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あめふら

Author:あめふら
二次創作のお話を書いたり、書かなかったり。
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目次
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刊行
pixivで描いた漫画をまとめました。


『OVERCOLL2』 とらのあな
booth
制作
作ったものを売っています。


『レジンフィギュア・物部ハト』 とらのあな

リンク
くおんにねむる 一、二、三
 << 注意 >>

 この物語は株式会社テクモより発売されたプレイステーション2専用ゲームソフト『零 ~刺青の聲~』と、上海アリス幻樂団原作『東方project』とのクロスオーバー作品です。
 内容にゲームの核心部分を突くような表現があります。ゲームを未プレイの方は申し訳ありませんが各自判断の上、自己責任でご覧下さい。

 クロスオーバーとはいいましたが、内容は作者のアレンジを大幅に効かせた"IF"の物語です。
 文中における様々な設定は全て作者の独自解釈あるいは創作であり、公式のものでは無いことを予め断っておきます。
 正直に白状しますと、かなり好き勝手にやりました。例えば『零シリーズ』の核となるアイテムの「射影機」ですが、登場しません。元々のゲームの内容とはかけ離れた展開も数え切れぬほど存在します。ですが両原作を貶めるような書き方は断じてしていないつもりです。もし読中そのように感じられたのであれば、それはただ私の筆の至らなさが原因であります。
 以上のことをどうか、心に留めておいて下さい。

 最後に、自分が二次創作小説を書き始めるきっかけとなった「怪奇探偵香霖堂シリーズ」の作者様、いつかのスレで「霖之助が射影機を拾ったらどうなるのだろう」と呟いて、私の空想を刺激した貴方様、そして自分が投稿した幾つかの作品を、わざわざ読んで下さり、その上感想まで下さった皆様に、身勝手ながら、この物語を捧げます。


                                      平成二十三年十一月某日 あめふら


  一


 久世ノ宮はさる東北の山中に明治初期まで実在した社である。
 およそ全ての神社が過去そうであったように、久世ノ宮もまた原型を辿れば近隣の集落にのみ根を下ろす小規模な民間信仰の場所であり、年の半分を雪に覆われる北国特有の閉鎖的な環境故か、他には決して見られぬその特異な信仰の形式は時代を超えて頑なに守られ続け、世が文明開化を迎えた後も、その煽りを受ける事無く、奥深き集落の中にひた隠しに隠された秘社である。

 現在、我々が知りえる久世ノ宮に関する情報は、当時の民俗学者柏木秋人によって残された僅かな記録が全てとなっている。
 彼は元々、この地域に伝わる子守唄の蒐集をしていて、それに関連する形で神社の記録を残した。それ以外にこの社を記録したものは無く、久世ノ宮が自身で保管していたであろう数々の歴史的資料も、神社と共に失われてしまっている。もっとも久世ノ宮はその存在と同様、極端に秘密主義であったというから、たとえ現代まで神社が存続したとして、このように外部へ向けた資料が残ったとは限らない。
 そういった意味で、柏木の残した記録は奇跡的であり、もちろん大変に貴重なものである。この記録が無ければ、久世ノ宮という社の存在は完全に忘却の彼方へと葬り去られていたであろう。
 現在久世ノ宮跡地に残るのは、僅かに建物の残骸と基礎の跡のみで、そこにかつての神社の存在を偲ばせるものは何一つ無い。

 久世ノ宮とはどのような社だったのか。

 神社を代々管理していたのは久世家という女系の一族であり、その始まりはこの地域に古く存在した異界信仰と深く関係している。
 四方を山に囲まれたこの地域では、山の中は異界と繋がるという山中他界論が盛んであった。山は聖地であり、また徒歩で立ち入ることの出来る冥界である。実際に近代まで山送り等の葬礼行事が行われていたらしい。
 村人達はこの近しい彼岸と此岸とを意識的に住み分けるために、境界とされる山中に目に見える壁として神社を設け、その祭祀にあたって巫女の役割を担ったのが古代の久世家である。
 いつしか巫女が祭主を兼ねるようになり、それに伴って神社もまた「久世ノ宮」と呼ばれるようになった。
 久世家の歴史はそのまま神社の歴史であり、つまりそれ程に古い一族であったのだが、神社と運命を共にして今では断絶してしまっている。

