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あめふら

Author:あめふら
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pixivで描いた漫画をまとめました。


『OVERCOLL2』 とらのあな
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『レジンフィギュア・物部ハト』

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くおんにねむる 七、八、九
前回からの続きです。未読の方は先に前話をお読み下さい。


  七


 屋敷に一歩足を踏み入れると、玄関扉を背にして、まずは正面奥へと一直線に伸びる土間廊下がある。右手には暖簾で区切られた袋状の物置があり、左手には格子戸がある。上下逆さにした丁の字を想像して戴ければ解り易いかと思う。
 廊下は吹き抜けになっていて天井が高い。見上げながら霖之助は、天井に床と並行して張られた注連縄に気が付いた。それも一本ではない。まるで梁のように何本も渡されている。どういう意味があるのだろうか。注連縄の役割は境界を区切ることだ。それが廊下にあるのは玄関先と屋敷の奥とでは世界が異なるという隠喩か? どうやらこの屋敷も普通ではないらしい。まあそれは入る前から解っていたことだ。屋敷の外からして普通じゃないのだから。
 まずは左手の格子戸を調べる。戸の隙間から向こう側に三畳ほどのスペースが見てとれるが、鍵がかかっていて入れない。蹴破れば開きそうではあるが、乱暴な振る舞いは自分の流儀に反する。
 今度は右側の暖簾をくぐってみる。触れただけで破れそうなぼろぼろの暖簾の先には、壷が二、三個置いてあるだけで、他に目に付くような物は無かった。壷も一応封を開けて中身を検めてみたが、底の方に黒っぽい水が溜まっているだけだった。

 正面の廊下を進む。
 廊下は奥に長いが、その代わりに幅が狭い。大人二人が擦れ違うのでもう一杯だ。あちらこちらに何故か箪笥が置かれているため、実際はもっと狭い。まったくバリケードじゃあるまいし、歩きにくくて仕方が無い。一体何の箪笥だろうか。
 手近な抽斗を開けてみようと引っ張ると、中まで湿気っているのか非常に固い。思い切り力を込めたらすぽんと音を立てて把手が取れた。慎重に元の場所へ嵌め直して、何事も無かったかのように別の抽斗に手を掛けると、こちらはすんなり開いてくれた。中には大小の木槌が入っていた。また別の抽斗には鉋が入っていた。
(大工道具?)
 するとここは大工の家なのだろうか? それにしては大きすぎる。大工がこんな大きな館を持つだろうか? 或いは下働きの中に大工職を専門とする者がいたのだろうか。何にせよ、大工のような職人は、仕事道具を我が子の如く大切に扱うものだ。こんな場所に置き捨てるようにして保管する筈が無い。ならばこの箪笥は後に誰かの手によって屋敷の何処かからここまで運ばれてきた物だろう。何のためにそんなことを?
 まあいい。そのうち考えよう。

 屋敷の中は暗い。所々に灯火があるので真暗闇というのではないが、それでも黄昏刻のように薄暗い。
 そういえば、この世界では今は夜なのだろうか? 朝といわれれば朝にも感じるし、夜といわれれば夜のようにも思う。外からして日暮だか夜明だか判らない空色だったのが、屋敷の中では更に混濁として、時間の感覚というものを全く消し去ってしまった。ひょっとすると、この屋敷には時間そのものが存在しないのかもしれない。ただ、居心地は悪くない。暗く静かな空気はまるで水に溶けた月光に似ている。

 廊下を突き当りまで来ると道が左右二手に分かれていた。特に理由は無いが右側へ進む。
 通路はすぐに左へと折れ、突き当たりの扉まで誘導される。鍵はかかっていない。流れるように扉を抜けると、囲炉裏のある広い部屋へと出た。ここも天井が高い。
「失礼」
 小声で言って、霖之助は土足のまま板の間へ上がり込んだ。
 部屋の中央に据えられている囲炉裏はもう長い間使われた形跡が無い。それを囲む座布団も人を乗せなくなって久しいようだ。囲炉裏を見つめるように立っていた和箪笥には大小様々な食器が収められていたが、一つとして原型を保っている物が無い。欠片を手にとって眺めてみる。霖之助の眼を持ってしても名前が浮かばない。この食器はもう道具として死んでいるのだ。
「廃屋か」
 今更のように呟く。

