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あめふら

Author:あめふら
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pixivで描いた漫画をまとめました。


『OVERCOLL2』 とらのあな
booth
制作
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『レジンフィギュア・物部ハト』 とらのあな

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くおんにねむる 十、十一、十二
前回からの続きです。未読の方は先に前話をお読み下さい。


  十


 酒が効いたのか、夜雀の子守唄が功を奏したのか、香霖堂に戻ってきた霖之助はそのまま素直に眠りに就くことが出来た。刺青木を握り締め、目を閉じて微睡みの内に入る。そのままぼんやり夢と現の境界を探ろうとしているうちに意識が無意識に飲み込まれ、気が付いた時、自分が見覚えのある廊下に寝転んでいると解った彼の喜びはそれはそれは大きかった。
「よし」
 大声で叫びたい心を抑えて小さく呟く。自然と顔がにやけてしまう。もう嬉しくて仕方が無い。やはり屋敷に入るには眠りが必要不可欠だったのだ。自分の仮説は正しかった。入り方さえ解ればこっちのもの、とまでは言わないが、既に半分勝ったような気分になる。とはいえ実際に行動するのはここからだ。油断は禁物、慢心など以ての外だ。後から後から湧き上がろうとする笑みを噛み殺し、しかし完全には殺せないまま、改めて身の回りを確かめる。
 まずは刺青木。これは昨日に続いて手元から消えている。そして場所。こちらも昨日の続きで、巫女姿の少女がいた囲まれた部屋を覗く回廊だ。一応、隙間から隠し部屋の中を窺ってみたのだが、そこには誰も居らず、また壁に何かが打ち付けられている痕跡もなかった。
 顔を壁から離して、自分の体を見る。服が変化している。布団に入った時のそれではなく、昼間彼が身につけている黒と浅葱の着物だ。日頃携帯している小物入は開いてみたが空であった。懐の中にも煙草の一本も入っていない。
(外から物は持ち込めないのか?)
 となると何か真新しい情報を入手しても、例えばメモに残すなんてことは出来なくなる。まあ覚えればいいだけだ。大した問題ではない。服が変わっていることも特に気にしない。むしろ動きやすくて便利だ。恐らく、自分の魂なり意識なりが肉体の延長として最も身に沁みた衣服を記憶し、共に具現化しているのだろう。道具が持ち込めないのは衣服と比べて肉体との一体感が低いためであろう。
(でも眼鏡はあるんだよな)
 掛けているのを外して裸眼で睨んでみる。
 能力が反応しない?
 もしやこの世界では能力が使えないのか? いや、前回玄関付近で大工道具を見つけた時はちゃんと反応した。とすると、
「……眼鏡は体の一部ってことか」
 妙に納得して再度掛け直した。

 さて、ここからどこへ向かおうか。
 少し考えて、霖之助は廊下と座敷を区切る障子に手を掛けた。障子といっても紙がぼろぼろに剥がれ落ちているので見た目は格子に近い。自然にこうなるにはどれ程の月日が必要なのだろうか。力を込めるが、鴨居が歪んでいるらしく非常に固い。粘っていたらみしりと嫌な音を立てた。これ以上引いたらきっと壊れる。諦めて、普通に廊下を回りこんで座敷に入った。
 座敷は二十畳程の広さで、特に調度品も無いためにひどくがらんとして見える。一画が御簾で区切られているということ以外は、書くべきことの無い普通の座敷だ。霖之助はその御簾へと直行する。最初に見たときから気になっていたのだ。
 御簾の内側は床の間のように一段床が高くなっている。というよりもこれは正しく床の間なのだ。床の間とは元々、高貴なる身分の者の寝所であり生活空間である。それを区切る御簾も同様に位の高さを象徴する。それがここにあるということは、かつて館の主ないしそれに相当する権力者がここで寝起きしていたのだろうか。当事者のいない今となっては遠慮する必要も無いので、霖之助は堂々と御簾をくぐる。
 御簾の内側には布団が一枚敷かれていた。何となく人の形に膨らんでいるように見えるが、押してみたら普通に凹んだ。枕元には近くの箪笥からでも落ちてきたのか薬研が転がっている。直ぐ手の届く距離に薬箱もあった。つまりこの布団に寝ていた人物は薬を常用した人物なのであろう。寝起きしていたというよりか病床に臥していたのか? その人物が最終的にどうなったかは知れないが、当時屋敷は相当慌しかったに違いない。それこそ、出した布団を片付ける暇もないくらいに。