 さて、この久世ノ宮、最大の特徴として「男子禁制」を敷く神社である。
 全国に神社の数は幾万とあれど、男子禁制を明確に掲げたのは久世ノ宮をおいて他に例が無い。男性の立入は日常の参拝すら制限され、それ故宮の内部において働く者は、巫女や祭主はもちろん、小間使いから稚児に至るまで、徹底的に女であったという。神社を取り仕切る久世の一族にも、どういう理由か男が一人もいなかった。
 男はどうしてもその力が必要な時、具体的には血を残す時なのだが、そういう時に限り外部から特別に招かれるのだそうで、それ以外に男子が久世の領域に入る術は無い。
 柏木秋人の記録はますます奇跡的である。
 女だけを集めるというこの風習は、女性に宿る神秘的な能力を純粋化しようとした結果だろう、と考察されているが真相は定かではない。

 久世ノ宮は分類上、神社ということになっているが、しかし特定の名のある神を祀る神社ではない。
 久世ノ宮は柊を納める神社であるという。
 柊は語源を「ひいらぐ」といい、その意味するところは、尖った形の葉が人に与える痛みを指す。つまり柊を納めるとは、柊に象徴される「痛み」納めることであり、元々、他界と日常とを区別する、要は生と死の境目であるという意識の強かった久世ノ宮においては、特に「死別の悲しみを和らげる」ことに特化した。
 これは多少なりとも、全ての信仰に共通する具体的な効能の一つだが、それを半ば専門に行うというのは他に例が無く、既に神社の存在が失われた現代にあっても、特異な民間信仰の筆頭として久世ノ宮が数えられる原因はここにある。

 ただし、「柊を納める」とは具体的にどのような行動を指すのか、久世ノ宮はそれをどのような方法で受け入れたのか、詳細は全くの謎である。宗教的、呪術的な「何か」が行われていたのは間違いないのだが、如何せん、それを調べようにも記録が無い。柏木秋人は結局、久世ノ宮の内部までには立入を許されなかったというし(久世家の屋敷には招かれたらしい)、神社どころか近隣の集落まで解散してしまった今となっては、最早その謎を解き明かすことは永久に叶わない。
 秘密主義を掲げた久世ノ宮は、秘密を抱えたまま姿を消してしまったのである。その消えた理由というのもはっきりしない。一説には火事、一説には地震、一説には神隠しであるという。
 何にせよ、永きに渡り人々の信仰を集めた久世ノ宮は完全に、完璧に、一分の隙も無く失われた。

 一体、何が起こったのだろう。

 一つ興味深い話がある。
 柏木秋人は久世ノ宮周辺地域に伝わる子守唄に関する研究を「唄ト伝説」と題して雑誌に発表している。そのおよそ二十年後、とある民俗学者が彼の研究に興味を持ち、実際に舞台となった山間の集落にまで出向いたことがあった。しかし子守唄を伝える集落は既に解体された後であり、抜け殻のような町並みを前に学者は気を落としつつも、もののついでと久世ノ宮まで足を運んだ。
 そこで学者が見たのは、山中におよそ似つかわしくない、見上げるほど大きな屋敷と、それを囲む堅牢な門、そして何処までも伸びる壁であった。
 学者は首をかしげた。
 柏木秋人は久世ノ宮を「小さな社」と称している。しかし今自分の目の前にあるこれは、どう贔屓目に見ても小さくは無い。そもそも社ではない。まるで砦だ。白い漆喰の壁には染み一つ無く、つい数年前に建てられたかのような印象を受ける。だが、解体され人が減っていく一方であった集落において、このような建物を新築する理由が解らない。
 もしや、集落とは別に神社だけはここに留まって存続しているのかもしれないと思い付いた学者は、詳しい話を聴こうと屋敷の門を叩いた。
 どれだけ待っても反応は返ってこなかった。門は内側から閂が掛けられているのか一寸たりとも動かず、かといって壁を登って侵入することも出来ず、結局学者はその場を後にする他なかった。

 つまり柏木秋人が久世ノ宮を訪れてから、学者が再び訪れるまでの二十年の間に、神社が全く別の建物に変わっていたのである。
 この学者が見たと言う大きな屋敷も今では見ることが出来ない。だが現在久世ノ宮跡地に残る建物の痕跡は、この学者の見た屋敷の跡であるといわれている。
 それでは、神社はどうしたのだろう?
 残念ながら我々は何も知ることが出来ない。
 ただ一つ言えることは、柏木秋人の見た久世ノ宮は確実に失われているのである。



  


