 編集]

うわ、更に感染者が拡大している(汗
そう言えば妖怪は精神に依る存在なので、あの屋敷との相性は最悪かもしれませんね。
それこそもう死んでいて死にようのないゆゆ様にお出で願うとか。
もしくは同じ蛇神である神奈子様にヒントは貰えないかなぁと。彼女の象徴も蛇ですしね。

現在、刺青が発症しているのは三人であり、夢の家に出入りもしくは閉じ込められているのも同じ。
時雨は罪悪感(親友を殺害)と自分が生き延びてしまった事で呑まれかけ。
さとりは感応力が強すぎる事と巫女に直接接触された事。
霖之助は単に滞在期間の蓄積と氷雨の攻撃によるものかと。
霖之助はまだ初期症状ですが、ドンドン浸蝕されているさとりは危険ですね。早くどうにかしないと手遅れになりそう……。
2013-02-19 火 10:45:45 | URL | taka #8iCOsRG2 [ 編集]

霖之助はどうやって零華の攻撃を凌いだのやら
2013-02-20 水 05:29:29 | URL | #sT8715bo [ 編集]

続きが気になります!
すごく面白いです!
2016-04-14 木 21:59:04 | URL | しろ #- [ 編集]
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