 箪笥や戸棚を空き巣のように探っていると一冊の手記を発見した。損傷がひどく、表紙の更紗模様は殆ど掠れ消えて、紙も一枚残らず古紙になっている。破かぬように慎重に、引き剥がすようにして本の中ほどを開く。白紙だった。他のページも確認するが、どうやらこの手記が使われたのは最初の数ページ分のみらしい。表紙の裏には「久世夜舟」という署名がある。
 霖之助は布団の上に胡坐をかいて、久世氏が最後に書いた思しき部分を読み解く。
 動かぬ指を無理に動かしたような文字で、不自然にぐにゃりと曲がり、震え、おまけに所々潰れていて非常に読みづらい。そもそも紙が湿気を吸って紙魚だらけ穴だらけ、しかしそれを隠すような流麗さが文字の全体から滲み出ているのは、全く見事と言う他無い。察するに久世氏は相当教養の高い人物。老齢で、恐らくは女性だ。
 さて内容はというと、
「……巫女……余程深いもの……広が……眠……かもしれぬ……狭間へと取り込ま……囚はれ……も明瞭とせぬ……残りしは幼……哀れとは思ふが氷雨に最期の……申し付……思へば、あの……に思う……鏡華の……だつたのか……戻つた……ば、雨音の親兄……哀れなことだ……」
 呟きながら何とか読める文字を拾う。
 何を言わんとしているのかさっぱり解らない。とりあえず、氷雨、鏡華、雨音というのは人名だろう。最期の申し付けを何とやらと書いているので、氷雨というのは多分信頼の置ける従者で、鏡華というのは字面的に女性だ。「幼」という文字が見えるから、夜舟刀自の孫か何かだろうか? 雨音の親兄、というのは見当も付かないが、直接名前で呼んでいないところを見ると血縁者では無い気がする。氷雨と雨音と、共に雨の字が使われているのに関連性はあるのだろうか。例えば兄弟であるとか。雨音の兄=氷雨? だとしてもこんな回りくどい書き方はしないだろう。これは別人と見るべきだ。
「久世夜舟、氷雨、鏡華、雨音、その兄……」
 登場人物を何度か呟いて頭に覚えさせる。恐らく彼らは、夜舟刀自が筆を取れなくなる直前まで館にいた者達で、またある程度の信頼を得ていた者であろう。

 手記の後半部は、自分が居なくなった後に残る家人らの身を案ずる呟きであるとして、前半の巫女がどうとかいうのは何だ?
 適当に穴を埋めて読んでみる。
「……巫女の受けた傷は余程深いものであるらしく、傷は広がり、眠ったまま眼を覚まさないかもしれぬ。……ええと、……狭間へと取り込ま……狭間? 狭間って何だ?」
 霖之助は首を傾げる。八雲紫の使うスキマのようなものだろうか?
 「狭間へと取り込まれ」、その後幾文字かを空けて「囚われ」と続いている。巫女の身に何かが起こって、そのままスキマに閉じ込められたとか?
 しかし人が結界を越える時は必ず全身で跳び越える。巫女がスキマ送りになっていたとすると、夜舟刀自は巫女の様子を確認なんて出来無い筈だ。とすると狭間とスキマとはまた違ったものなのだろうか。だが夜舟刀自が境界を容易く超えられるような、かなり能力の高い魔導師だった可能性もある。
 まあいい。とりあえず単語だけ覚えておこう。何にせよ当時屋敷で相当な事件があったのは間違いない。わざわざ当主級の人物が今際の際に書き残すくらいだ。
 「巫女」という言葉から夜舟刀自は世間的には神職者、それも屋敷の規模から考えて高位の神官、或いは祭主そのものであったと想像できる。屋敷の所々に注連縄が張られているのはそのためだろう。また神官という役職は大抵世襲であるから、久世家は神官の一族ということになる。
 そんな一族が事件を起こすとすれば、単純に考えて祭祀に関わること。例えば何か儀式中の失敗だろうか。その失敗によって巫女に大怪我をさせてしまう。或いはスキマの彼方に失うとする。儀式を執り行っていた久世家は責任を問われ、評判を落とし、没落、この有様。
 それは無い。人が一人消えた程度では、これだけの屋敷を構える権力が瓦解したりしないだろう。まあ誰を失ったのかにもよるが。
 そういうことでは無いのだろうか? 単純に神の怒りを買ったとか。そうかもしれない。神とは基本気紛れなものだ。祭礼の事故はわりかし頻繁に起こりうる。では何の神だろう。どのような禁忌を犯したのだろう。久世家の祀る社を見てみないと何とも言えない。