 博麗霊夢は毎朝六時に眼を覚ます。
 別に早寝早起きを心掛けているわけではない。早朝から神社の勤めがあるのでもない。ただ、自然に目が覚めてしまうだけだ。たとえ前日に酒を浴びるほど飲んでいたとしても、その酔いを残す事無くかっきり六時に眼を覚ます。まるでプログラムされたかのような精緻な体内時計を持っているのだ。ただ、そこから二度寝することも多いので、寝坊しないということではないのだが。
 季節は秋。日の出も大分遅くなった。博麗神社は高台にあるので、里よりも僅かに早く朝日を拝むのだが、それでも未だ神社の周辺は暗い。眠っていても誰も文句は言わない時刻だ。
 しかし今朝の霊夢は二度寝をしなかった。空気の中に幽かな冷たさを感じて、眼が冴えたのだ。
 上体を起こし、そのまま体を折りたたむように伸びをして、布団から決別するように抜け出す。板戸を開けると、外には一面に霜が降りていた。今秋初めての霜。初霜だ。
 霊夢は特に感動を覚えるでもなく、機械的に戸を閉めた。

 冷たい水で顔を洗うと、紅白で固めた独特の巫女装束に袖を通す。巫女装束といっても緋袴ではなくスカートだし、袖を通すといっても袖は独立している。一見して巫女装束には見えないのだが、霊夢にとってこれは普通である。里人にとっても普通だ。何も問題は無い。それどころか、固体識別という点でこの衣装は大変優れている。非常に目立つ故、ただそれだけで彼女の存在を語ってくれるし、周りから見ても認識しやすくて便利だ。制服からその人の職業を推測できるのと同じで、人々にとって巫女といえばこの格好だし、霊夢といえばこの格好だ。
 仮に霊夢が里人と同じように普通の着物に身を包んでいれば、人々の記憶にこれほど強烈に霊夢という存在は残らなかったかもしれない。制作者はそこまで考えてこの衣装をあつらえたのだろう。
 もちろん、霊夢はそんな細かいことを考えていない。単に服を選ぶのが面倒だからこの格好をしているに過ぎない。

 髪をくしけずると頭の後ろで束ねる。紅いリボンが艶やかな黒髪に映える。霊夢は密かにこの髪を自慢に思っている。古来より、美しい髪には強い霊力が宿るというが、それが事実ならば、なるほど霊夢の髪は美しいのだろう。彼女は溢れる霊気と、それを御するだけの破格の才能をもって生まれ出でた。幻想郷全土を覆う大結界の維持を目的とした博麗神社と、結界内で起こる異変の解決を主な役とする博麗の巫女を若くして受け継いだことがその証明となっている。
 もちろん、霊夢はそんな細かいことを考えていない。自身の才能がどれ程のものかなんて興味は無い。

 身支度を済ませた後、水を汲もうと表に出ると、霊夢の眼に奇妙なものが留まった。
 鳥居の真下に人が倒れている。近寄ってみると子供だ。女の子がうつ伏せに倒れている。身長は低い。見た感じ、年齢は十くらいだろうか。黒い髪を首筋が隠れる程度の長さに揃えていて、石畳に張り付いたまま死んだように動かない。
「死んでる?」
 屈みこみ肩を揺すってみたが反応は無い。本当に死んでいるのかと思い首筋に指を当てて脈を計る。拍動は返ってきたので死んではいないらしい。しかし、体温が低い。
「どこの子だか知らないけれど、そこで寝てたら邪魔よ。それに風邪をひくわ」
 呼びかけながら、先程よりも強く揺すぶる。目覚める気配はまるで無い。
 さて、どうしたものか。
 霜に足跡が無いのを見ると、この少女は数時間前からこうして倒れていたらしい。なるほど体も冷えるはずだ。とりあえず神社の中まで抱えていこうと、少女の体を仰向けに返した時、霊夢は思わず眉をひそめた。
 少女の着物の前面には血がべっとりと付いていたのだ。

 先程まで自分が寝ていた布団に少女の体を横たえると、霊夢は彼女の着物を剥がして、その体を転がしながら隅々まで点検した。外傷はどこにも無い。血を吐いたわけでもなさそうだ。とすると、この血は一体誰のものなのか。着物は後で洗濯することにして、少女には代わりに自分の夜着を着せると、そのまま丁寧に寝かしつけた。
(これだけ動かしても目覚めてこないってのは、ちょっと妙ね)
 硬く瞼を閉じた少女の顔を眺めながら霊夢は懸念する。場合によっては医家の手にかかる必要があるかもしれない。今は様子を見ていてもいいが、日が高くなっても目覚めなかったら竹林まで飛ぶことにしよう。その帰りにでも人里へ寄って、行方の知れない子供が出たか確認してもらおう。しかし、確認が取れるだろうか? そもそもこれは里の子供だろうか?

