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あめふら

Author:あめふら
二次創作のお話を書いたり、書かなかったり。
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pixivで描いた漫画をまとめました。


『OVERCOLL2』 とらのあな
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『レジンフィギュア・物部ハト』

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吸血鬼と大彗星の魔法使い 第十三章
第十二章の続きです。未読の方は先に第十二章をお読み下さい。


 ここはどこだろう?
 綺麗なところだ。見渡す限りどこまでも暗くて、満点の星空が足元にまで広がっている。宇宙の中に投げ出されたみたいだ。まるで水に包まれているみたいに心地がいい。眼を閉じたら何年だって眠れそう。思い切り手足を伸ばしてみたら、きっと気持ちいいだろう。試しに指先を動かしてみたら、末端からすりつぶされるようにして崩れていった。よく解らないけれど、体は動かさない方がいいみたい。
 それにしても綺麗だ。これほど綺麗な星空は、きっと今までに見た事が無い。けれど思い返せば、それほど真剣に星空を眺めたという記憶も無い。いうなれば私は、今、初めて星空を眺めたのだ。今までも、そしてこれからも、星空はそこにあったのに、どうして少しも見上げなかったのだろう。
 こんなに綺麗なのに。
 私は今まで何を見ていたんだろう。

 ああそうか。私は負けたのか。
 不思議と心は穏やかだった。怒りが一周して、もうどうでも良くなったのかもしれない。よく解らない。感覚が無い。
 私もおしまいなんだろう。八つ当たりみたいに怒って、情けなく逆襲されて。こんな終わり方か。残念だけれど、それがどうでもよくなるくらい、星がきれい。
 人は死んだらお星さまになるんだよって、昔聞かされたことがある。もしそれが真実だとしたら、死者はきっと幸福だと思う。指一本動かせないけれど、何も不便は無い。ただ流されるように漂うのが、たまらなく楽だ。

 わたし一人ばっかり、いつだって楽だ。
 マルクの言った通りだ。力というのが単に戦闘能力の高さをいうのであれば、私は間違いない、最弱の吸血鬼だ。実の妹にすら勝てない。一秒も経たずに私は死ぬと思う。でも、べつにそれでいい。
 不出来な私は、その代わりに楽をして生きてきた。水の中の淀みを知らない、湖面の白鳥のように生きてきた。

 始まりは何だっただろうか。
 四百九十五年前だ。フランが生まれて、私がお姉さんになって何年か経った後だ。
 フランは最初から天才だった。吸血鬼として申し分無い力と、恐怖の対象となるのには必須の、無邪気な残酷性を併せ持っていた。私が虫一匹殺せない間に、フランは猫を殺していた。私がやっと猫を殺したとき、フランは人を殺していた。
 両親の喜び方は例えようも無かった。吸血鬼としてはあり得ないくらい貧弱に生まれた私の次に、私の力を補って余るほどの子が生まれたのだ。
 だからといって、別に親から白い眼で見られていた訳では無い。私の方も特別、力など無くて構わないと思っていた。たとえ歩く災害のような絶大な暴力があったとして、それでどうするんだろう? 毎日、生きていくのに足りるだけの血が貰えるのであればそれでいいじゃないか。その程度の力でいいじゃないか。だから進んで戦いに赴こうとはしなかったし、狩りにもほとんど出なかった。弱い私は微量の血で十分足りた。私はそれでよかった。ただ、家族で仲良く暮らしていければ、それでよかった。
 両親はそんな私の考え方を心配していたのだと思う。だからこそ、姉の非力を補える妹が出来て喜んだのだ。二人合わせて、ようやく一人前のような気がしたのだ。
 けれど私は、力の釣り合いを取るためだけに、フランと一緒にされるのが嫌だった。そんなものどうでもよかった。力があるからフランと共にいるのではなくて、家族だから、妹だからという理由で彼女と一緒にいたかった。
 だから、私はフランに対して、僻んだ気持ちを持ったことは一度も無い。少なくとも力に関してはそうだ。むしろ優れた妹を持って、誇らしく感じていたのだ。