 考えに詰まったので御簾から出る。座敷の隅に掛けられた紫染めの着物を数分眺めた後、名残惜しみながら座敷を後にする。回廊を来た方角とは逆に歩み、突き当りの引き戸に手をかけたその一瞬、霖之助の動きが止まった。
 扉から僅かに霊気を感じる。
 封印?
 鍵がかかっているわけでも、建て付けが悪いわけでも、向こう側から打ち付けられているわけでも無いのだが、いくら押しても引いても扉は動かない。手の甲でコンコンコンと叩いてみる。勿論ノックは返ってこない。掌を当ててみる。扉の中で冷たい水が流れるような気配の流動を感じる。感触的に強い霊気ではない。それほど強固な封印というわけでも無さそうだ。
 さてどうしようか? 霖之助も魔術師の端くれである。この程度の封印ならば破ろうと思えば破れる。だが封印とは通行を禁止するためのものである。無理矢理に通り抜けて何の被害も無いとは言い切れない。これ自体が罠の可能性もある。
 しばらく扉の前で思案していたが、結局通ることに決めた。扉にぴたりと体を寄せ、口を押し付けて小声で呪文を呟くと、二秒足らずで扉があっけなく開いた。
 周囲を警戒しながら通り抜け、取手から手を離すと、戸板は磁石に吸い寄せられるように物凄い勢いで閉まった。閉まった戸に再び手をかけて二、三回引いてみる。動かない。よし、元通り。
 戸の表面を見てみると、胸の辺りの高さに薄い板と髪の毛で出来た人形が打ち付けてあった。必要最低限の封印。この程度なら強引に抜けてもあまり障りは無いだろう。確認を済ませて霖之助は胸を撫で下ろした。
 しかし何故この扉に封印がしてあったのだろう? この戸の奥は御簾のある座敷と隠し部屋、わざわざ封印する程の空間でもない。第一、囲炉裏の間から回りこめるのだから封印として不完全だ。穴の開いた籠にどの程度の価値があるというのか。まさか遊び半分で封印したということは無いだろうから、何だろう、嫌がらせか? 誰が? 誰に?
 まあいい。帰ってから考えよう。

 階段のある廊下に出てきた。廊下は一直線に長く、近い距離に階段が三つ隣接している。下り階段が奥と手前に一つずつ、その間に挟まれる形で上り階段が一つある。
 まずは一番近い手前の階段を下りてみることにする。下りた先は短い廊下で、廊下は大広間へと繋がっていた。広間といっても一枚天井の大部屋ではなく、壁や襖によって板チョコレートのように仕切られた六つの部屋が並んで、総体として大きな部屋を構築している。
 一通り部屋を順番に回ってみる。時計や屏風、人形や硯などの生活雑貨、個人的に惹かれる品は幾つもあるが、それが謎を解く手がかりとなるかといえば、なりそうにも無い。ごく普通の座敷だ。生活感はあるが、今自分が求める儀礼的な情報に繋がる道具は見当たらない。
 ぐるり回った最後の部屋には扉があった。開けてみると、どこか見覚えのある場所に出た。玄関前の土間廊下だ。なるほど。玄関から一直線に進んだ突き当りを右に行くと囲炉裏の間で、左に行くと仕切られた部屋だったらしい。頭の中に地図を描きつつ、来た道を階段廊下まで戻る。

 次に真中の階段を上る。上った先は小部屋というよりか単純に物置で、大小の木箱が床に棚に積み上がり薄く埃を被っている。箱の一つを開けてみると古い注連縄が入っていた。一応この屋敷が何かの信仰と密接に関係していたことの証明にはなるが、注連縄程度では細かいことは解らない。目に入った箱を片端から開けてみたが、ほとんどが空箱でこれといって珍しい道具は出てこない。まあそれはそうかと思う。信仰上重要なアイテムならこんな場所に押し込めたりしない。やはりその重要度にふさわしい保管場所を用意するだろう。
 箱を元あった場所に戻し、続けて小部屋の奥にあった小さな扉に手をかける。押し開けると同時に外から風が吹き込んできた。どうやらここから屋根の上に出られるらしい。