 板の間の隅から階段が伸びている。ここから二階へ行けるようだ。
 踏板に足を乗せると一段上る毎に猫を踏んだような音を立てて軋んだ。飛んだり跳ねたりしたらきっと踏み抜くだろうが、普通に上り下りする分には平気だろう。
 上りきった先は六畳程の部屋とも廊下ともつかない空間で、どうやらちょっとした物置代わりに使われていたらしい。薬箱や衣装箪笥、屏風、衣桁には女物の着物が掛かっている。手入れされていれば相応の価値がある物であろうが、どれもがその場で動く事無くゆっくりと死んでいた。
 きっと屋敷のどこでもそうなのだろう。行燈に揺れ動く影がどことなく物悲しい。
 そういえば、廃屋なのに灯が点いているのは何故だろう。人が住んでいる様子も無いが、まあ便利だからどうでもいい。
「勿体無いな……」
 思わず口に出る。この着物はいい布を使っている。端切れとしてでも十分売れる。何とか持って帰れないだろうか。箪笥の中に眠っている染付の小物類、これも欲しい。この少し燻んだ感じがたまらない。細工もなかなか素敵じゃないか。自分は下賎な泥棒ではないが、しかし放置されているくらいなら、ああ、持って帰れないかなあ。

 突然、金属質の固い音が聞こえた。
 即座に頭を切り替えて耳を澄ます。キン、キン、キン、と時計のように規則正しい音が、どこか近い所で鳴っている。
 奥の扉を開くと一層に音が近くなった。誘われるまま扉を抜けて、先の廊下を進む。左手にぼろぼろの障子が現れ、その隙間から御簾のある座敷が見える。反対側は灰色の土壁で、音はどうやらこの壁の中から聞こえる。壁に耳を付けてみたら、耳のすぐ横で音が鳴った。間違いない。軽く耳を押さえながら、壁に沿ってぐるりと回り込むと、部屋も何も無いままに、同じ場所へと戻ってきてしまった。
 首をかしげる。逆から回ってみる。また戻ってきた。首をかしげる。
(どうやって中に入るんだ?)
 音は依然、壁の中から響いてくる。ここに閉ざされた空間があるのは間違いない。だが、そこへ通じる扉が無い。どこかに隠し扉があるのか、それとも入口が別の場所にあるのか。
 壁を注視しながら歩いていると、隅の方にポストの投函口のような細長い穴を発見した。ここから中を覗けそうだ。

 覗き穴の向こうには予想した通り空間があって、巫女姿の少女が一人いた。髪の長いその少女は、霖之助の存在には全く気が付いていないらしい。覗き穴に背を向けて正面の壁に何かを打ち付けている。先程から聞こえていたのは機械的に振るわれる小槌の音だ。何を打ち付けているのかは、ここからでは少女の陰になってよく見えない。
 こんなところで一体何をしているのだろう?
「なあ、ちょっといいかい?」
 覗き穴から声をかけると、少女はふっと動きを止めて、まるで焦らすようにゆったりとした動作で振り返ってみせた。