 でも、私だって子供だった。
 私は手間のかからない子と言われた。けれどフランはそうではなかった。しょっちゅう泣いて、暴れて、我儘を言った。だからフランが生まれてから、両親はフランの世話にかかりっきりになって、私は二の次にされることが多くなった。
 別に珍しいことでも無い。どの世界のどの兄弟姉妹の中でも、普遍的に起こる現象だと思う。それが解っていたから、私も何も言わなかった。お姉ちゃんは我慢するのが当たり前だ。だから苦ではなかったし、両親の手を煩わせるようなこともしなかった。
 両親はますますフランに傾倒するようになった。それは手間のかからない私を信頼してくれていた証でもあると思う。私はそれが誇らしかった。放っておかれることで逆に、一人前の淑女として扱われているような錯覚を覚えた。私はますます大人しくなった。
 それでも、本当に何も思わなかったかと言えば嘘になる。私だって子供だった。何の理由も無しに、人の肌を求めるように、甘えたくなることもあった。
 けれど、私はそれを訴えることが出来なかった。姉として自分を律する気持ちが全てに優先した。自然に母に抱きつけるフランを羨ましく思った。
 そしてある日、私はとうとう呟いたのだ。
「いいなあ、フランは」
 自己弁護するつもりは無いが、この呟きに何の罪があろう? 兄なら、姉なら、必ず一度は思ったことがあるはずだ。自分を差し置いて両親の愛情を独占しているかのように見える弟妹に、嫉妬でも怒りでも無く、ただ純粋な羨望を抱いたことがあるはずだ。それを口に出したところで何を責められるだろう。しかも私は周到にも、誰に言うでもなく、誰にも聞かれないようにこっそりと口に出したのだ。ただそれだけだ。ほとんど無意識の行動だった。
 けれど言葉にしてみたら不思議と心が落ち着いたので、それ以来私は寂しくなったとき、口の中で小さく呟いて、それで満足するようになった。妹の為に自分の欲求を抑えている感覚が、ますます私を姉と自覚させた。いつしか私は、フランのことを考えず、ただ姉という立場に酔うようになった。

 あるときから、フランが食卓に姿を見せなくなった。
 両親に訊ねると、フランは気が触れてしまったから、これからは別々に過ごすのだという。
 子供だった私はその話を信じた。気が触れてしまったなら仕方がないと思った。別にフランは死んだわけではないのだし、フランが見えていなくても、私が姉であることに変わりは無い。
 結局、フランはそのまま戻ってこなかった。私は手を持て余した両親から、結果的にたっぷりと愛情を注がれて育った。私は姉という立場を保ったまま、フランなど初めからいなかったかのように、自然に親に甘えられるようになった。

 こんなこともあった。
 勉強の合間に読んだ絵本に、とても可愛らしい鹿のぬいぐるみが出てきて、私はすっかり心を奪われてしまった。けれど、ぬいぐるみが欲しいなんて、いかにも小さな女の子のようで嫌だったから、私はそれを口に出さず、ただ心の中でじっと思い続けていた。
 するとその晩、父が攫ってきた少女が、たまたま同じような鹿のぬいぐるみを持っていた。
 少女が適当に料理された後、残ったぬいぐるみは結果的に私へとプレゼントされた。

 こんなこともあった。
 ある暑い夏の日、あまりの寝苦しさにいっその事雪でも降ればいいなと思っていた。
 すると突如隣国の火山が爆発して近隣に異常気象を誘発した。私の住んでいた地域もその煽りを受けて、結果的に夏にも関わらず屋敷が雪で飾られた。

 こんなこともあった。
 欲しいと思っていた服が、父への貢物の中に偶然紛れていて、結果的に私が貰い受けた。
 読みたかった本が手違いで配達され、結果的に手に入った。
 家の周りを根城にしていた鴉をうるさく感じていたら、鳥たちの間で伝染病が流行って近隣の鳥が丸ごと死滅し、結果的に鴉もいなくなった。
 母のグラスを割ってしまったとき、直後に地震が起きて食器棚ごと倒れ、結果的に咎められなかった。
 甘いものを沢山食べてみたいと思っていたら、国が植民地政策を推し進めて砂糖が大量生産され、結果的にお菓子を沢山食べられるようになった。
 日を眩しく思えば日食が起きた。チェスをすればいつも私が勝った。嫌な奴だなと思った人間が次の瞬間に落馬して死んだ。もう一度会いたいと思った人間が餌として家に連れてこられた。嫌いな野菜が冷害で全滅した。退屈を覚えたら戦争が起きた。