 扉の外には飾り程度に舞台が設けられていた。触ったらへし折れそうな柵に手を乗せて、霖之助は久しぶりに灰色の空を仰いだ。
 青みがかった瓦葺の屋根が霖之助から見て凵の字型に伸びている。その右端に今自分が立っているのと同じような舞台と扉が見える。雪が降っているので危険だが、屋根伝いに歩いていけば辿り着けなくもなさそうだ。下には四方を壁に囲まれた中庭が見える。庭といっても植木の一つも無く、あるものといえば石が山のように重なり並んでいる。
(石庭? いや、あれは墓石か?)
 目を凝らそうとうっかり身を乗り出したら、柵がめきっと音を立てて折れた。
「あ」
 体が修正不能なまでに傾き、慌てたら足が滑った。全身の血を置き去りにするような浮遊感に包まれ、哀れ霖之助は柵と共に真逆様に中庭へと落ち、

「うわっ!!」
 地面に叩きつけられる直前で目が覚めた。

 跳ね起きた霖之助は自分が生きていることを確かめるように心臓に手を当てる。
「……あー、危なかったー……」
 息も絶え絶えに言った。落ちる夢っていうのは本当に勘弁して欲しい。夢と解っていても恐怖なのだ。根源的な恐怖なのだ。悪夢ベスト三に入れてもいい。というか「墜落夢」という独立したジャンルを作ってもいいと思う。あのまま目覚めなければ夢に呑まれて死んでいたかもしれない。そういう恐怖を感じさせる夢なのだ。
 とりあえず頭を振って完全な覚醒を促す。ああ、ふわふわする。何となく嫌な浮遊感が体に残っていて気分が悪い。それともこれは二日酔いかもしれない。まあいい。忘れないうちに復習をしておこう。霖之助は枕元に置いてあった紙束とボールペンを引き寄せ、なるべく順序立てるように書き始めた。

 わかったこと
 一、あの屋敷は「久世」という神官の屋敷であるという事。
 一、久世家の当主は「夜舟」という女性であっただろうという事。彼女は病床に臥していたらしいという事。
 一、久世家は彼女の代を最後に屋敷を廃棄したのであろうという事。
 一、屋敷には当時「氷雨」(恐らく従者)、「鏡華」(娘か孫?)、「雨音」と「雨音の兄」(非血縁者)と呼ばれる人物がいたであろうという事。
 一、加えて「巫女」がいたらしい事(あるいは上記の誰かが巫女であったのかも)。
 一、巫女に何かがあって家運が傾いたらしいという事(儀式の失敗?)。

 わからないこと
 一、あの巫女姿の少女は誰なのか。何のために屋敷にいるのか。
 一、そもそもあの世界は何なのか。屋敷は現実にあった建物なのか。
 一、零落する原因となったらしい巫女に起こった「何か」とは何か。
 一、儀式の失敗だと仮定して、その儀式とは何か。
 一、刺青木との関係は?
 一、久世家が祀っていたのは何か。
 一、狭間とは何か。

 ふと筆が止まった。
 あの巫女姿の少女こそが「巫女」その人なのではないだろうか?
 狭間=スキマだったとして、巫女の身に起きた何かがスキマ送りの事故だったとして、あの屋敷のある世界はつまりある種の異界であり、自分が衣服を魂の一部として具現化していたように、異世界に放逐された巫女が記憶を頼りに屋敷そのものを具現化しているということは無いか。
「……いや、違うか」
 それならば屋敷は廃墟となる以前の姿で現れなければならない。軽く溜息を吐いて、再び筆を走らせる。

 一、何故中庭に墓石があったのか。

 西洋的な教会や寺といった「施設」なのであればまだ話は解るが、見た限りあの屋敷は実際に人が住んでいた紛うこと無き生活空間だ。
 自分が住む家の真中に墓を建てるか?
 別に、敷地内に墓を建てること自体はいいのだ。ただ通常、墓のような死の気が強いものは日常から追いやられるように境界の端へと設置される。敷地の隅か家屋の裏などにひっそりと置かれるものだ。それをど真ん中に据えるとは一体どういうことだ。まさかあそこが屋敷の「端」ってことは無いだろうに。まったく、建築家の常識を疑いたくなる。まあしっかり墓石と確認した訳では無いのであまり適当なことは言えないのだが。