 というのも、この少女には霊夢の眼から見て奇妙な点が二つある。
 まずは少女の纏っていた服装、これは巫女装束である。霊夢が着ているような奇抜なデザインではない、通常我々が巫女と聞いて思い浮かべるような、ごく普遍的な巫女装束である。
 もちろん、一般人は巫女装束など着用しない。当然だ。巫女装束は巫女専用の服であり、それ以外の者が迂闊に着用するのを許さない。服装は職業を特定する。少女がこの衣装に身を包んでいるのなら、単純に考えて彼女は神職に関係する人物であろう。だが、幻想郷において神職に就く者は恐ろしく限られるのである。というか二名しかいない。霊夢ともう一人、山の神社に仕える巫女、東風谷早苗がいるだけだ。
(早苗のところで小間使いでも雇ったのかしら?)
 そう思ったのは単純な連想である。少女の袴の色が緋ではなく青だったからだ。
 通常、神官の袴の色は階級によって分けられるのだが、幻想郷においては少々勝手が違う。山の守矢神社と博麗神社は、偶然なのか意識的なのか、幻想郷という狭い土地の中で円滑に住み分けるために、それぞれ方針を違えている。その一つとして神社が掲げる色の違いが挙げられ、博麗神社が赤、守矢神社が青である。事実、守矢神社の巫女装束は青い。
 しかし、色の一致だけで同じものとみなすのは少し短絡的過ぎるかもしれない。山に新入りを迎えた等という話は聞こえていないし、少女の衣装は守矢神社のそれともまた違うのだ。

 この時点で霊夢は、少女が幻想郷の外から流れてきた異邦人である可能性を想定している。
 幻想郷を覆う博麗大結界は、あくまで結界であり物理的な障壁ではないため、外の世界から弾かれるようにして、人間や物が紛れ込むことがある。
 この少女も、そういったマレビトの類だろうか。
 まあいい。目が覚めた本人から話を聴けば解ることだ。

 もう一つの奇妙な点は、今霊夢の手の中にある、石で出来た杭だ。
 これは少女を仰向けにした時、左手に握り締めているのを発見した、この少女の唯一の持ち物だ。長さは約五寸、三角柱の形で先端は鋭く尖り、側面にはなにやら青く文様が刻まれている。
 いかにも曰くありげなアイテムだ。これは一体何だろう。少女とはどのような関係にあるのだろう。
 まあいい。何も知らない内からあれこれと考えるのは面倒だ。
 霊夢は杭を袂に仕舞うと、少女をその場に残して、自分は朝食の準備をするために部屋を後にした。

