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あめふら

Author:あめふら
二次創作のお話を書いたり、書かなかったり。
リンクはご自由にどうぞ。していただけるのなら喜んで。

何かありましたらこちらまでお寄せ下さい。
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目次
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刊行
pixivで描いた漫画をまとめました。


『OVERCOLL2』 とらのあな
booth
制作
作ったものを売っています。


『レジンフィギュア・物部ハト』 とらのあな

リンク
くおんにねむる 十六、十七
前回からの続きです。未読の方は先に前話をお読み下さい。


  十六


 薄く目を開けると部屋はいやに薄暗く、肌に感じるのはベッドではない硬い床の感触で、朽ちた空気の匂いが覚醒と共に鼻をくすぐった。そこが見覚えのある仕切られた部屋の一画であると解った瞬間、さとりは弾かれたように飛び起きた。急に起き上がったために軽い立ち眩みを起こして、よろめいた先の箪笥に背中をぶつけ、衝撃で箪笥の上に乗せられていた和人形が落ち、さとりは小さく呻きながら背中を押さえて屈みこんだ。
 結構痛かった。おかげで完全に眼が冴えた。涙目のままきょろきょろと辺りを窺う。寸分違わず、博麗神社で見た悪夢と同じだ。
 青い人は?
 思わず息を呑む。恐る恐る気配を探ってみるが、どうやら近くには居ないらしいことが解ってほっとした。ほっとしている場合ではないのだが、あんな生涯忘れられそうに無い痛みを立て続けに味わわなくてもいいという事実は、いくらかさとりの気持ちを楽にしてくれた。
「……なんでよ」
 膝を抱えながらさとりが呟く。
「私、何もしてないじゃない」
 薄々こうなる予感はあったけれど、でもこんなのって無い。私が何をしたっていうんだ。しかも、あの子の心を経由したわけじゃないのにいきなり屋敷の中? ひょっとすると一度関わったが最後、永久にマークされるのだろうか。これから眠りにつく度に自動的にこの屋敷へ送り込まれるのだろうか。冗談じゃない。悪い予感は当たるものというけれど、何もこれ程悪くなくたっていいじゃないか。私はただ頼まれたから調べただけなのに。何でこんな目にあうんだろう。何でこんな呪いを受けなければならないんだろう。
 だからといって、もちろん霊夢が悪いのでないことは理解している。泣き言を言っても仕方が無いのも解っている。何とかしなければ。自分の力で切り抜けなくては。動かずじっとしていれば、自然と目が覚めてくれるのであればそうしたいけれど、どうだろう。怪しいものだ。
 とにかくここを離れよう。落としてしまった人形を箪笥の上に戻すと、さとりは奥の扉から仕切られた部屋を出て、階段のある短い廊下へと進んだ。

 階段を上ると、正面の突き当たりに大きな丸窓がある。そこを左に折れると、霖之助が強引に破った、御簾のある座敷へと通ずるあの封印されていた扉がある。
 さとりも一先ずそこへ向かおうとしたが、丸窓の前をなにやら黒い影が三列くらい座敷の方へ通り過ぎていくのを見て即座に体の向きを反転した。
 振り返った廊下を見通す。以前も説明したが、この階段廊下には先程さとりが上ってきたものを含め三つの階段がある。廊下の奥からそれぞれ、下り、上り、下りの階段で、さとりが今上ってきたのは一番手前の階段となる。とりあえず奥を目指して歩いていくと、真ん中の階段に差し掛かった瞬間、上から鞠が転がってきた。
 足が止まる。
 ……階段の上に何かいるのだろうか? だとしても私は見ない。絶対に見ない。見ないからね。絶対見ないからね!
 口を真一文字に結び真下を向きながら階段の横を通り過ぎる。その姿勢を崩さぬまま、奥の階段を一段一段慎重に下りていく。
 半分ほど下りたところで肌を刺すような怨霊の気配を感じたので立ち止まる。そっと手摺から顔を突き出し、階下を伺い見た。壁の半分が血に染まって、血溜まりの上に白装束の男が立っていた。
「何故我等が死なねばならぬ」
 男の声が響く。慌てて顔を引っ込め、階段に座り込み思い切り耳を塞いだ。死霊の言葉には耳を貸さないのが鉄則だ。実際には、さとりに流れ込んでくるのは音ではなくて思考なのだから、耳を塞いでもあまり意味は無いのだが、まあ気分の問題だ。
 しばらくそうしていると声が聞こえなくなったので、恐る恐る覗いてみる。白装束の男はおらず、血の跡もすっかり消えていた。
 ほっと胸を撫で下ろす。と、声以外の音が聞こえてきて、びくりと体が固まった。
 コツン、コツン、コツンと規則正しい音が何処からか響いてくる。止まるまで待とうと思ったのだが一向に止んでくれない。
 仕方なく階段を下りきって、回り込むような形の廊下を進むと、ちょうど階段の裏辺りに躙口のような背の低い扉が一つ付いていた。音はこの先から聞こえる。
 ……どうする? 本音を言うと行きたくない。でも、ここで振り返ったら、さっきの白装束の男とばっちり対面しそうで嫌だ。どっちも怖い。ああもう。
 意を決して、気配を殺し、そっと、なるべく音を立てないように扉を開けた。