 一、あの封印は何だったのか。

 これがさっぱり解らない。いったい誰が何へ向けて何の目的であんな不完全な封印を打ったのか。扉の使用禁止を促すものだったとしても、それだったら物理的に戸を封じてしまえばいい。わざわざ霊的な封印を施す必要は無いのだ。しかしそれがあるということは、やはりそれなりの理由がある筈で、これがまったくの謎だ。情報が足りない。

 とりあえず今回の収穫はこのくらいだろうか。ボールペンを置いて紙を読み直してみる。「らしい」とか「だろう」とか「恐らく」ばっかりだ。正直何も解っていないに等しい。
「一体なんなんだお前は?」
 布団の上に投げ出されている刺青木へ恨めしげに問いかける。返事は無い。あったら苦労はしない。寝起き特有の睨むような目を手元へと戻して、もう一度紙の内容を頭から読む。すっかり覚えこませてしまうと、下手に残しておいて霊夢に発見されても面倒なので、紙を破り、燃やして捨てた。あまり隠す必要が無いような気もしてきたが、それ以上に意地が出てきた。こうなったら徹底的に調べてやる。今から夜が待ち遠しいくらいだ。
 そういえば、次は何処から始まるのだろう? まさか落ちている最中ってことは無いよな?
「……出落ち?」
 呟いた瞬間後悔した。がっくり肩が落ちた。声に出さなきゃよかった。何だか急に疲れた。目覚めた直後ではあるが、夢の中でも動き回っていたせいで、あまり眠った気がしないのだ。



  十一


「ふあ」
 雨音が大きなあくびを一つ手で隠した。
「眠いの?」
「あ、いえ」
「そう」
 どうでもよさそうに霊夢が言った。実際、雨音が眠気を感じていようがいまいがどうでもいいのだ。眠りたければ眠ればいい。睡眠の自由を奪う程私は狭量ではない。
 雨音の睡眠時間は霊夢より長い。夜は霊夢より早く眠り、朝は霊夢よりも遅く起きる。それに昼寝を加えても、彼女の年齢を考えれば何ら不思議ではない。
 一つ気になるのは、
(昨日も魘されてたわね)
 睡眠中の雨音は必ずと言っていいほど魘されている。一体どんな夢を見ているのだろう。

「昨日のねこさん……」
 雨音が話しかけてきたので霊夢は思索を打ち切った。
「私、妖怪を、話に聞いてはいたんですけれど、でも見たのは初めてです。もっとおどろおどろしいものかと思っていたんですが違うんですね」
「そういうのも居るわよ。何かぐにゃぐにゃした奴とか、ずるずるした奴とか、べこんべこんした奴とかね」
「ええと……」
「想像しなくていいわ」
「そういえば、霊夢様は妖怪退治もしていらっしゃるんですよね? そうなると、ねこさんとはどういう関係に?」
「私がお燐と仲良くしてちゃおかしい?」
「あ、いいえ、全然そういうことじゃなくて……」
 慌てて首を振る雨音に、霊夢は少し意地悪な返し方だったかな、と思った。
「まあ、狩人が獲物と仲良くしているみたいなものだもんね。でもね雨音、妖怪にも色々な奴がいるの。人間と見るととりあえず食べようとする奴とか、逆に仲良くなろうとする奴とか、始終酒ばっか飲んでる奴とか、手広く商売してる奴とか、一人で引き篭もってる奴とか。いい奴もいれば悪い奴もいる。よくて悪い奴もいるし、悪くていい奴もいる。人間と大差無いわ。そりゃあ、頼まれたら退治するわよ。けれど別に抹殺している訳じゃないし。まあ、時と場合と相手によるけど」
「はあ」
「お燐は一応、うちの飼い猫ってことにもなってるしね」
「ええっ!?」
 この事実は雨音を心底驚かせたようだ。