「……ん?」
 気がつくと霖之助はカウンターの上で頬杖を突いていた。
 はっと姿勢を正してあちこちに目を配る。どこを見てもよく見慣れた香霖堂の雑多な風景。柱時計の短針は七を指していた。目を擦る。窓からは日の光がさんさんと射し込んでいる。幸せそうな小鳥の囀りも容赦なく耳に届く。
 朝だ。疑いようもなく朝だ。
 手の中を見ると刺青木があった。軽く叩いてみる。夢の中で聞いたのとまるで同じ硬質の音がした。カウンターに投げ出して、代わりに頭を抱える。盛大に溜息を吐いた。
「……あそこで覚めるか、普通?」
 今いいところだったじゃないか。
 あの少女が槌の反対側に握っていた物、ちらりとしか見えなかったが、あれは刺青木ではなかったか。
 確実にあの子が手がかりじゃないか。そこで目が覚めるって何だ。畜生、意地悪、生殺しだ。
 今からもう一度寝てみようか? ああ駄目だ。全然眠くない。しかめ面で再び溜息を吐いた。
 悔しい。今夜、もう一度同じ夢を見られるだろうか? これで終わってたまるものか。



  


 朝の晴れ模様がすっかり薄曇の空に取って代わられた風の無い午後、霊夢と雨音は神社の縁に腰掛けて緑茶を啜っていた。完全にくつろいでいる霊夢とは対照的に、雨音はどこか居心地が悪そうだ。
「……こんなにのんびりしていて良いんでしょうか」
「いいのよ」
「そうですか……」
 会話が途切れる。気を窺うようにして雨音が言う。
「何かお仕事はありませんか?」
「無いわ」
 一刀両断に切って捨てる。また会話が止まる。しばらくの間雨音は何か考えるようにじっと沈黙していたが、やがて口を開くと、
「お掃除でもしましょうか?」
「一昨日やった」
「……毎日やりません?」
「しないわよ」
「そうですか……」
「お宮では毎日してたの?」
「はい」
「働き者ね」
「いえ、それが普通だったので……何かに手を付けていないと落ち着かなくて」
「ああそう。別にやりたいっていうなら止めないわよ」
「あ、はい……それでは、すみません、やらせていただきます」
「よろしく。箒は裏手にあるから」
「はい。ありがとうございます」
 一礼して廊下の奥へと消える雨音を見送り、一人縁側に残った霊夢はその後も悠然とお茶を飲み続けていたが、少ししてふと気が付いたように呟いた。
「何よ今の会話?」
 私は暴君か何かか?

 社の裏手で箒を探していた雨音は、不意にどこからか暖かい湿り気のある風が流れてくるのを感じて、一時作業の手を止めた。
(湯気?)
 奇妙に思って出所を探る。感覚のままに奥へと分け入ると、そこになんと温泉があるのを発見した。
「すごい!」
 荒削りだがきちんと整備された露天風呂だ。湯をどこからか引いているのではなくて、ここから直に湧き出しているらしい。湯船に手を浸けてみる。思ったよりも熱かった。手を振って水気を切りながら雨音は思う。素敵だ。すぐ近くに温泉があるなんて、なんて素敵なんだろう。霊夢様は毎日温泉に入れるんだ。いいなあ。あとで私も入っていいか訊いてみよう。あれ? それじゃあ昨日風呂焚きをする必要って無かったのかな?

 ふと湯気の向こうに黒い塊が動くのを見つけた。
「ねこ?」
 仄かに赤みがかった黒猫だ。猫も温泉に入るのだろうか?
 黒猫は雨音の姿に気が付くと、二本の長い尻尾を揺らしながらトテトテと近寄ってきた。ふくらはぎに向かって盛んに頭突きをしてくる。人懐こい猫だ。自然と顔が綻んでしまう。
「ねこ、尻尾が二つあるね」
 屈みこんで手を差し出すと、鼻を近づけた後、犬がお手をするように掌に肉球を重ねてきた。そのまま握手。反対の手でもやってみた。こちらにも手を乗せてくれた。両手で握手!
 ぶんぶん振って二足歩行させていたら猫があからさまに迷惑そうな顔をしたので解放する。と見せかけてすぐに掴みなおし、今度は肉球を上に向けて思う存分ぷにぷにつつく。
 爪が出たり引っ込んだりする!
 振り払われた。
 手を出してみるが、もう乗っけてくれない。
 背を向けて何やら帰ろうとする猫を捕まえて、振り向かせて体を固定すると首筋から耳の裏を逆さに撫でた。後から前に。後から前に。
 耳がぷるんってなる!
「ニャー!」
「わー!」
 飛び掛ってきた。