 一歩踏み出して早速後悔した。
 ああ、ここは駄目だ。空気が悪すぎる。
 さとりが出たのは何やら注連縄を巻きつけてある壁を囲んだ回廊で、その壁に、等間隔に、どう考えても人間としか思えない形の黒い染みが浮かび上がっている。そして一つ一つの染みの向こうからぶつぶつぶつぶつ何か呟き声が聞こえるのだから、間違いない。染みの数だけ壁の中に人が埋まっている。
 もうやだ。帰りたい。
 なるべく壁に近寄らないよう、まるで細い一本橋を渡るように廊下の真中を歩く。音は依然響いている。と、さとりは足を止めた。
 回廊を折れ曲がった先に誰かがいる。
 本当にもういやだ。どうしよう泣きそうだ。
 耳を塞いで何とか心を落ち着けようとする。心臓が爆発しては収縮している。ぎゅっと目を瞑り、無理やり深呼吸をして、思い切って廊下の端から飛び出した。
 銀色の髪の男が鑿と木槌で壁を崩し、中からミイラ化した死体を引っ張り出しているところだった。

「きゃああああああああああああああ!!!!」
「うわああああっ!! びっくりした!!」
 押し殺していた悲鳴が爆発した。腰が抜けた。びっくりだ。話には聞いていたが腰って抜けるのか。
 銀髪の男も相当驚いたらしい。持っていた鑿も木槌もミイラも全部落とした。
「え? 誰?」
 男が問いかける。その声にさとりは驚愕する。
「……人間?」
「え? ……ああ、まあ、とりあえず人間だけれど。……えっと、君は誰だい? 地元の子?」
「……な……」
「な?」
「なにをしているんですかあっ!!」
 さとりはぼろぼろ泣きながら、しかしそれは悲鳴と言うよりか怒号に近かった。何でこんな怨霊だらけの場所で人間に逢って、その人間に怨霊以上に驚かされないといけないんだ。ある意味物凄く安心したのだけれど、同時に物凄く悔しい。そして涙が止まらない。
「あーっと……驚かせたみたいですまない。僕は決して怪しい者では無くて……」
 これ程説得力の無い男も珍しい。せめて足元のミイラを隠してから言って欲しい。思いを察したのか、男は少し申し訳無さそうに頭を掻いた。
「……ええと、とりあえず自己紹介から。僕は森近霖之助。幻想郷という土地でしがない古道具屋を営んでおります。香霖堂という名の看板をお見かけの際は是非お立ち寄り下さいませ。それで君は?」
「幻想郷の人なんですか!」
「まさか君もか! いやあ、こんなところで同郷の人に逢うなんて奇遇だね。何かの縁だ。向こうに戻ったら是非香霖堂に顔を出してくれ。初回限定で割引してあげよう。場所は知ってるよね? 里から魔法の森に向かって真っ直ぐ歩いていけば森の手前にあるから。それで君は?」
「……さとりです。古明地さとり。……妖怪です」
「ほう。『さとり』……ひょっとして君は覚妖怪かな?」
「はい、そうです……ならば今から考える事も解る筈だ……かっぱっぱー、かっぱっぱー、胡瓜のキュウちゃん丸齧り……」
「おお! 凄いな、本当か!」
「……私、全く同じようなやり取りを過去にしたことがあるんですが……」
 なんだか物凄くやるせなくなって、床にばったりと倒れこんだ。この人はあれじゃないか? あの時の魔法使いと兄妹か何かじゃないのか?
「君、大丈夫かい?」
 霖之助がさとりに手を貸して壁に寄りかからせた。
「大丈夫です……いえ、そうではなくて……それよりも、一体何をしていたんですか」
「ああ、これかい」
 そう言ってミイラを引き寄せた。さとりが小さく悲鳴をあげる。ミイラにというよりか、その扱い方に驚いている。死んだ当人が直ぐ近くにいるのに、どうしてそうぞんざいに扱えるのか。しかし霖之助はそんなことを全く気にしていない。何と神経の太い人だ。
「僕はある目的でこの屋敷を調査しているのだけれど」
「……久世? この屋敷は久世のお屋敷なんですか?」
「ん? ああ、そうだね。それで、調査に行き詰ってしまってね。というのも、この先の中庭にある扉がどうしても開かないんだ」
「……霊夢の? あ! そうだ香霖堂って」
「ああ、霊夢と知り合いか。それで、この屋敷は日によって開く扉が違うのだけれど、あの扉はどうやら特別らしい」
「……打ち付ける少女?」
「すまない、話をさせてくれないか」
「はい」
「それで、中庭から先に進むためには、多分だけれど錠前と揃いの向かい橘の模様が入った鍵が必要らしい。それがどうしても見つからない。ひょっとすると屋敷が捨てられた際に鍵も処分されてしまったのかもしれない。そうなったら最悪錠前を壊すけれど、それは最後の手段として、とりあえずこうして気になった箇所を徹底的に洗っているんだ。この壁は初めは本当に小さな穴が開いていて、そこから木の根のようなものが見えていたんだけれど、試しに玄関から大工道具を持ってきてさ、穴を広げてみたらなんと! 人が出てきた!」
 まるで歴史的な大偉業を成し遂げた子供のような誇らしげな語り口で霖之助が語ったところによると、
「……つまり、壁の中に埋め込まれたこの人物は人為的な屋敷神、即ち人柱であって、その服装からおおよその身分、或いは当時の風習を偲ぶ何かを発見出来ないか……あの、ですが森近さん、そんなのわざわざ掘らなくたって中に人がいることくらい解るじゃないですか」
「そうなのか?」
 随分と意外そうな顔をした。
「そうなのかって……いいえ、考古学の知識なんてありませんけれど、でも、ほら、この染みはどう見ても人ですよ」
「どの染み?」
「全部です」
「どこのことを言っているんだ?」
「ここですよ。あまりふざけないで……え? ……本当に? 嘘……」
 さとりは霖之助の顔を見つめて唖然とした。
「あなた、何も見えていないんですか!」
「すまないが、一体何の話をしているんだ?」
 霖之助が首をかしげる。さとりはふと、自分が壁に背を預けていることを思い出して、ぞっと鳥肌が立った。
「……場所を移してもいいですか?」
「どうして?」
「とにかくここは嫌なんです……ああもう、この部屋は壁中に人が埋まっているんです。……掘ろうとしないで下さい! 何考えてるんですか! あの、ですから……駄目です! 置いていって下さい! せっかく掘ったのに、じゃなくて! お願いします! お願いだからあ……。
 ……はい、すみません。ありがとうございます。……あ、あの、すみません、手を貸して下さい……」
 霖之助に引っ張り上げられてそのまま彼に寄り添うように、二人は染みのある回廊から墓のある中庭へと移動した。