 雨音はしばらく縁側から離れ、お燐の姿を求めて境内をきょろきょろと歩き回っていた。が、やがて少し残念そうな顔をして戻ってきた。
「ねこさん、いないですね」
「毎日神社にいるわけじゃないわ。地獄から上がってくるのも手間だろうし」
「地獄……ああ、そういえば。……やっぱりあるんですね、地獄って」
「あるわよ。この真下に」
 とたんに雨音は地面を凝視して弾けるようにその場から離れた。素直な反応に霊夢は思わず笑った。
「大丈夫よ。板一枚の下って距離じゃないから。それに地獄って言っても旧地獄だし、下の奴らとは協定を結んでるしね」
「神社の下に……地獄……じゃあ博麗神社は地獄を封印するために建てられた御社なんですか?」
「いや、そういうわけじゃないけど。でも……そうね。考えてみればどうなんだろう?」
 言われてみれば、そういう見方も確かに出来る。旧地獄に下りるための穴は恐らく幻想郷全土でここだけだし、結果的に神社は蓋のような役割をしているのかもしれない。
「解らないわ」
 霊夢は言った。
「私、あまりこの神社の成り立ちに詳しい訳じゃないし」
「え、そうなんですか?」
「そういうものじゃない? あなたはどうなの? 久世の御宮のこと、何から何まで知ってるって胸を張れる?」
 少し言いがかりっぽかったが、雨音は思いのほか顔色を悪くした。
「ええと、聖域を守るための御宮だと聞いていましたけれど……」
「聖域?」
「はい。御宮のあったお山がそのまま」
「へえ。まあ、神社って大体そんな感じよね」
「そうなんですか」
「そうらしいわよ」
 元来神社とは霊場に在りて空間を聖別する為の結界だとかなんとか、霖之助さんが言っていたような気がする。重要なのは建物ではなくて場所らしい。そういわれると、幻想郷の端、境界ぎりぎりに建つ博麗神社の位置にも相応の理由があるのだろう。考えてみれば幻想郷の中心的な神社なのだから幻想郷の中心にあったっていいはずだが、現在その場所にあるのは何故か香霖堂だ。ふとドーナツみたいだなと思った。意味は自分でもよく解らない。
「他の神社なんてほとんど行ったこと無いからよく知らないんだけれどね」
「私もです」
「そうよね。すると、やっぱりあれかしら。久世ノ宮と博麗神社って違う?」
「それは違います。似たようなところもありますけれど、でも全然違います」
「まあ当然よね。同じだったら逆に怖いわ。きっと私も久世ノ宮に行ったら、相当変な神社だなって思うのね」
「変……そうですね。変でした」
「あら。つい先日まで自分が勤めていた社でしょう」
「そうなのですが……」
 雨音は困ったような顔をして、少しずつ記憶を手繰るように言った。
「でも、変だったんだと思います。昔、御宮を調べに来た人がいたんだそうです」
「ああ、外からわざわざ調べに来る人がいるくらいの神社ってことね」
 つまり他の神社と比べて目立つ。即ち、変。何となく自己完結してしまった。
「私が生まれるずっと前のことだって仰っていたので、詳しいことは知らないのですけれど、その時に『変わっている』と言われて随分驚いたのだそうです」
「誰が?」
「鏡華様が……ああ、ええと、鏡華様は久世家の当主様の御息女で、私に読み書きとか、お行儀とか、お琴とかを教えて下さった方なんです。すごく綺麗な方で、すごくお優しくて、すごく澄んだお声で、すごくお琴が上手で、すごーく髪が長いんです。膝の裏まであるんですよ!」
「それは……重そうね」
 霊夢は自分の髪が今の数倍長い状態を想像してみた。想像しただけで面倒臭かった。立ち上がろうとするたびに自分の髪を踏みつけて転びそうだ。
 聞くに鏡華というのは久世本家のお嬢様で、雨音と随分親密にしていたらしい。なるほど、雨音の年齢の割に大人びた態度にも合点がいった。雨音は鏡華から間接的に英才教育を施されていたわけだ。感心する霊夢の横で、雨音は目を輝かせて、いかに鏡華が優れた人物であるかを霊夢に捲くし立てた。霊夢は適当に相槌を打ちながら止まることのない思い出話を聞いていた。雨音の口は一向に閉じられず、風の隙間を探り当てて飛ぶ燕のようにするすると言葉を紡いだ。
 これほど積極的にものを言う雨音は初めて見る。放っておいても勝手に喋り続けていそうだ。と思った矢先に、突然乱暴にもぎ取られたように言葉が消えた。あまりにも急に音が失われたため、山から届く秋のかさかさした風の音がやけに霊夢の耳を突いた。
 雨音を見ると俯いて肩を震わせていた。
「……お元気でしょうか?」
 さっきまでとは打って変わった、今にも泣き出しそうな声色だった。遠くの空に目を凝らして存在しないものの影を必死に追いかけているような震える声だった。
 気が付いたのだろう。ここは久世ノ宮ではないのだ。誰とも、もう二度と会えないのだ。その実感が今更のように心にのしかかる。それを受け止めるには雨音の肩は小さすぎるように見えた。
「鏡華様のことが好きだったのね」
「はい」
 その後、雨音は霊夢の胸を借りてしばらく泣いた。今まで泣かなかったのが不思議なくらいだった。霊夢はどう言葉をかけたものか考えた挙句、何も言わないことに決めた。