 そんなことを繰り返すうちに、私もようやくおかしいと思い始めた。
 出来すぎている。欲しいと思ったものが、過程はどうあれ、結果的に全て与えられている。
 戯れに、道行く人に「転べ」と念じたら、油を積んだ馬車が横転して、通りを歩いていた人間全てが転んだ。
 魚に向けて「飛べ」と念じたら、ペリカンがやってきて魚を咥えて飛んで行った。
 地面に向けて「回れ」と念じたら、地動説が展開された。

 「結果」だ。私は結果を操れるのだ。神が人間に特定の運命を課すように、私も物事の結果を予め決めておけるのだ。私が望めばその相手は、もはや私が望んだ結果が訪れるように行動することしか出来ないのだ。これは支配者の能力だ。私は玉座に佇むだけで、何も言わずとも望んだものが手に入るのだ。それも相手が自主的に私の足元へと転がってくるのだ。
 私は暴力の代わりに、運命を操る能力を持っていた!
 何の力も無い不出来な吸血鬼だと自身思い込んでいた私は、思わぬ天の恩恵に舞い上がった。急に世界が広がった気がした。死んでいた肌に血が通うような気がした。
 私は弱い。けれど私は王になれる! 誰もが認める支配者になれる!
 自分でも気が付かなかった権力への憧れが爆発した。
 弱い私が! 不出来な私が! 最後には誰よりも上位に立つのだ! この屋敷だっていずれきっと、私の物になるのだ!

 翌日、両親が死んだ。
 結果的に私が家督を継ぎ、莫大な財産と屋敷を手に入れた。

 当主が挿げ変わったというのに、それも吸血鬼としては異常なほど脆弱な小娘だというのに、何の問題も起きなかった。全てが順風満帆だった。どんな困難も向こうから勝手に解決した。あまりにも順調だった。奇妙なほど何も無かった。怖いくらい何も無かった。
 気が付くと私は才女と呼ばれていた。何もしていないのに。何の苦労もしていないのに。結果だけが私についてくる。
 恐るべき吸血鬼と呼ばれていた。何もしていないのに。何の努力もしていないのに。結果だけが私についてくる。
 どうして誰もおかしいと思わないんだろう? 私はこんなに弱いのに。どうして誰も敵にならないのだろう? 簡単に潰せるのに。
 毎日、生きていくのに余るくらいの血がもたらされる。こんなにあったって仕方がないのに。一人では飲みきれないのに。
 次から次へ財産が転がってくる。こんなに持っていたって仕方がないのに。一人では使わないのに。
 大きな図書館を作ってみた。山ほどの本を仕入れてみた。こんなにあったって仕方がないのに。一人では読まないのに。
 館を紅く塗ってみた。意味なんてない。でも吸血鬼らしいと評価された。褒められたくてやったんじゃないのに。
 買い物をしようにも、買う前に向こうから転がり込んでくる。確かに欲しかったものだけれど、自分で手に入れたという実感が無い。
 何をやっても結果が付いてくる。私には何の手応えも無い。世界はなんて平淡なんだろう。まるで水の上を滑るみたいに歳月が流れた。結果的に今日まで、私は紅魔館の主としてあり続けている。