 慣れた手つきで包丁を振るいながら、先日魔法の森に住む友人が置いていった螺旋階段みたいなキノコを味噌汁に加えていいものかどうか迷っていると、少女を寝かしていた部屋の方からガタガタと物音が聞こえた。調理の手を止めて覗きに行くと、眼を覚ました少女が布団から抜け出して、板戸を開け放ち、外を眺めたまま愕然として固まっていた。
 思いのほか早い目覚めに何はともあれ安堵する。少女に近づくと、真横まで来てようやく霊夢の存在に気が付いたように、はっとして顔を見上げてきた。
 仮に少女が博麗神社に用があって現れた存在なら、巫女の自分を見て挨拶の一つでもするだろうと少し待ってみたのだが、それらしい言葉は終に聞こえなかった。少女は口を開いたり閉じたり、喋れないのか、それとも上手く言葉が出てこないのか、口下手というよりは、見知らぬ場所で目覚め、見知らぬ人を前にして、一時的に思考が麻痺している、といった方が正しいだろう。
 堪りかねた霊夢が声をかけた。
「おはよう。よく寝てたわね。それであなたは何処の誰?」
「……」
「聞こえてる?」
「……あ、あの……」
「ん?」
「……雪は?」
 話が噛み合わない。
(混乱してるのかしら)
 素直にそう思った。無理もないかもしれない。体は冷え切っていたし、目覚めた直後なのだ。自分だって、起きてすぐは頭が働かない。
「まだ季節じゃないわ。もう少し先よ」
「え?」
「そんな意外そうな顔しないでよ。いい、今度は私の質問に答えてくれる? 『博麗神社』という名前に聞き覚えは?」
「はくれい……?」
「じゃあ『幻想郷』は知ってる? 知らない?」
「……知りません」
「最近頭ぶつけたりした?」
「いいえ……」
「あなた人間?」
「……人間ですけれど?」
 霊夢の頭の中で予想が確信に変わる。幻想郷も博麗神社も知らぬ人間、即ちこの少女は結界の外の者だ。
「あの……本当に雪は」
「降ってないわ」
 遮るようにぴしゃりと答える。見れば解るだろうに、自分の目の前に広がる光景が余程信じられないらしい。どうやら少女にとって雪が無いのは大異変のようだ。彼女の住んでいた地域では既に雪が降っていたということだろうか。随分と早い。北国だろうか。
 まあいい。どこから来ようとさして興味も無い。
「説明してあげる。ここはあなたのいた世界じゃないの。幻想郷っていう、結界で隔離された土地よ。ここでは人間の他に、神様とか妖怪なんかも住んでる。あなたはどういう訳か結界を越えて、外の世界からこちら側に来ちゃったの。で、今いるこの建物が博麗神社。私は巫女の博麗霊夢。あなたは?」
「……え?……ええと、あの……え?」
「……まあ、混乱するわよね。いいわ。後でまたゆっくりと説明してあげる。あなたの事もその時に聞かせて。それより、お腹空かない? 私まだ朝ごはん食べて無いのよね」

 強引に少女を誘って、二人で朝の食卓を囲んだ。霊夢は一人で食事をとるのも好きだが、誰かと食事を共にするのも結構好きだ。特に朝食の席に自分以外の人がいるというのは随分と久し振りであったから、霊夢は内心面白かったのだけれど、反面、少女は始終、借りてきた猫のように大人しかった。恐縮しているというか、純粋に居辛そうだ。突然知りもしない相手の食卓に招かれてはそうもなろうか。
 それにしても、少女は見ていて感心するくらい行儀が良かった。動作の一つ一つが自然で、かつ優雅といっていい程に手馴れていた。付け焼刃ではこうはならない。どうやら礼儀や作法の類は、一通り叩き込まれているらしい。自分が少女くらいの歳には、まだ箸で食材を突き刺したりも平気でしていたことを霊夢は思い出した。