  十二


 雨音が昏睡したのはその三日後だった。

「どう?」
 霊夢が問う。
 急遽博麗神社に招かれた八意永琳は、横たわる雨音の体を軽くさすりながら、霊夢の問いには答えずに訊ね返した。
「いつからこう?」
「今朝。気付いたのは昼くらいね」
「ふうん」
「最初はただ寝てるのかと思ったんだけれど」
「間違ってないわ」
 永琳はちらりと雨音の顔を見た。小さな瞼は貝のように硬く閉じられ、薄く開かれた口からは今にも消え入りそうな寝息が時々聞こえる。
「肉体的に異常は無い。爪先から頭の頂までね。体温は少し低いけれど、普通眠っていれば体温は下がるものだし、常識の範囲内よ。内臓にも病気らしい所はない。薬物反応も無かったし、本当にただ眠っているだけよ。本当に、ただ、ね」
「寝すぎでしょう。こんな熟睡見たこと無いわよ」
 霊夢が雨音の頬をつつくと、つついた分だけ頭が傾いた。一切の反応が無い。

 霊夢が雨音の異常に気付いたのは、本人の言うとおり正午を過ぎてからだった。
 霊夢は雨音よりも先に眼を覚ます。大体、着替え終わって朝食を作り始めるか、作っている最中に雨音が起きてくるのだが、今朝は朝食が出来上がっても一向に起きてくる気配が無かった。不思議に思って覗いてみると、雨音は布団を抱きかかえてすやすやと眠っており、たまには寝坊でもさせてあげるかと気を利かせた霊夢は、一人でさっさと朝食を済ませた。
 それから霊夢は縁側に腰かけ、いつものように長い時間をかけてお茶を飲んだ。
 昼頃になって、いい加減眠り続ける雨音に不審を覚えてきた。自分も年に数回、驚く程寝過ごすことがあるので、そういうものかと思ったのだが、計算してみてかれこれ十五時間弱と考えると流石に眠りすぎだと気が付いた。
「ほら、いつまで寝てるの。もうお昼よ」
 妹の面倒を見る姉のように雨音を揺り動かす。反応は無い。布団を雨音の手から引き剥がし強引に上体を起こしてみるが、その体には一切の力が無く、全く自力で立ち上がろうとしない。霊夢が手を離すと糸の切れた人形のようにゴトリと崩れ落ちた。そのまま動かなかった。
 名前を呼びながら大きく体を揺すってみる。しかし反応は一切返ってこなかった。雨音は昏睡状態に陥っていた。
 そこからの霊夢の行動は実に迅速であった。ジェット旅客機のような速度で竹林へ飛び、立ちはだかる兎共を気の毒なほどに無視し、持ち前の強引さで永遠亭へ押し入ると、幸い暇をしていた永琳を引っ捕まえて博麗神社へと連れ去った。
 まるで嵐のような鮮やかな奇襲であったと兎の一匹は語る。
 道中、全く動じていなかった八意女史は流石の年の功というべきか。見た目に反して彼女は常人の何倍も、何十倍も、場合によっては何千倍も生きているのだ。
 八意永琳は幻想郷全土において最も発達した医療技術を操る医師である。元々は幻想郷の人物ではなく、月世界の名家八意家の出身で、数多くの天才を輩出した八意家の長い歴史の中でも並ぶ者無しと称された薬学の権威である。様々な事情があって幻想郷へ下りてきた後、長い間身を隠していたのだが、最近は時折里へと出向き医家としての名声を高めている。その過程で多少関りのある霊夢は、医師としての彼女に雨音の診察を仰いだのだ。