 五百年。長い年月だ。長い年月の筈だ。一年の五百倍だ。長くなければいけない。それなのに、思い返すと悲しいほど短い。
 私は一体、何をしてきたんだろう? 何もしていないのだ。何もしていないのに、何もしていないのに結果が付いてくる。
 あの広い館の中で、純粋に私が選んで設置した物はどのくらいあるだろう?
 図書館の噂を聞いて館を訪れた魔女は、本当に彼女の意思で館を訪れたのだろうか? 私は心のどこかで、素直に話し合える相手が欲しいと望まなかっただろうか? 彼女は本当に私の友になることを望んでいたのだろうか? それとも私が「友達」にしてしまったのだろうか?
 完全で瀟洒なメイドは私を心から慕ってくれている。本当に彼女の心だろうか? 私が彼女を「完全で瀟洒」にしてしまったのではないか?
 そう考えると不安で仕方が無かった。どこまでが自分で、どこからが能力だ? まさか、初めから全てが私の掌の上か? 支配者なんて実感はこれっぽっちも無かった。まるで暗い舞台の上で、客も共演者も無く、自分で書いたシナリオをただ機械的に消費しているみたいだ。
 違う、私は何もしていない。私は神じゃない。私は全能じゃない。私は何もしていない!
 けれど何もしていないなら、仮に私が私でなくとも事足りる。すると私はいる必要が無い。私はただのランドマークだ。単純な荷物の届け先だ。
 虚ろだった。寂しかった。満たされているのに心が空っぽだ。何不自由無いという、最上級の差別を受けているみたいだった。昼も夜も無い見渡す限りの砂漠に、たった一人で立っているような気持ちだった。これならまだ檻の中の方がいい。ここは広すぎて何も見えない。
 けれど私は王でありたかった。
 卑怯にも、何の苦労もせずに手に入れた権力の座を失いたくなかった。そうして知り合った数少ない人たちを失うのが怖かった。その人たちの心から私が消えるのが怖かった。例え今の地位が誰かから与えられたものでも、例え全てが自分の一人芝居だったとしても、それでも私は、紅魔館以外に居場所が無い。紅魔館の主という肩書を取ったら、私には何もない。本当に何もなくなってしまう。

 フランと喋りたかった。どんなことでもいい。普通の姉妹がするみたいに、ただ喋ってみたかった。
 彼女の四百九十五年を奪っておいて、今更虫がよすぎるとは思うけれど、私にはフランが必要だった。
 私が能力で呼び出したんじゃないと確実に言い切れる相手はフランしかいないのだ。血の繋がった相手は、フランしかいないのだ。私はあの子の姉だ。仮に私が紅魔館の主でなくなっても、その繋がりは消えないから。そう思うと、胸の奥が少しだけ暖かくなった。

 姉?

 四百九十五年間、私は一度でも「姉」であったことがあるか?
 あの子を一度でも妹として見たことがあるか? ただ私が「姉」であるための踏み石にしかしてこなかったじゃないか。
 どうしてフランは大人しく閉じ込められたままでいたのだろう? フランは強いのに、私よりもずっとずっとずっと強いのに、どうして黙って私に従っているんだろう? 妹だから? 私を姉として見てくれているから?
 そんなわけないじゃないか。

 私がそう望んでいたのだ。フランが常に私の支配下にあることを望んでいたのだ。私があの子を気狂いにしてしまったのだ。

 それがどんなにあの子を苦しめただろう?
 私には何も無い? 私は何もしていない? 何馬鹿なことを言っているんだろう。私の五百年は本当に無だったのか?
 違う。私にはせめて振り返られるだけの過去があるじゃないか。
 あの子にはそれすら無いのだ。

 四百九十五年。永い年月だ。永い年月の筈だ。一年の四百九十五倍だ。永くなければいけない。
 それなのに、あの子には思い出す過去も無いのだ。私には色々なことがあった。学ぶことがあった。見るべきものがあった。あの子には何も無かった。私には沢山の出会いがあった。同じくらいの別れもあった。あの子には何も無かった。何も無かった。私が全て奪った。
 それに気が付いたとき、緩やかに失明していくように、気が遠くなったのを覚えている。
 私は何をしてきたんだろう?
 今更あの子の前に姉として立てる自信がない。
 鉛を飲み込んだように心が重くなった。誰かに厳しく罰してもらいたいと強く思うようになった。けれど誰も現れなかった。きっと自分で解っていたのだろう。そんなことをしたって、私の罪悪感が少し薄まるだけで、当のフランには何の関係も無いことに。

 ずっと、怖くて何も出来なかった。
 何もかもを奪い取った私を、彼女が好いてくれる訳がないのに、だというのに、だというのに、私はフランに嫌われたくなかった。あの子に見放されるのがたまらなく怖かった。目を合わせるのが恐ろしかった。もしあの子の眼の中に、はっきりと憎悪が浮かんでいたら。
 もちろん、浮かんでいて然るべきなのだ。けれど、嫌われているのがはっきり解ってしまったら、私は、本当に一人ぼっちになってしまう。
 妹と姉として、ただ普通にお喋りがしたい。それだけなのに、情けないくらい、どうすればいいのか解らない。
 初めに何て言えばいいだろう? どんな話し方をすればいいだろう? どんな話題を持ちかければいいだろう? 間違えたらどうしよう? あの子の心を更に傷つけてしまったらどうしよう? もう話したくないと言われたらどうしよう? 嫌われたくない。嫌われたくない。