 四方を壁に囲まれた屋敷の中とはいえ、雪が見えると久し振りに外に出たような気がして少しだけ心が晴れる。中央にどっかりと墓石の山が築かれたなんとも不吉な中庭だが、さっきの回廊よりはずっとましだ。空気が軽い。何故だろう? 正しく埋葬された者と、そうでない者との違いだろうか。
 さとりと霖之助は戸の前の石段に並んで腰掛けた。
「それで、この屋敷には何があるっていうんだ?」
「怨霊がいるんです」
「怨霊?」
 怨霊と聞いて霖之助は眼を丸くする。
「……そうです。大体あなたが考えている通りの怨霊で合っています」
 さとりが言った。
「この屋敷には浮かばれない霊たちが山程彷徨っているんです」
「具体的にはどの辺に?」
「全体です。いない場所を探すほうが大変なくらい」
「でも、僕は一度もそれらしいものを見ていない」
「だから驚いたんですよ」
「……なるほど。それは知らなかった。とするとさっきの部屋にも?」
「ええ。ずっと壁の中からぶつぶつぶつぶつ。そこであなたが実際に死体を掘り起こしているんですもの」
「そうか、それは悪いことをしたね。……怨まれたかな?」
「怨みを持たない霊は怨霊とは呼びません。……埋め戻してどうにかなるような問題でもないと思いますけれど」
「まいったなあ」
 霖之助は溜息をついてみせるも、内心彼はそれはそれで一つの情報源にならないかと考えている。転んでもただでは起きない人だ。怨霊と会話が出来るとでも思っているのだろうか?
「……前向きですね。あまり自覚が無い様だから言っておきますけれど、この屋敷は危険です。……いや、あちこちぼろぼろとかそういう事じゃなくて……え? 屋根から落ちたんですか!」
「ああ、あれは危なかったね。幸い丁度よく目覚めてくれたけれど。それに解ったこともある。こちらで怪我をしても、現実には影響しないということがね。一度目覚めればリセットされるんだ。これは便利だよ。ああそうだ。君は一体どうやってこの世界に来たんだい? 一応、ここは僕の夢の中ってことになっているんだけれど」
「あなたの夢? それって一体……刺青木? ……え? そういう入り方? ……どういうことかしら? ああ、すみません。お話します。どこから話せばいいのか……最初から? はい、解りました。
 博麗神社に外の世界から来た小さな女の子がいるのはご存知でしょうか? ……ご存知ですね。ああ、面識は無いのですか。とにかく、その子が意識不明になってしまって……今朝のことです……ええ、医家は呼んだようですが、でも身体的な異常は何も無かったらしくて、ならばと心の問題を疑われて、私に話が回って来たんです。それで、まあ私も軽い気持ちで読んでみたのですが、心の中にこのお屋敷があって、入ったら出られなくなってしまって……」
「ん? それじゃあ、ここは僕の夢じゃなくて、その子の心の中ってことか?」
「心の中っていうか、それがよく解らないんですけれど……そうですよね。でも、現実のあなたは眠りに就いているのでしょう? だったら、一応あなたの夢でも間違いじゃないと思います」
「君は?」
「私も今は眠っている筈なので、そういう意味では私の夢でもあります」
「なら、異なる二人が同じ夢を共有している訳か」
「んー……でも、そうなりますよね。これが夢として、ですけれど」
「違うのかい」
「だって、夢にしては生々しすぎる気がして。夢見ているというよりも、どこか遠い世界に跳ね飛ばされたみたいな感じで」
「夢もまた一つの世界だ。別に不思議じゃないさ」
「……そういう考え方もあるんですね」
 夢という現象を、睡眠時の無意識の暴走と捉えるのではなくて、眠る間に意識が体から抜け出して何処かへ遊ぶ行為と考えれば、二人が同じ夢を見ている不思議は、たまたま同じ島に漂着しただけ、という簡単な理由で説明出来てしまう。それが果たして漂着なのか誘導だったのか、それはまだ判別出来ないが、なるほど確かに筋は通る。しかしまあ強引な理屈だ。彼は普段からこのような思考回路なのだろうか? これは商売人というよりは魔術師の論理だ。ああ、だからこの状況下でも余裕を保っているのかもしれない。
「現象自体はありうることだ。解らないのは、それが今ここで起こる意味だね。まあ無ければ無いでもいいんだ。それよりも、こんな辺鄙な世界で自分以外の誰かに出会えたことが幸運だ」
「……しかもその人が自分とは違った視点をもっているのは尚良し」
「君と話しているとたまにドキッとするな」
「そういうものですから」
「でも、実際自分とは別の目線があるのは有難いんだ。行き詰っていたところだったしさ。どうだろう、君がよければ情報交換と行こうじゃないか。例えば、屋敷の中で特別目に付いたものとか、気になったこととかあるかい?」
「ええと、あまり周囲を見るだけの余裕が無かったので」
「じゃあ君が言っていた怨霊だけれど、具体的にどういう人達がいたんだ?」
「これもはっきりとは……当たり前ですよ。誰が直視なんてしますか。ああ、でも、これだけは伝えておかないと。怨霊はどれも危険なものですが、その中に飛び抜けて危ない人がいます。全身青い……あれ?」

 いつのまにか、さとりは一人で喋っていた。
 数瞬前まで隣に座っていた霖之助が、蝋燭の火を消すように音も無く消えていたのだ。

「……森近さん?」
 立ち上がって周囲を見回してみるも、彼の姿はどこにも無い。
「森近さん? ちょっと、勝手にいなくならないで下さいよ! ねえ……」
 声は返ってこない。谺ですら雪に食われて消えてしまう。のしかかるように沈黙が降りて、さとりはその重みに耐えかねて力なく座り込んだ。