「強引に覚醒させるような薬とかないの?」
 問われた永琳は然程考えもせずに答えた。
「作ればあるわよ。でも子供だから、あまり強力な薬は投与したくないんだけれど、やる?」
「お勧めしてる感じじゃないわね」
 永琳は頷きの代わりに深い瞬きをした。
「病気でもない人間に与える薬は毒になることもあるわ。だってこの子は本当にただ眠っているだけなんだもの」
「ただただ眠るっていう病気なんじゃないの?」
「それだけってことはまず無いわ。医者の間ではこういう状態になった人のことを植物人間って言ったりするんだけれど、それは通常副次的なものなのよね。つまり事故で全身を強く打ったとか、病気で脳が蝕まれてしまったとか、そういった原因があって結果として昏睡という症状に表れてくる。睡眠っていうのは本来休息なの。体が各部の機能を低下させて、その分のエネルギーを回復に専念させるのよ。だから症状が深刻なほど睡眠時間は長くなる。普通はね。けれどこの子の場合、肉体は全くの健康でただ眠るだけっていうのは、まあ、無くもないけれど」
「あるの?」
「例えば精神と肉体が著しく乖離している場合」
「解るように言いなさいよ」
「魂飛んでって体すっからかん状態」
「は? それじゃあこの子は今幽体離脱中ってわけ?」
「例え話よ」
 永琳が宥めるように言った。
「まあ、精神疾患による睡眠障害っていうのはありえるわ。ストレスとか、傷付いた心が睡眠を狂わせてしまう。そうなるとちょっと薬に頼るのはね。薬で心は操れないし、いや、やろうと思えば出来るけれど。倫理的にねえ。それよりも、どう? 一緒に暮らしていたのなら、何か一つくらい心当たりは無い?」
「隠し事をしている風ではあったわね」
 霊夢は即答した。
「そう。どうする? 入院させる?」
「放っておいたらこの子は死ぬ?」
「そりゃ、放っておいたら誰でもね」
 永琳は雨音の髪をそっと撫で、また霊夢に向き直った。
「けれど明日の朝いきなり冷たくなっているってことは無いと思うわ。時間がたてば自然に目覚めるかもしれないし。というか可能性としてはその方が高いわね」
「解った。しばらくは様子を見るわ。何かあったら永遠亭に連れてく。そしたら悪いけど面倒見てやって」
「そう。じゃあこちらでも受け入れ態勢は整えておくわ。ただ、死にそうに無いからって油断はしないでね。何かあったら直ぐに来て頂戴。どんな形であれ睡眠に異常が現れるっていうのは好ましいものでは無いから」
 その後霊夢は植物状態の人間の扱い方を簡単に指導されて、竹林へと飛び去る永琳を見送った。

 古美術のように動かぬ雨音の顔をぼんやりと眺めながら、こうなるのだったらもっと積極的に探りを入れておくべきだったかなと霊夢は思った。
 他人の過去は必要以上に詮索しない性質である。今回も、雨音がこの歳にして余程陰惨な、或いは凄惨な過去を持っているらしいことは随分前から解っていた。しかし霊夢はそれを追求しなかった。わざわざ掘り返さずとも、いずれ雨音が打ち明けるつもりになったら自然に聴けるだろうと思っていたし、その方針に疑いは持っていない。
 実際、これは霊夢の与り知らぬ事であるのだが、必要以上に干渉してこない彼女のやり方は雨音にとって大変な救いとなっていたのである。このような事態にならなければ、雨音の打ち明け話はそう遠い未来の出来事ではなかったであろう。
 しかし、だ。死んでからでは遅いのである。
 永琳は直ぐに死ぬことは無いと言ったが、いずれ予断を許さぬ状態であるのに変わりはない。例えばこのまま雨音が息を引き取った場合、いくら竹を割ったような性格の霊夢といえど心に棘のような痛みが残るだろう。死ぬのは勝手自由だが、ひょっとしたら死ななくてもよかった命が、自分の裁量違いで失われたとなると良い気持ちはしない。けれども、それでは自分には一体何が出来たのであろうか?
 違う。これから何が出来るのだろうか。
 何もしなければこの子は永久に眠ったままだ。そのまま死ぬ。そんな予感がする。ならば兎に角この眠り姫を起こさなければならない。眠りの原因が精神に在ると言うのなら、その精神を狂わせたのは彼女の過去だ。知る必要がある。雨音の過去を知って、それで解決になるのかといわれれば断言は出来ないが、少なくとも損にはならない筈だ。
 問題は彼女の口から彼女の過去を聴くことが出来ないという点だ。
 さて、どうしたものか。




続く
くおんにねむる | 【2012-02-08(Wed) 00:00:00】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
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