「フランと仲良くなりたい」

 気が付くと呟いてしまっていた。
 ああ馬鹿みたいだ。何が吸血鬼だ。何が紅魔館当主だ。この意気地なしめ。何の意味も無いじゃないか。妹と話すことも出来ないなんて。能力に頼らなければ、そんな簡単なことも出来ないなんて。
 たまらなく泣きたくなった。けれど涙は一滴も出てこなかった。ただ乾いた痛みだけがずっと喉の奥に残っていた。

 そしてマルクが現れた。
 彼が一体どうやって紅魔館にやってきたのかは解らない。そんなものどうでもいい。どうせいつもの辻褄合わせだ。
 消えてしまいたくなるくらい情けなかった。けれど同時に、私は彼の登場を内心喜んでもいた。きっとこれから良い変化が起こるのだと確信していたからだ。
 実際、フランはマルクがやってきてから毎日楽しそうにしていた。私は、そんなフランを見るのが嬉しかった。彼女があの屈託の無い笑顔を見せる度に、私は少しずつ勇気を与えられた。贖いようも無い罪が徐々に償われていくような気がした。
 もちろん、私の勘違いなのだと思う。けれど、ただ黒い感情に塗りつぶされて見えなくなっていた、ずっと昔に忘れていた大切な感覚を、思い出せるような気がしたのだ。
 きっかけはきっと、こんなものでいいのだと思った。そう自分に言い聞かせた。催眠術のように何度も繰り返した。
 今なら行けるかもしれない。やっぱり駄目かもしれない。大丈夫、これが最後じゃないのだから。
 いい加減、一歩を踏み出そう。
 マルクの芸についてでも、話を振ってみよう。きっと大丈夫だろう、もし嫌われていても、いつかやり直せる。そう思えば何とかなる。
 フランを遠ざけていた弱い心が少しだけ影を潜めて、その代わりに、僅かだけ、フランに歩み寄れた気がして。

 それがこのざまだ。
 結局、また私はフランを巻き込んだ。それも最悪の形で終わらせてしまった。
 少し仲良くなれたかもと、思った瞬間にこれだ。何て酷いフィードバックだろう。世界は器用にバランスを取りながら生きている。何かを望めば何かを失う。解っていた筈なのに。でも、もっと違う形で訪れてほしかった。
 何がいけなかったのだろう? そんなの解っている。初めから私に勇気があれば、こんなことにはならなかった。
 それとも、ああ、まさか、私は「これ」を望んでいたのではないだろうか? 心のどこかで、自分で気付いていなくとも、私の心を悩ませるフランを煩わしく思ってはいなかっただろうか? フランなんていなければよかったのにと、思ってはいなかっただろうか?
 確かにそうだ。フランがいなくなってしまえば、仲良くなることも無いけれど、嫌われることも無い。そんな惰性を望みはしなかったか?
 それは無い。絶対に無い。無いはずだ。お願い。
 もう今更何を思っても遅い。
 吸血鬼レミリア・スカーレットは、自分の矮小さを噛み締めながら、星屑のように消えるのだ。



 このままで終わってたまるか。

 今更何を怖がるんだ? 何を躊躇うんだ? もう私には何もない。ならばどうなったってかまうものか。
 両手を目一杯に広げる。動かした端からズタズタに裂ける。知るか。それがどうした。どことも知らぬ天を睨む。相変わらず綺麗な星空だ。私に星は似合わない!
 一瞬、眼の裏に星の数程の歯車が映る。大きな歯車、小さな歯車。速い歯車、遅い歯車。そうした歯車が連鎖し合って、世界は器用に回り続ける。私がギアを狂わせる。全ての歯車をただ一つの方向に向けさせる。世界が私の為に辻褄を合わせる。
 「私をフランの下へ連れて行けぇぇぇッ!!!!」
 氷を叩いたような声が谺する。真空にも音が響くとしたら、きっとこのように響くのだろう。

 途端に、目の前が真っ白になった。
 星空が切り取られるように消え、私は見渡す限り白い世界にぽつんと一人で立っている。光に包まれているというか、目が痛くなるほど白く、巨大な箱に閉じ込められているような。右も左も解らない。けれど、足の裏には確かに地を踏む感覚が伝わる。
 足の向くまま歩き出した。
 どのくらい歩いただろう。いつまでも白い。目標物も何もないから、距離感も無い。足音もしない。ただ機械的に、踏みしめる感覚が交差する。