 しばらく呆然としてしまった。まるで自分の一部をごっそり持って行かれたみたいだ。
 先程までは自然、霖之助の心を優先的に読んでいたため怨霊の気配もあまり気にならなかったのだが、それが失われた今、心に風通しのいい穴が開いてしまった。その穴を埋めるように、不愉快なノイズが戻ってきた。
「なんで?」
 移動したような気配は無かった。それなのに消えてしまった。どうして? 妖怪ならともかく人間がそう簡単に消滅するものか。少し考えて思いついたのは、現実の世界で彼が目覚めたのではないかということだ。この屋敷は夢の中でもあるから、眠りから覚めると同時に意識は肉体へと戻って、それをこちら側から見ればさも消えたかのように見える。多分そういうことだ。
 ということは、ひょっとしてこの屋敷には居られる時間に制限があるのだろうか。自分もこのまま待っていれば、自然に目が覚めて現実に帰れるのかもしれない。そう考え、さとりは待った。ひたすら待った。時間の感覚が奪われるこの屋敷で、随分長いこと目覚めるのを待った。
 目は覚めなかった。

「なんでよお……」
 弱音の一つも吐きたくなる。こんなの酷いじゃないか。なんで私がこんな目にあっているんだろう? 何故こんな所で、一人ぼっちで墓石なんか見ているんだろう。どうして彼が目覚めて私は目覚めないのだろう? 私、何か悪いことをしたかな? 何でこんなことになったのだろう。誰を恨めばいいのかも解らない。こんな所に私を閉じ込めて、一体何が楽しいんだ。

 どうする?
 さとりは自分に問いかける。ここでこうして止まっていても、どうやら事態は好転しない。
 では動くか?
 しかし先の扉には鍵がかかっているのだから、動くとなると染みのある回廊に戻るしかない。
 嫌だなあ。戻りたくない。
 いつ壁の中から腕が伸びてくるか解らないような場所だ。せめて弾幕が使えれば、ここまで怨霊を忌避する必要は無いのに。
 あの青い女もいる。思い出したくも無い。身震いする。あんな訳の解らないものにはもう二度と会いたくない。彼女と遭遇した経験が怨霊に対する反応を過敏にしているのも事実だ。かといって気にしすぎていれば何も出来ない。

 諦めたように立ち上がって、染みのある回廊へ通じる扉を仇のような目で眺める。
 どうする? 戻るか?
「人柱か……」
 何気なく呟いた一言がどういう訳か頭に引っかかった。
 柱?
 そうだ。最近、どこかでこの言葉を聞いたような気がする。なんだったろう?
 中庭を行ったり来たりしながら考えているうちに、はっと思い出した。玄関で一番最初に遭遇した怨霊が、確かそんなことを呟いていなかったか。「柱となれ」とか何とか……。
 あれはやっぱり私に向けて発した言葉なのだろうか。仮に、怨霊達の目的が(そんなものあるとは思えないけれど)人柱を作ることだとして、私がこの屋敷に閉じ込められる形になったのはつまり、柱となるべき文字通りの人材を逃さぬためで、とすると、私はそのうち殺されて壁に埋められる?

 急に寒くなったような気がした。
 冗談じゃない。妙に気分が荒れて、思わず墓石を殴った。物凄く痛かった。手の甲が真っ赤になった。涙が出てきた。もういやだ。なんでこんなことしたんだろう?
 手を擦り涙目で墓石を睨みながら、努めて冷静になろうと霖之助の心から引き出したいくつかの情報を思い返す。
 考えてみれば確かにおかしな中庭である。初めからここに中庭を作るつもりで設計したというよりは、墓をここから動かせないので仕方なく中庭にしたという感じだ。もっと他に方法は無かったのだろうか。或いは霖之助の考えた通りに、本当にここが屋敷の「端」なのだろうか。墓場は空間の端に、即ち境界に近い場所へ作られるという彼なりのルールに則れば、あえてここに墓を配置することで、ある種の境界的な役割を果たしているのかもしれない。つまり屋敷はここで一段落して、この中庭の先と手前とでは、また別の空間が広がっている。同じ敷地の中でそんな面倒なことをするだろうか? だが事実、先へ進む扉は固く開かない。ここからはちょっと簡単に通すことは出来ないなあ、という風に。
(……向かい橘の鍵だっけ?)
 屋敷のどこかにあるだろうか? この錠が開かなければ奥へは進めない。扉の前で錠に触れながら、確認するように戸を引いたら開いた。

 開いた?