「……なにやってるのよ」
 いつの間にか霊夢が見ていた。
「あ、霊夢様……えーっと、ねこです」
「見りゃ解るわよ。お燐、いつまで押し倒してんの?」
 霊夢に呼ばれた黒猫は尻餅をついた雨音の胸からひょいと飛び降り、二、三歩あるいて突然燃え上がった。次の瞬間炎の中から出てきたのは暗緑色のドレスを着た火のように赤い髪の少女だ。
「やっほー。おねーさん、元気?」
「まあね。それで何? あんた達、何時の間に仲良くなったの?」
「いやいやいや。この子ったらもうねー。耳ぷるんってするんだよ。ぷるんって。っていうかこの子だーれ?」
「化け猫だあーっ!!」
 和やかな会話に悲鳴が割り込んだ。
「違う! 化け猫違う! あたいは火車! 地獄の火車のお燐だ!」
「地獄っ!?」
「あれ、火車って化け猫じゃないの?」
「違うの! 似て非なるものなの!」
 数秒前まで黒猫だった少女、火焔猫燐は油を差してきた霊夢に噛み付いた。
 本人の言う通り彼女は「火車」だ。火車とは元々仏教用語で、罪人を地獄まで連行する護送車を指す。転じて人の死体を攫って食らう化物のことを火車と呼んだ。この「死者を持ち去る」という特性が、化け猫の持つとされる死体を弄ぶ能力と習合されて、いつしか火車は猫の姿で描かれるようになる。つまり火車は化け猫とは違うのだが、しかし化け猫と言ってもまあ間違いでは無いのだ。
 もちろん霊夢も雨音もそんなことは知らない。
「ごめんなさい! 私は美味しくないです! 食べても美味しくないです!」
「食べなーいっ!! 化け猫じゃなーい! 火ー車! 火の車って書いて火車!!」
「ひいっ」
 散々黒猫を弄んだ雨音は露骨にお燐を怖がる。放っておくと何故かお燐の方が泣き出しそうなので、霊夢は仕方なく二者の間に割って入った。
「はいストップ。雨音、幻想郷には神や妖怪が暮らしているって話したわよね。これがその妖怪よ」
「へ?」
「この子は火車という種類の妖怪で、名前は火焔猫燐。幻想郷にはこういうのがうようよいます」
「お姉さん、その昆虫標本みたいな紹介の仕方やめてくれない?」
「驚いていたら切が無いわ。早いところ慣れなさい。で、お燐。この子は久世雨音。最近幻想郷に来たばっかりなの。まあ許してやって」
「は、初めまして。久世雨音です。……えーっと、人間です。あの、先程は失礼しました」
 慇懃に頭を下げる雨音に、お燐はちょっとばつが悪そうに笑いながら頭をかくと、
「いやいや、別にいいよー! こちらこそよろしく。あたいのことはお燐って呼んでね!」
 そう言って雨音と二度目の握手を交わした。