 やがて、フランを見つけた。
 影の無い白い世界で、自分の膝を抱えて小さく座っていた。微動だにしていなかった。まるで良く出来た人形のように、そこに置かれていた。
 近づいていく私にも何の反応も示さない。無視しているのじゃなくて、きっと見えていないのだ。あるいは目の前に立っている人物が、私であると解らないのかもしれない。
 しゃがみこんで、フランと目の高さを合わせる。
 目は開けているけれど、閉じ方を忘れてしまったから仕方なく開けているといった感じで、その瞳には何も映っていない。虚ろで、淋しそうで、どんな恨みもそこには映っていない。綺麗な眼だ。星みたいに。
 どうして私は、今まで気が付かなかったのだろう。孤独を重ねていたのはきっと、私だけではないのだ。
 もっと早く、この眼を覗いていれば。もっと早く、彼女の顔を真正面から見てあげられたなら。こんな回り道をしなくても済んだのに。今までも、そしてこれからも、フランはずっとそこにいたのに、どうして少しも向き合ってあげなかったのだろう。
 私は今まで何をしていたんだろう。
 弱虫なお姉ちゃんでごめんね。
 でも、いきなり謝られたって、戸惑ってしまうかもしれないね。
 姉妹だもん。あれこれ腹を探ったりせずに、もっと自然に、ただ思ったことを言えばいいだけ。
 「紅魔館当主」ではなくて、「吸血鬼」でもなくて、「レミリア・スカーレット」ですらなくて、ただ貴女の姉として、真っ直ぐに立っているだけ。

 ああ、こんな、こんな簡単なことなのか。

  ◇

 目の前に誰かが立っている。でもそれが誰かは解らない。レースのカーテンを何重にもかけたみたいに、ただその輪郭が僅かに捉えられるだけだ。もっとよく目を凝らせば、少しははっきり見えてくるのかもしれない。けれどその気力も無い。
 いつも通りの虚ろ。最早居心地がいいとすら思えるようになった虚ろ。誰もいない。誰も近寄ってこない。どうでもい。暗い地下室が白い箱に変わっただけで、本当はそれを望んでいるのかもしれない。
 目の前の影が、ゆっくりとこちらに手を伸ばした。何をするのだろう。何だっていい。どうせ興味も無い。

 ぽん、と頭に手を置かれた。そのままさらさらと撫でられた。
 思わぬ感触に、顔を上げたら姉がいた。こんな優しい顔を見た事が無い。僅かな微笑みを浮かべて、触れたら消える淡雪のような、どこまでも慈しみに満ちた顔。
 あっけにとられて目を丸くしていると、彼女は更に顔を綻ばせた。
「もうっ」
 我儘を言う子供をあやすみたいな声だ。優しく、諭すように。
 本当に姉か? こんな声を聞いた事が無い。私の知っている姉のイメージとはかけ離れている。
 何だろう? 奇妙な感覚だけれど、でも嫌じゃない。
 目をぱちくりさせると、姉はくすりと笑った。
「なにやってるのよ。ここは紅魔館じゃないわ。なにもこんな所でまで、閉じこもっていることはないの」
 レミリアは言う。フランはドングリのような大きな目で、じっと顔を見つめている。
「外に、出よう?」
 しばらくの沈黙を挟んだ。
 フランはゆっくりと頷き、レミリアと手を繋いで立ち上がった。