 大きく音を立てて動き出した扉は、まるでさとりを迎え入れるかのように、勝手に最後まで開ききって動きを止めた。
 唖然とした。
 ……罠だ。間違いなく罠だ。どう考えても罠だ。ああもう。こんなのどうしろっていうんだ。戻れないし進めない。もう。もう!
「森近さん! 早く戻って来てよ! 森近さん!!」
 届かないと解っているのに、どうしようもなく空に向かって叫んだ。叫んだ後は残響すら残らない。この世界の空は綿で出来ているのかもしれない。まるで自分がこの世に唯一人残されたような気がした。地底にいた時でさえ、ここまで空を遠く感じはしなかったのに。



  十七


 昼下がり、霊夢が香霖堂へとやってきた。
 霊夢は扉を開けるなりつかつかと事務的な足音を鳴らしながら霖之助の前に歩み出て、特に前置きも無く彼に託した杭のことを持ち出した。
「何か解った?」
「それが全然。悲しいくらいにね」
 霖之助は受け流すように答えた。咥えた煙管から煙が昇った。
「誰がどのようにして使っていた物なのか、色々考えてはみたんだけれど、やっぱりこの杭一本だけでは限界があるよ。出来ることならこれを持ってきたっていう子に直接話を訊いてみるのが一番早いし確実なんだろうけれど、でも出来ないんだろう?」
「ええ。口も利けない状態よ」
「ん? 病気か何か?」
「そういうわけじゃないんだけれど。ちょっと面倒なことになっていてね。植物状態とか呼ぶらしいんだけれど、眠ったまま眼を覚まさないのよ」
「それって大事じゃないか。いいのかい、こんな所に来ていて」
「すぐ戻るわよ。……そう、こっちでも何も解らないのね」
 霊夢は溜息と共に小さく肩を落とした。