 ざっ、ざっ、ざっ、と小気味好い音を立てながら身の丈以上の箒を苦も無く振るい、石畳を薄く覆う枯葉の絨毯を一歩一歩丁寧に剥がしていく雨音を、少し離れた位置から二人が眺めていた。
「それで、お姉さん。どうしてあんな子が神社にいるの?」
「助手よ」
「助手!? お姉さんが助手!?」
「変かしら」
「変。すっごく変」
 霊夢は腕組すると、
「じゃあ言い方を変えましょうか。監視よ」
「ああ、それならしっくりくる」
 お燐がごろごろと笑った。それに合わせて二本の尻尾が左右に踊る。
「……あんた、私のことどういう目で見てるわけ?」
「いやいやいや、悪い意味では絶対無いよ! ただほら、あの子わけありじゃない? それを助手とか言うからさー。それは無いわーって」
「わけありって何よ?」
「え? 知ってて手元に置いてるんじゃないの? あの子、人殺しでしょ?」
 お燐が当たり前のように放った一言は霊夢を凍りつかせた。
「……えーっと、不味いこと言った?」
 霊夢の眼に宿る物々しい雰囲気に気圧され、お燐は顔を強張らせて沈黙した。霊夢は気取られぬよう、それとなく視界の隅に雨音を捉える。雨音は相変わらず楽しそうに落ち葉を集めている。しばらくその様子を観察して、今の会話が聞かれていないと確信した霊夢はほっと息を吐いた。
「何でそう思うわけ?」
 鋭くお燐に詰め寄る。お燐は顔色を悪くしながら耳打ちするように言った。
「手から死の匂いがするんだ。いや、手っていうかもう全身から。だから、最近何か死体と濃密に触れ合う機会でもあったのかな、なんて思ったんだけれど……」
 心当たりはある。
 何しろ雨音は血まみれで現れたのだ。
「お燐、それ誰にも言うんじゃないわよ」
 苦笑いのお燐にしっかり釘を刺しておくと、箒を動かす雨音の後姿を豹のような目付きで追った。霊夢につられて、お燐も耳をぴんと立てながら静かに雨音を見つめていた。



  


 夜を迎えたというのに香霖堂には灯が点いていない。元々薄暗い建物が一層闇を深めている。とはいっても主が留守にしているのではない。既に寝静まっているのでもない。この暗闇は意図して作られたものだ。
 その闇の中で霖之助は何をしているのかというと、かれこれ一時間、まじろぎもせず刺青木を睨み続けている。輪郭を失わせる闇と、極限まで研ぎ澄ました意識でもって、昨日のトリップの再現を試みているのだ。

 しかし望んだ反応は現れない。やがて根を切らした霖之助がその姿勢を崩した。
 駄目だ。目が疲れるだけだ。全身からコリを抜くように深く息を吐くと、眼鏡をずらして眼球を押さえた。闇の中で眼を凝らし続けたせいで、疲労の蓄積が日中の比でない。自然と眉間に皺が寄る。
 なぜ向こう側へ行けないのだろう? 刺青木は、あちらとこちらの両方に共通する要素だ。ならば二つの世界を繋ぐ鍵のような役割も負って然るべきと踏んで、わざわざ廃屋の中と同じような暗闇も用意したし、昨日にも増して雪中の屋敷に思いを馳せた。姿勢まで再現して、刺青木を手に硬く握り締め、心が空になるまで十分に自分を薄めた。それで問題は無い筈だ。一体何が足りなかった? 極限まで傾けたヤジロベエがなぜ倒れない?
 そういう事ではないのだろうか?
 ならば昨日の出来事は何だったのか。無知無意識故に引き起こった奇跡? 仮にそうだとすれば、屋敷の存在を知覚してしまった自分はもう二度とあの屋敷に入ることは出来ないことになる。それは困る。自分にとってあの廃屋は真実に至るための蜘蛛の糸なのだ。繋がりが切れたらどうしようもなくなる。解っていながら手を伸ばしても届かない今の状況は何とも悔しい。
 一体あの少女は誰だったのだろう。服装からすると巫女のようだが、それがあの場所で何をしていたのだろう? 彼女が持っていた杭は本当に刺青木だったのだろうか。その確証が持てるだけでも今後の大きなヒントとなる。行き詰った思考から一歩進むためには、何としてでもあの少女と接触しなければならない。
 しかしどうすればいい?