  ◇

「!?」
 突然、マルクの体を紅い光が貫いた。
 里の上空で繰り広げられていた戦闘が一時止んだ。マルクが止まったまま、信じられないものでも見るように自分の体を見ている。
 霊夢も、咲夜も、藍も、紫も、警戒を解かぬまま戦闘の手を緩める。
 あれは何だ? マルクの体から半分ほど突き出た紅い槍。いや、あれは、剣?
 次の瞬間、びくりと痙攣してマルクが血を吐いた。ねじ曲がった蔦のような翼が、音も無く魔法のように消えて、真っ逆さまに墜落していく。
 霊夢たちは一瞬顔を見合わせ、即座にマルクの後を追って下降していく。
 下ではまだ避難の途中にあった里人たちが、上空の変化に気が付き、慌てて押し合いへし合いながら落ちてくるマルクに場所を譲る。彼の体が地面と衝突するか否かの刹那、何の前触れも無しにマルクの体から紅い閃光が弾けた。眩む光に、人々は思わず目を覆う。
 数秒して、恐る恐る眼を開けると、マルクは寸前で受け身を取ったらしく、片膝を突きながら苦しそうに息をしていた。
 衝撃である。吸血鬼と互角以上に亘り合い、笑いながらあしらい続けていたマルクが息を乱している。魔理沙はすかさず上空を見やった。霊夢たちがやったのか? いや、今の紅い閃光は……。と、人々はようやく気が付いた。
 マルクのすぐ正面に、レミリアが死んだ猫のように横たわっていた。
「お嬢様ぁ!!」
 咲夜が我先にと駆け寄り、レミリアを抱き起した。続いて霊夢たちも下りてくる。里人を誘導していた慧音も、その隣で傍観を決めていた霖之助も、皆動きを止めた。
 咲夜は眼を見開き、唇を僅かに震わせながら、糸の切れた人形のように力の無いレミリアの顔を覗き込む。どんな幽かな反応も見逃さないように、必死の形相で覗いている。そっと砂の城に触るように肌に触れる。隣にいるマルクなど最早目に入っていない。
 レミリアは動かない。咲夜はただじっと、祈るようにレミリアを抱きかかえている。悲痛な沈黙が過ぎる。誰も動かない。
 ふと、レミリアの瞼が微かに動いた。冷たい、死人のような青白い瞼が、少しずつ開いていく。そして震える目で自分を見る咲夜を捉えると、薄い微笑みを浮かべた。
 咲夜は緊張が一遍に解けて、危うく涙が出そうになった。腕の中の小さな主を、今こそきつく抱きしめたい衝動に駆られた。しかし咲夜はそれよりも早く従者のプライドを取り戻した。そのため、ただレミリアの顔をじっと、光の戻った眼で慈しむように眺めていた。
 と、レミリアの眼が自分を映していないことに気が付く。まだ視野が朧げなのか。それにしては何かを探しているような。
 そこで咲夜はマルクの存在を唐突に思い出した。レミリアを片手で抱いたまま、身を反転させてナイフを抜く。
 咲夜の動きに、霊夢たちも再び身構えた。人々の間に緊張が呼び戻される。
 しかし、マルクは明後日の方向を向いていた。
 よく見ると、レミリアも同じ方向を眺めていた。
 二者の視線が交差するその地点に人影を見ていた。
 フランドール・スカーレットが、水面に落ちる枯葉のように、音も無く地面に降り立っていた。
 もっとも、突然現れた少女がフランドールだと判別出来た者は一握りだ。だが知るも知らぬも反応は同じ。皆息を呑んだ。
 咲夜は固まっていた。魔理沙は自分の記憶の中のフランドールと寸分違わぬその姿に言葉が無かった。実質初対面の慧音は霖之助と同様に「あれがフランドールか」とぼんやり納得して、藍は手の力を緩め、霊夢は逆に針を握り直し、紫は理知的な目で取り巻くように彼女たちを見ていた。
「……」
 フランドールはずっと無言だった。無表情でもあった。ただ悲しみを泉のように湛えた瞳で、マルクと見つめ合っていた。
「……」
 マルクも何も言わなかった。苦痛に歪んでいた面影は既に無く、普段の飄々とした風のような爽やかさでフランに応えていた。
 月から水銀のような沈黙が下りてきた。フランドールの蔦のような羽が、きらきらと風に揺らいで、星で作られたシロフォンのような清らな音を響かせて、虹色の粒子を幽かに振りまいていた。
 マルクの背に羽は無い。