「ねえ、霖之助さん」
「なんだい?」
「例えば人の魂を改造して、誰かが心に近づいたら、その近づいた人の心をどこか別の世界に吹き飛ばす人間爆弾みたいな罠って作れる?」
「はい?」
「一応言っておくけれど新しい武器の開発依頼とかじゃないからね」
「ああ、そうか。驚いた」
 霖之助は大袈裟に安堵してみせた。
「それでなんだって? 心を吹き飛ばす爆弾?」
「いやね、そう言った奴がいるのよ。話すと面倒なんだけれど、雨音が眠り続ける原因が解らなくて、ひょっとしたら心の問題かもって」
「ちょっと待った。『あまね』?」
 霖之助が僅かに身を乗り出した。
「ああ名前よ。久世雨音。雨の音って書いて、あまね。気になるの?」
「杭を持ってきた子の名前だろう。一応記憶しておく」
「そう。それで、怪我でも病気でもなく、心の異常かもって永琳に言われてね。だから、ちょっと前にあった間欠泉の事件知っているでしょう? あの時に知り合いになった覚妖怪の子に頼んで、雨音の心を覗いてもらったのよ。そしたら『心の中に別の世界がある』って。で、『多分、この子を餌にした罠なんじゃないか』って言うんだけれど、どう思う?」
「どうって言われても」
「まあ、そういう反応になるわよね」
 霊夢が続ける。
「でも事実らしいのよ。私は心の中なんて覗いたこと無いけれど、さとりが言うには、雨音の心を覗いたはずなのに、どう考えても人の心の中じゃない別の世界に飛ばされたんですって。まあ、私もさとりが心を読み始めて急に意識を失った瞬間を見ているし、雨音が普通じゃない状態に陥っているのも事実だし、別に疑っているわけじゃないんだけれど、罠っていうのはどうもしっくりこなくて」
「はあ」
「で、どう思う? そもそも作れるの?」
 霖之助は顎に手を添えた。
「僕個人の意見を言わせてもらえるのであれば、そんな罠を作る意味が無い。無駄すぎる。作る作らない以前の問題だ。誰が誰を狙ってそんな七面倒臭い罠を作る? ターゲットの命を直接狙った方が遙かに楽だろう。仮に罠だとして、何処の誰が考え付いたのかは知らないけれど、心に触れたら作動するなんて複雑な条件を必要とする状況が想像出来ない。それこそ相手が覚妖怪でも無い限り無意味だ。まさかその子は対覚妖怪専用人間兵器として育てられた何て話は?」
「無いわね」
「だよね。それに第一、もしそういう罠があるのだとしたら、真先に霊夢が引っ掛かっていないと駄目じゃないか」
「なんでよ」
「だって一番近くにいたんだろう」
 霊夢は少し不思議そうな顔をした。
「ああ、そうか。そうよね」
「というか、まず作れないと思うんだ。魂の加工技術なんて並の人間が持っているはず無いからね。でも今聞いたような事態が現実に起こっているのだとすれば、それは結果なんだと思う。何かは解らないけれど、その子の身に異常な出来事が起こって、結果的に罠みたいな形になってしまっている。事故の後遺症ようなものさ」
「事故ねえ」
「例えば、そうだな、その子にとって一番近くに起こった大事故といえば、結界を越えて幻想郷に入ってきたことだ」
「いや、何かあったのはそれ以前だと思うのよ」
「どうして?」
「だってあの子、最初見たとき血まみれだったんだもの」
 霖之助の顔色が変わった。
「……なんだって?」
「しかも、血が付いていたのは着ていた巫女服だけで、雨音自身に怪我は無いの。不思議でしょう?」
「巫女服?」
「ええ。昔私が着ていたみたいな普通の巫女服。袴の色は緋じゃなくて青だったけど。なんでも、こっちに来る前は久世ノ宮っていう大きな御宮に勤めていて、そこで着ていたものなんですって」
「その服、後で見せてもらえるかな?」
「捨てちゃったわよ。とっくに」
「ああ、それは残念だ。しかし……そうか、久世ノ宮か」