 一言の会話も無い静かな食事が終わると、少女は霊夢に礼を言った。
「ご馳走様でした」
「はい、お粗末様」
「美味しかったです。特にお味噌汁が。あのキノコは初めて食べる味でした。この辺りで採れるんですか?」
「森で採れるんじゃないかしら。そうね。口の中で炸裂するキノコなんて私も初めて食べたわ」
「料理がお上手なんですね」
「そうかしら。普通よ。巫女なんて普段は家政婦みたいなものじゃない。あなただってそうでしょう?」
「ええと、まあ、確かに」
 少女が微笑んだ。霊夢もつられて微笑む。その微笑みの裏で霊夢は少なからず驚いている。
 何だこの丁寧な受け答えは? まるで子供と話しているという感じがしない。微笑みにしたってそうだ。あの笑みの浮かべ方は少女にはまだ十年早い。
「霊夢様」
 慣れない呼ばれ方で追撃された。思わず目が点になるが、少女は至極真面目に続ける。
「あの、さっきのお話なんですが、ここは……」
「幻想郷の博麗神社よ」
「その『幻想郷』は久世の御宮とはどのくらい離れているんですか?」
「……えっとねえ」
 聞き覚えの無い単語が出てきた。
 『くぜのおみや』?
 少女が勤めていた神社のことだろうか。もちろん知らない。聞いた事も無い。まして距離なんて解るわけが無い。
 少女はどうやら幻想郷を、近隣の村か、せいぜい山一つ向こうの集落程度に考えているようだ。まずはその認識を正しておかねばなるまい。
「多分、あなたが想像しているよりもずっと遠いわ。まず、幻想郷っていうのは、集落じゃなくて土地の名前なの。あなた、結界って解る?」
「はい」
「この場所には巨大な結界が張ってあって、それで集落っていうか、周りの自然を丸ごと囲っているの。その結界の内側を私達は幻想郷と呼んでる。外側はそのまま外の世界とか外界とか言うわ。博麗神社は幻想郷、あなたのいた所は外の世界、とこうなるわけ。それでね、幻想郷はその結界のおかげで、外の世界とは交流が絶えて久しいの。だから私は、あなたの言った、その、『久世の御宮』だっけ? それが何処にあるのか知らないし、というか外から見て、幻想郷が世界のどの辺にあるのかも知らない。ひょっとすると、ここから久世の御宮までは歩いて行ける距離かもしれないし、逆に一生辿り着けないくらい遠くかもしれない」
「一生って……でも、もしそんなに離れているなら、どうして私はここにいるんですか?」
「その質問そのまま返すわ。あなたどうやって博麗神社まで来たの? あなたは、その、久世の御宮の巫女さんでしょう? どういう神社かは知らないけど、結界ってそう易々と越えられるもんじゃないってのは知ってるわよね? 幻想郷に張ってある博麗大結界も、ちょっと普通じゃ無いんだけれど、それをあなたどうしたのよ? まさか歩いて抜けたとか言わないわよね?」
「……それが、自分でもさっぱり……」
 と言いかけた少女が、突然何かに気が付いたように顔色を悪くした。
「ご、ごめんなさい! 勝手に結界を越えたりして……知らなかったんです。大変ですよね、そんなことしたら……本当にごめんなさい!」
 霊夢を置いてけぼりにして、少女はまるで霊夢の返答次第で自分の運命が左右されるかのような、ひどく不安げな表情で頭を下げた。なるほど、少女は結界の意味を知っている。なればこそ、余計に罪を重く感じるのだろうか。
 しかし、これ程真剣に謝られても困る。霊夢の知り合いには自分から素直に謝るような奴などいないのだ。ちょっと焦る。
「いいわよ別に。結界を抜けてくること自体は特に罪でもないし」
「でも」
「あーもーうるさいわね。私がいいって言ってるんだからいいのよ。あなたも自分から好き好んでここに来たわけじゃないんでしょ? 移動した記憶が無いなら、多分、神隠しにでもあったのよ。よく知らないけれど、外の世界で神隠しに遭うと幻想郷に来ちゃうらしいから」
「神隠し……」
「そう。だから距離なんてどうでもいいのよ。とりあえずは、あなたが幻想郷に来てしまったという事実。心細いでしょうけれど、ま、帰る手段が無いってわけじゃないから安心して。けど、今すぐ帰れるってわけでもないから。最低でも一週間は帰れないのを覚悟してね。私も色々あるから」
「そうですか……」
「ショック?」
「『しょっく』?」
「ああ、すぐに帰れなくて辛いかってこと」
 少女は俯いてしばらく考え込んだ後、答えた。
「……いえ、御宮とは離れた所なんだろうなっていうのは何となく解ってましたから」
「雪が無いから?」
「あ、はい。御宮には雪が積もっていたので」
「へえ。まだ十一月だってのに随分早いのね」
「十一月?」
「そうよ」
 いきなり少女が飛び跳ねるような勢いで霊夢に迫った。
「すみません、今日は明治何年の何月何日ですか?」
「明治? ……ああ、明治って外の元号ね? 知らないわ、そんなの。幻想郷では外の世界とは別の暦を使ってるから」
「え? そうなんですか?」
「そうよ。あれじゃない? あなた達の暦と多少ズレがあるんじゃないの?」
「ああ、そうですよね。びっくりした。一年近く眠っていたのかと思いました」
 そう言って、申し訳無さそうに笑みを浮かべた。

 話に区切りが付いたので、霊夢は二人分のお茶を淹れて縁側に席を移した。
 霊夢は普段、仕事の無い時間は大抵この場所にいる。視界を遮るものが無く、博麗神社は高台にあるため、ここからは幻想郷のおおよそ全景を展望することが出来る。だが、霊夢はもっぱら空を眺めることの方が多い。雲の形を見ているだけで二時間は過ごせるし、お茶があれば五時間は堅い。縁側は霊夢のお気に入りスポットの一つなのだ。
「そういえばあなたの服、汚れてたから勝手に着替えさせちゃった。今着てるやつは私のだけど我慢してね」
「いえそんな、ありがとうございます。すみません、何から何まで」
 縁側に並んで腰掛けながら、ぼつぼつと話をした。というよりも霊夢が一方的に話しかけ、少女がそれに答えた。人見知りするのか、少女はほとんど自分からものを言わない。そのうえ対応は丁寧なのだから何となくやりづらい。実は自分よりも年上だ、と言われても、場合によっては信じてしまうかもしれない。
 まあいい。見た目と中身が一致しない奴なんて大勢いる。
「血がべったり付いてたのよ。だから最初、死んでるのかと思ったわ。妖怪にでも襲われたの?」
「……私にも、何が何だか……」