 しばらくじっと考え込んでいた霖之助が突然はっとして顔を上げた。
「寝るか!」
 別に考えるのに飽いたからではない。あの世界で起こった出来事は幻想郷にいる自分にとっては「夢」ということになっている。ならば、再び屋敷に足を踏み入れるには夢の中へと向かえばいいのではないか。即ち「眠り」という要素が欠けていたのだ。
 考えれば考える程それしかない。そうに違いない。そうかそういうことだったのか。暗闇の中で霖之助は勢いよく立ち上がり、にやりと勝ち誇ったような笑みを浮かべる。よし、そうと決まったら寝るぞ! 待っていろ夢の屋敷! さあ今から眠る! 全力で眠る!

「眠れん」
 布団の中で薄目を開けて呟いた。
 無理もない。霖之助の中では、使命感にも似た好奇心が尽きること無く青々と燃えているのだ。俗に言う遠足前夜の子供状態である。
 元々霖之助は寝つきのいい方ではない。加えて今の時刻は普段就寝するよりもずっと早いし、更に感情の高ぶりが睡眠欲をダイナミックに殺した。これで眠れる方がどうかしている。諦めて体を起こすと、敷いたばかりの布団を蹴り飛ばすように抜け出した。
 全然眠くない。
 長いこと生きてはきたが、眠れなくて真剣に困ったのは初めてかもしれない。悩んだ末、酒でも飲んで眠気を誘発しようと思い付いた。戸棚から徳利と杯を引っ張り出してまずは一杯、続けざまに二杯三杯と引っ掛ける。美味い。もう一杯戴く。美味い。もう一杯。ああ美味い。しかし酒を飲んだからといって、そう簡単に眠りに落ちるものではない。どうも長丁場になりそうだ。となると何か肴が欲しい。先日貰ったキノコでも焼こうか。いや、でも口の中で爆散したりしたら嫌だな。
 適当なものを探していて、面倒臭くなってきたところでふと屋台の存在を思い出した。夜雀の屋台は今日は開店しているだろうか。していたとしてどこに出没しているのか。今から探しに出かけて見つけられるだろうか。まあ当てが外れても、捜し歩くことで体を疲労させれば眠気も増すだろうし、単純に時間も進み、その分酒も全身に回る。なんと無駄のない作戦だ。そうと決まれば霖之助はてきぱきと着物を身に着け、軽い足取りで香霖堂から出て行った。

 蛍のように幽かな灯火を頼りにして、屋台を探すとも無く探しながら夜の道を当て無くふらつく。その内に時間がたち、瓢の酒も無くなり、酔いも覚めかけて来た頃ようやく遠くにぼんやりと明かりが動くのが見えた。近づいていくとまさしく目当ての屋台であった。
 屋台の前では羽のような服を着た少女が鼻歌を歌いながら幟を片付けていたが、霖之助を見つけるとぱっと華やかな笑みを浮かべた。
「あ、いらっしゃーい」
「やあミスティア。ひょっとして今日はもう閉めるところだったかな?」
「うん。そのつもりしてたけど、せっかく来てくれたんなら何か焼くわ」
「悪いね。ついでに一本貰えるかい」
「はいはい」
 少女はにこにこしながら屋台の裏手へ回り、霖之助は表から屋台の暖簾をくぐった。
「いらっしゃーい」
「さっき聞いたが」
「誰かが暖簾をくぐったら、いらっしゃい、って言うことにしているの」
「なるほど」
 彼女、ミスティア・ローレライは鳴き声で人を狂わせ、その眼を昏くする「夜雀」である。れっきとした妖怪だが、時折こうして屋台を引き商売をする変わり者で、歌うように喋り、また喋るように歌う。
 霖之助も初めは夜雀の屋台なんて誰が行くものかと思ったが、行ってみるとこれがなかなか悪くない。たまに通ううちにお互いすっかり顔見知りになってしまった。ミスティアの調理場に立つ姿も板に付いたもので、初めの内は見ていて冷やりとする場面も少なくなかったが、今ではさながら手馴れた楽器を演奏するように一分と客を待たせず、霖之助の前に皿が置かれた。
 出てきた品に意表を突かれる。この屋台では普段八目鰻を売っているのだが、皿の上にあるのは八目ではなかったのだ。
「八目は?」
「ごめんね。もう品切れなの」
「ああ、繁盛してるんだね」
「ううん。そうじゃないの。仕入れ自体が少なかったのよ。ほら、今年の夏は特別暑かったでしょう? そのせいか八目もあんまり数が無くて」
「へえ」
 それにしたってうちよりは繁盛しているだろう、という言葉が喉まで出かかったが飲み込んで、霖之助はキノコの串焼きにかぶりついた。結局キノコかと密かに思う。しかし、分厚く割いたキノコを炭火で炙り、荒塩を振っただけの簡単な一品。不味いわけが無い。こりっとした歯応えと、肉厚な身に閉じ込められたジューシーなキノコの香りが噛む度に口いっぱいに広がる。
「うまいよ」
 素直に褒めた。
「ありがと」
 ミスティアは嬉しそうに微笑みながら霖之助に杯を渡し、銚子を傾けてなみなみと酒を注いだ。杯が満たされると早速それに口付けて、舌に広げるように味わってから呑み下す。口の中に残るキノコの香りと、ぬるめの酒が非常に合う。不味いわけが無い。
「君もどうだい?」
「それでは御相伴に与りまして」
 そう言って小棚から取り出した杯に、今度は霖之助が手を伸ばして酒を注ぐ。ミスティアはそれを一息で飲んでしまうと、ふう、と熱っぽい息を吐いた。