 霖之助は口の中で呟くように言うと、椅子に深くもたれて、何やら考え込んだ。
「知ってるの?」
「いや、知らないけれど」
「なんだ」
「でも社の名前を知れたのは大きいよ。それに俄然怪しくなってきた」
「何が?」
「つまり、その子は巫覡だったんだろう? 普通の子供じゃない。だったら、ひょっとすると罠って可能性もゼロじゃ無いかもしれない」
「でもそんな罠作る意味が無いんでしょう?」
「人間を相手に想定した罠じゃないかもしれない。或いは人間にとっては罠に思えるけれど、本当は全然違うものなのかもしれない。罠っていう言い方がちょっと悪いな。人為的に作られた可能性も無きにしも非ずってことさ。巫女っていうのは神なるものに仕える人種だ。久世ノ宮がどういうものを祀っていたのかは知らないから、まあ僕の勝手な想像なんだけれど、例えば、文字通り神に身も心も捧げたとしたらどうだ? それか、神と人との橋渡しをするために、半分だけ向こう側に置いてきたとか。現世に残った体はまるで空っぽみたいにならないか?」
「置いてきたってどうやってよ?」
「そこで何かの儀式だ」
「ああなるほど。で、そんなことしてどうするのよ」
「だから橋渡しだよ」
 霖之助は言った。
「巫女というのは元々ただのメッセンジャーだ。いや、メッセンジャーですらない。意思の無い装置に近い。というのも、普通の人と神とは直に顔を合わせて対話することが出来無かったんだ。だから間に双方の橋渡しとなる巫女を立てる必要がある。巫女は人々の願いを神に伝える、神の願いを人々に伝える、たったそれだけの傀儡だ。もちろん双方の言葉を理解する為の努力や才能は必要だけれど、基本は伺いを立てるだけの常に受け身の存在だ。君みたいに活動的な巫女はどちらかといえば異端なんだ」
「ふうん」
「しかしどちらにしろ一般人から見れば巫女はやはり特別な存在だ。片足を日常に、もう片方を神の世界に置いているわけだからね。同じであってはいけないんだ。だからこそそこに信仰は宿るのだし、神もまた存在出来る。儀式はその為にあるのさ」
「普通の人を普通でなくするためにということ?」
「或いは普通でない人を普通にしてしまわないために。ともかくだ」
 と霖之助は両手を組んで、
「巫女は作ることが出来る」
「知ってるわ」
 霊夢が言った。
「とすると、その過程で雨音の何かががおかしくなっちゃったのかしらね」
「そう言い切ることは出来無いけれどね。ただ、単純に罠と考えるより、巫女として育てられた弊害と考えた方がずっと可能性はあると思うんだ」
 互いに沈黙を挟んだ。霖之助は思い出したように煙管の雁首に残っていた灰を灰皿に捨てた。新しい葉を詰めようとして、霊夢の顔を見てから止めた。かつて「煙草を吸っている姿は好きだけれど、煙とか臭いは嫌い」と言われたことを思い出したのだ。一方の霊夢は霖之助の顔を少しも見ていなかった。何かを見ているわけでも無い。
「しかし、心を激変させるほどの儀式か」
「その杭なんだけれどね」
 霊夢が遮るようにして言った。
「最初にここに持ってきた時、詳しい話を訊ける感じじゃないって言ったでしょう。あれは、雨音がこの杭を見て物凄く怯えたからなの」
「え?」
「なんか余計に怪しくなってきたわね。引き続き調べてもらえるかしら? どんな些細なことでもいいから解ったら教えて頂戴。それで、私こういう状況だから、あまり頻繁に神社を離れられないと思うの。悪いけれど何かあったら神社に直接来てもらえる?」
「ああ。仕方が無いか」
「ねえ霖之助さん」
「ん?」
 霊夢はカウンターに身を乗り出し、霖之助に顔を近づけた。
「嬉しそうね?」
「新しい情報が入ったからね」
「ふうん。まあいいわ。それじゃ、よろしくね」