 嘘だ。
 霊夢の直感が告げる。彼女は今嘘を吐いた。
 追及してみようか?
 いや、今はよそう。出会ったばかりの相手に訊かれて正直に答えるようならば、そもそも嘘は吐かない。
 考える霊夢の顔を少女が見ているのに気が付いて、そういえば、と霊夢は袂に仕舞っておいた石の杭を取り出した。
「はい、これ。返すわ」
 と、少女に手渡そうとした瞬間、少女はそれを霊夢の手ごと払いのけた。

 空気が一変した。
 弾かれた杭は何度か跳ねた後カラカラと音を立てて縁側を転がり、そのまま足を踏み外して地面に落ちた。
 完全に不意を突かれた。あっけにとられ沈黙していた霊夢は、杭と地面がぶつかる乾いた音を皮切に気を取り戻し、思わず怒鳴りつけようと少女に向き直った。
 そして、その顔を見て一気に冷静を取り戻した。少女の顔から血の気の一切が消えていた。肌の色は青を通り越して灰色に近く、何か取り返しのつかない事をしてしまったかのような、怯えきった表情で全身が凍り、次の瞬間ガタガタと激しく震え始めた。
 とっさに霊夢は少女の手を取り、とにかく穏やかな声で宥めた。
「大丈夫? 気持ち悪い?」
「……捨てて下さい」
 潰れた肺で叫ぶような声だった。
「いいの? 倒れてた時にあなたが持っていた物だから、きっと大切な物なんだろうなって思ったんだけど」
「……知りません……捨てて下さい……捨てて下さい……」
 これ以上話をするのは無理だと悟った。震えが止まらない。呼吸も随分速い。気を失って倒れるか、さっき食べたものを吐くかもしれない。
 地面の上に転がる杭が、異様な存在感を持って霊夢の視界に飛び込んだ。少女の目には入らないように、慎重に顔の向きを調整した。

 この杭はいったい何だ?

(霖之助さんに見せたら何か解るかしら?)
 少女が落ち着いたら、香霖堂に行ってみよう。
 少女の体を抱きながら、霊夢はこの小さな体から、何か恐ろしい気配のようなものを感じた。こんな状態になりながら、それでもまだ何かを押し殺しているように見えたからだ。



  


 幻想郷のほぼ中心部、魔法の森から人里へ向けた外れの位置に、古道具屋香霖堂は建っている。
 幻想郷にあって唯一、外の世界の製品をも取り扱うという物珍しい店なのだが、物珍し過ぎて客が訪れない。
 第一、立地が悪い。普通に考えて最大の市場となるであろう人里から、わざわざ距離をとっている。第二に売っている物が悪い。日常生活ではまず役に立たない物ばかりが店頭に並べられ、役に立つ物は非売品とされてしまう。そして店主が悪い。いや、悪いというのではない。変な人だ。正確には人でもない。半人半妖だ。
 見た目はせいぜい二十歳でありながら、老人のような銀色の髪を持ち、それに対を成すような金色の瞳を眼鏡の奥に宿し、子供のような情熱と好奇心を裡に秘めながら、しかし老人のような態度でそれを表現する男。
 彼こそが香霖堂の主、森近霖之助である。
 普段は客のいない香霖堂で、一人読書に耽るのが彼の日課だが、今日は店内に彼以外の人影があった。
「霖之助さん。ちょっと見てもらいたい物があるんだけど」
 霊夢が奇妙な石の杭を持って現れた。

 霖之助と霊夢は顔馴染みだ。というのも、霊夢が香霖堂をよく利用するからだ。ただし客としてではない。文字通り、彼女は香霖堂を「利用」するのである。
 巫女に必要な道具の製作、服の補修及び新調とデザイン、茶葉の調達等々、それら全てを霖之助に丸ごと委託している。店の商品を勝手に持っていくこともある。しかも代金は払わない。本人はツケだと言っているが、半分くらいは既に忘れている。極悪である。
 しかしそれでいて、霖之助は霊夢の良き理解者である。
 一つに、彼は博麗の巫女という役職の過酷さと重要性を知っていること。そして、博麗の巫女を取り去った後に残る霊夢という一人の少女の大切さを知っているからだ。
 それは決して男女の関係ではなく、いうなれば父親が娘を見るような感情に近い。そう考えれば霊夢の乱暴な振る舞いも彼女なりの甘えなのだ。
 ところで、霖之助がしっかりとツケの総額を記録し、日々更新していることを霊夢は知らない。