「ところで、来る前にいくらか飲んできたでしょ?」
 ミスティアが言った。
「ああ、まあ、少しね。寝酒のつもりだったんだけれど、眠れなかったからここに来た」
「そりゃあ、貴方、お酒強いもん」
「そうかな」
「そうよ」
「眠れないと困るんだがなあ」
「どうして? 不眠症?」
「そういうわけじゃないけど。ちょっと夢の中に用があってね」
「なにそれ」
 いつの間にか隣に移動してきたミスティアが、ほのかに顔を紅くして笑った。
「子守唄でも歌ってあげようか?」
「そうだね。お願いするよ」
「わかりました!」
 嬉しくてたまらないといった感じでミスティアは深く息を溜める。その一瞬の隙に霖之助は彼女から椅子一つ分の距離を置く。流石に耳元で歌われるのは御免だ。
 ミスティアは霖之助が自分に注目しているのを確かめると、普段より少し低めの、包むような声で歌い始めた。
「ねむれー、ねむれー、おーやーすーみーなーさーいー、みかんを食べたらねーむーれー、リンゴを食べたらねーむーれー」
 相変わらず出鱈目な歌詞だ。意味を考えてはいけない。メロディーによって辛うじて聴ける程度の歌だ。聞き流すように酒を含む。彼女の小さな口から紡ぎだされた歌が、生まれた瞬間から夜気に溶けて消えていく。刹那の間に繰り返される生死の連続は一筋の音階となって耳に届く。彼女の歌はこうしてバックグラウンドに留めておくのが一番いい。
 ミスティアは実に楽しそうに歌う。まるで歌うために生まれてきたかのように、誰の為でもなく、歌の為に歌っている。歌うときのミスティアはとても幸せそうに見える。
 酷い歌だな、と霖之助は思った。しかも二回繰り返された。
「眠くなった?」
 ミスティアは何かを期待するような目で霖之助を見る。
「いや全然」
 霖之助は正直に答えた。
「えー。もっかい歌う?」
「結構だ」
「えー」
「まあ、悪くはなかったんじゃないかな」
「あー、上から目線! ひどいヒトだー」
 そう言いながらもミスティアは笑みを崩さず、霖之助も意地悪っぽく笑った。
「子守唄ね……」
 子守唄なんて聴かされたのは何年ぶりだろうか。誰に言うでもなく呟くと、少し冷めてきたキノコを齧った。




続く
くおんにねむる | 【2011-12-18(Sun) 00:00:00】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
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