 霊夢が帰った後、というか帰る前から、霖之助の頭の中ではある言葉が楽しそうに踊っている。
 「雨音」を見つけた!
 しかも「久世ノ宮」に仕えていて、「久世」という苗字で、その上「巫女服」? ならば、狭間に跳ね飛ばされた久世の巫女というのは即ち雨音のことで間違いない。
 久世ノ宮で行われていた儀式は、神なるものに捧げるべく巫女の魂を加工することで、刺青木はその過程で欠かせないアイテムだ。つまり、刺青木が本来その用途に従って穿つべき相手は雨音なのだ。だからこそ彼女は刺青木を恐怖した。
 そして何らかの事件か事故が起こり、跳ね飛ばされた狭間、つまりスキマの先に幻想郷があった。しかし半端に加工された魂が向こう側に残っている。だから雨音を介して二つの世界が繋がってしまう。接続は、現実には肉体が魂の制御を最も弱める「眠り」という形で現れる。自分とさとりはそれに引き寄せられた訳だ。
 ということは、あの屋敷のどこかに雨音もいるのではないか? 現実の彼女は口も利けない状態だというが、しかし夢の中ならばどうだ?
 ニヤリとした。よし、目標追加。僕の仮説を証明するために夢の屋敷で雨音を探す。いや、ひょっとするともう既に逢っているのかもしれない。あの髪の長い少女巫女、彼女が雨音なのではないか。しまった。雨音の容姿を詳しく聞いておくべきだった。

 神社への帰路に霊夢は考える。
 仮に、久世ノ宮では巫女を作るために、魂すら改造する儀式が行われていたのだとしよう。そのためにあの杭が使われていたのだとしよう。それがかなりの苦痛を伴うものだったとしよう。だから雨音はあの杭を怖がる。
 違う。
 雨音は巫女じゃなくて雑役婦だ。実際に儀式を経験した巫女ならともかく、小間使いの雨音が怖がる必要が何処にある? 仮に雨音にも累が及んだとして、雑役でこれなら、本物の巫女は一体どれ程の苦痛を味わうっていうんだ? 或いは雨音が最初から嘘をついていることも考えられる。けれど自分の感じた限りでは、彼女は嘘はついているというか隠し事をしているだけだ。ともかく儀式と雨音と直接の関係は無いんじゃないだろうか。
 ただ間接の関係はあるのかもしれない。でなければ雨音があの杭を持って現れる筈も無い。とすると、久世ノ宮がそもそもどのような性格の社だったのかが重要な意味を持ってくる。聖域を守るためだと言っていた。聖域とは社のあった山だと言っていた。それはどんな場所だ? そこには一体何があって、何を祀って、そして何から守っていた?
 解らない。
 ふと、先程の会話を回想しながら気が付いた。さとりの名前を出した時、霖之助は「それは誰だ」と訊き返さなかった。まあ名前がそのまま種族を表している奴だから不思議でも無いのだけれど。
 それよりも、彼が何を知って何を隠しているのかの方が気にかかる。そのうち追及しよう。

 神社に到着し、枯葉のちらつく石畳の上に柔らかく着地すると、拝殿の陰から待ち構えていたかのようにお燐が飛び出した。
「あら、来てたの?」
 声をかけるといきなり顔を紅潮させて鋭く霊夢に詰め寄ってきた。
「お姉さん、さとり様に何をしたの? 変なことしてたら、いくらお姉さんでも許さないよ!」
「え、ちょっと、なによ? 何かあったの?」
「昨日神社から帰ってきてから、さとり様がずっと眠ったまま起きなくなっちゃったの!」
 静かな衝撃が霊夢を打ち据えた。
「なんですって?」
 一拍置いて霊夢が叫んだ。




続く
くおんにねむる | 【2012-06-20(Wed) 00:00:00】 | Trackback:(0) | Comments:(2)
コメント

さとりんかわいいよさとりん

続きも楽しみにしてます。
2012-05-21 月 13:21:58 | URL | 名無し #- [ 編集]

霖之助が出るとホラーからダンジョン探索に切り替わりますね
精神耐性強すぎる
2012-05-21 月 20:35:02 | URL | #jQyjjo3g [ 編集]
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