「なんだい? それ」
「それが解らないから来てるのよ。なんか、外の世界の物らしいんだけれど」
 霖之助はカウンター越しに手を伸ばして、霊夢からその杭を受け取った。
「どこでこんな物を?」
「今、ちょっと外から来た女の子を保護しててね。その子が持ってたの」
「へえ」
「で、何それ?」
「『儀礼用の杭』だね。用途もそのまま。『儀式に使う』」
 顔の前で杭を回転させながらそう答えた。
 霖之助がこうして霊夢の問いに即座に答えられるのは、事前に知識があったためではなく、彼の持つ特殊な能力のためだ。霖之助はどんな未知のアイテムでも正確な名称と用途を知ることが出来る。ただし使い方は解らない。そのため使いこなそうと思ったら結局は自分で調べる必要があるのだが、何を隠そう、霖之助はこの自分で考えるというプロセスが大好きだ。名称、用途、形状から各種文献資料、体験的な知識などを総動員して想像を働かせ、一度思考の海に沈むとなかなか浮かんでこない。その一人虚空を眺めてぶつぶつと呟く様子が、変人らしさの演出に一枚噛んでいることに霖之助は気付いていない。
「何よそれ? 儀式って何の儀式?」
 鑑定を聞いた霊夢が不満げに言った。彼女はもっと具体的な内容を求めていたのだ。
「それは、その子に直接訊いた方が早いんじゃないかい?」
「うーん、それが、ちょっと訊けるような感じじゃないのよね」
「そうか。じゃあ僕の方で色々と調べてみようか? これ貰ってもいい?」
「本当? さすが霖之助さん! でもあげるのは駄目。貸すのならいいわ。それじゃあ、何か解ったら神社まで来て報告して」
「それは嫌だ」
「解ったわよ。またそのうち来るから、その時に何か聞かせてね」
「ああ」
 霖之助からいつも通りの素っ気無い返事をもらって、神社に一人残してきた少女のために帰路を急ごうかと店の出入口に手を掛けた霊夢だったが、ふと頭の中に沸き起こった疑問に、くるりと体を返した。
「ねえ、霖之助さん。今年って明治何年?」
「は?」
 霖之助が霊夢の顔を見て困惑したように答えた。
「霊夢、明治っていうのは博麗大結界が出来る前から外で使われていた元号だ。もう百年以上昔の話だよ。外から流れてきた本なんかをみると、確かその後三回改元していて、今は、えっと、平成とか言ったかな? ともかく、明治何年、なんて数え方はとっくに使われていないんだ。だから、えーっと、無理やり直すと……」
「ちょっと待って。使われて無いの?」
 霊夢が念を押した。
「無いよ?」
「……ありがとう。じゃ、私帰るわ。その杭、お願いね」
 霊夢は急ぎ足で、今度は止まる事無く扉を開けて店から出て行った。

 霊夢の姿が消え、扉に付いているベルの音も止んでしまうと、店の中は急に冷え冷えと色を失くしたように静まり返る。
 しばらくして、溜息が一つ宙に吸い込まれて消えた。
 霖之助は石の杭を目の高さに持ち上げ、そのまま蛇のようにじっと睨む。
 実は彼の目には、先程霊夢に伝えたのとは別の情報が映っている。

 名称『刺青木シセイギ』、用途は『巫女を穿つ』こと。

 意味は解らない。しかし、巫女である霊夢がこれを持っているのは危ない。
(何とかしなければ……)
 そう思う霖之助の手の中で、杭は青灰色の鈍い反射を続けていた。




続く
くおんにねむる | 【2011-11-03(Thu) 00:00:00】 | Trackback:(0) | Comments:(1)
コメント

まさかの刺青の聲と東方のクロスと見て、
どちらも大ファン(特に刺青の聲はシリーズでも一番好きでよくやりました)であるため、
眠いと思っていたのについ一気に読み進めてしまいました…
謎の少女、杭のことなど気になる点は様々ですが、
それらも含め次回の展開がとても楽しみです
陰ながら応援させて頂きたいと思っています。頑張ってくださいOTL
2011-11-11 金 05:04:24 | URL | #- [ 編集]
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