「マルク」
 やがてフランが言った。
「私、マルクのこと好きだった」
 マルクはいつのも、人懐こい笑みを浮かべた。
「ボクもサ、フラン。今更信じてくれないと思うけれど、でも本当だぜ?」
「うん」
 フランが頷く。また、沈黙する。
 今度はマルクが言った。
「フラン。ボクたちは似た者同士だった」
 優しい声でマルクは続ける。
「同じような羽を持っていたし、二人とも一人ぼっちで、無邪気で、乱暴で、子供っぽくて、よく笑う割には、ずっと退屈だった。だからサ、キミのこと、結構好きだったんだ」
「うん」
 また、フランが頷く。頷いたまま俯き、また沈黙する。一度のやり取りが非常に長い。だが口を挟む者は誰もいない。夜のように、ただそこにあって、静かに展開を見守っている。
 しばらくして、フランドールはゆっくりと顔を上げた。まっすぐにマルクを見つめ直す。その眼が少し震えていたようにも思う。
「……でもね、マルク。……私には家族がいる! 一人ぼっちじゃない!! あなたと……同じじゃないっ!!!!」
 幼さの残る声が里中に響いた。響いた先から、夜の闇に吸い込まれるようにして溶け、心を震わせるような沈黙を残した。
「そっか」
 マルクは嬉しそうに答えた。いつもと同じ、人の話を軽く流すような口調ではあった。
「……マルク」
「ん?」
「あなたの『目』、もう手の中にあるの」

 この言葉の意味を理解出来た者は少ない。解った者の表情は一気に変わった。解らぬ者は、だが誰も、それをあえて訊ねようとはしなかった。

 マルクは相変わらず微笑みながら、思い出話でもするように、首を小さく左右に振った。
「じゃあ、キミが手を握る前に、キミを殺せばいいんだな?」
「……」
 フランドールはまじろぎもせずにマルクを見つめる。
 マルクは手を丸めると、手品のように一本の小さな矢を取り出した。鏃をフランに向ける。
 二人の距離は目測で三メートル。どちらも動かない。まるで西部の決闘劇のように。
 皆の視線が集中する。二人は動かない。人々は固唾を飲んで見守る。大人も子供も、声一つ立てない。見守る以外にする事が無い。
 雲一つ無い星空に、遠くから葉擦れの音が聞こえる。風が通り抜ける。
 二人は動かない。瞬きすらしない。時が止まってしまったかのように。観衆は奇妙な感覚を覚えた。何故だろうか。このまま時が動き出さなければいいのにと、思えてならなかった。
 波が巌を消すような、永い沈黙が流れた。

 一瞬。

 音も無くフランドールの右腕が吹き飛んでいた。
 マルクの手元に矢は無い。一体いつ射ったのか解らない。フランドールは傷口から夥しく血を流しながら、流れるがままにして、じっと動かない。
 ぴしりと、マルクにひびが入った。
「いいなあ」
 そのまま、がしゃんと硝子の砕けるような音を立てて、マルクは崩れていった。

 誰も何も言わなかった。悲しいくらい静かだった。再生しきったフランドールの右手は、固くしっかりと結ばれていた。
 フランドールはその姿勢のまま動かなかった。まるでブロンズ像にでもなってしまったかのように、ただ小さく佇んでいた。
 何も言えなかった。
「……終わったの?」
 ようやく魔理沙が小声で、隣の霊夢に囁きかけた。堪らなく空虚な気持ちが次々に湧くように心を襲った。
 霊夢は答えず、代わりに静かに歩き出した。咲夜の前まで出ると、彼女に抱えられたままのレミリアの頬を撫ぜるように触った。
「生きてたのね」
「当然よ。でも少し疲れたわ」
 レミリアは霊夢のよく知る、若干尊大の混じった声で答えた。霊夢はふっと緊張を解いて、まるで厄介払いでもするように言った。
「後始末はしといてあげるから、とっとと帰りなさい」
「そうね。咲夜、帰るわよ」
「はい」
 レミリアは咲夜の手を離れ、未だ覚束ない足で立った。しかし、瀕死の危うさはもうどこにも無い。咲夜はしゃんと背筋を伸ばして、主の背後へと回った。
 レミリアはちらりと里人を見やる。霊夢や魔理沙たちの顔を流し見るように眺める。そして最後に、凍ったままのフランの上で視線を止める。
 ゆっくりとフランドールの前に出た。上がりっぱなしの右腕を、そっと下ろしてやる。
「フラン」
「……うん」
「泣くのは帰ってからね?」
「……うん……」
 聞き取れないほど声が震えていた。影が出来るくらい大粒の涙が、頬を伝って雪のように落ちた。



エピローグへ続く
吸血鬼と大彗星の魔法使い | 【2011-09-27(Tue) 00:00:00】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
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