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あめふら

Author:あめふら
二次創作のお話を書いたり、書かなかったり。
リンクはご自由にどうぞ。していただけるのなら喜んで。

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目次
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pixivで描いた漫画をまとめました。


『OVERCOLL2』 とらのあな
booth
制作
作ったものを売っています。


『レジンフィギュア・物部ハト』 とらのあな

リンク
吸血鬼と大彗星の魔法使い 第十二章
第十一章の続きです。未読の方は先に第十一章をお読み下さい。


 爆音と共に、龍の爪痕のように地面が抉れた。
 レミリアは雷光のような速さでマルクの懐に潜り込むと、巨大な槍を逆手に地から天へと振りぬいて、マルクを遥か上空へ跳ね飛ばした。と同時に蝙蝠の羽を広げて、自身も空へ舞いあがる。彼女に引っ張られるように、会場の視線も上空へ向けられる。
 膨らみかけの十一夜の月が朧に隠れ、図らずも幻想的な光景を描いている。
 花火のように打ち上げられたマルクは、慣性を殺しながら体勢を立て直し、槍を構えたまま引き絞られた矢のように飛んでくるレミリアを目の端で捉えると、紙一重で彼女を躱す。レミリアはマルクのやや上空で急停止し、月を背景に紅い目を燃やす。マルクは彼女を見上げながら困ったように笑った。
 突然その口がにやりと裂けた。丸い目が悪魔のように見開かれる。体を丸め、一瞬虹色に包まれた次の瞬間、マルクの背から一対の羽が飛び出した。羽といっても彼のそれは鳥や蝙蝠の羽とは一線を画す、黒い蔦にプリズムが鈴生りになったような、まるで羽とは思えない装飾的な形をしている。マルクが馴染ませるように羽を広げると、羽はしゃらんと鈴蘭のように鳴いた。
 これ以上歪むことのないと思っていたレミリアの顔が、更にどす黒い憎悪に歪んだ。
 その顔を見たマルクがいきなり大声を上げて笑い出した。げらげらと惜しげも無く、人の神経を逆撫でするように。
 声は上空から鐘のように谺し、地面で彼らを見上げている魔理沙たちの耳にも十分届いた。皮膚が粟立つ。耳の中を螺旋状に切り抜くような声が頭の中でいつまでも反響して人々を戦慄させた。きっと、これがマルクの真実の笑い声なのだ。そして根底に流れる狂気の片鱗を、人々は唐突に理解したのである。

 レミリアが動いた。雲を引くような速度で目にも止まらぬ連撃を繰り出す。マルクは笑いながら縦横無尽に体を回転させ、突き出す槍を避け続ける。その度に彼の翼は輝き、遠目には紅い閃光に、虹が纏わり付いているようにも見える。
 レミリアが俄かに距離を取って、振りかぶった槍を思い切り投げた。投げたというより、撃ち出されたと言った方が正しい。ミサイルのような不可避の速度で槍が刺さる。
 と思った次の瞬間、マルクの姿がぶれるように消えて、槍は何もない空間を流れ星のように突っ切って行った。
 マルクはいつの間にかレミリアの背後に浮かんでいる。
 振り返ると同時に指先で空をなぞる。と、遥か遠方を飛んでいた槍が突然反転し、勢いを保ったまま一直線にマルクへ突き刺さった。しかしまたもや当たる寸前にマルクの姿は消えて、レミリアの背後に現れる。その度に槍は進路を変えてマルクを追う。
 「グングニル」と名付けられたこの槍は、レミリアが自身の能力で創り出した最高傑作の一つである。神話で語られるそれと同様、敵に当たる前から「当たった」という結果が捻じ込まれているため、的に当たるまで追跡を止めない。
 消える。追う。消える。追う。消える。追う。
 刹那の応酬が繰り広げられる。傍目にはレミリアを中心に、紅い光の籠が出来ているようにしか見えない。時折籠目のあちこちで、虹色の硝子が閃く。
 いつしか雲が晴れている。レミリアは地獄の業火のような激情と、静かに燃える青い怒りを見事に同居させて、冷静に状況を捉えていた。
 驚くべきは奴の圧倒的な回避能力! この瞬間移動があるからこそ、マルクはフランと遊び、掠り傷一つ負わなかったのだ。

  ◇

「……あの羽、見覚えあるよ」
 見上げながら、魔理沙がぽつりと言った。こうして見せられた以上、マルクがフランドールを呑み込んだという事実が、急に魔理沙の中で現実となって、魔理沙は怒りと言うよりか、無上に悲しくなった。
 彼女の長く、そして短い生涯の中で、ようやく出会えた気を許せる人が、何の躊躇いも無く彼女の心を裏切った。こんな酷いことってあるか? きっと、フランドールは好きになる相手を間違えたのだろう。でも、それじゃあ彼女は誰に心を許せば良かったんだ?
 そしてもう一つ、マルクが悪人とはっきり判った今でも、魔理沙は彼を嫌い抜くことが出来なかった。飄々とした風のような、彼の性格が好きだった。舞台の上で見せていた腹の底からの笑顔が好きだった。子供たちに囲まれてジャグリングを教える姿が好きだった。紅魔館に所属していながら、権力を馬鹿にする一貫した態度は痛快ですらあった。
 きっと、それも真実だったのだ。紅魔館も人里も結構好きなんだと語る彼の言葉に偽りは無いのだ。善悪を超越して、マルクには人を惹き付ける魅力があったのだ。
 それは里人とて同じである。上空で起こる戦闘に見入るその目には、興奮の光は無い。ただ淡々と、行く末を見守るような寂しさが浮かんでいた。
 弾幕ごっこは美しさを競う。故に遠くから見れば花火のようで、人々の心を揺り動かさぬ筈がない。しかし今眼前で繰り広げられているこれは、ただの殺し合いだ。どれほど鮮やかでも、心は虚ろだ。
 なんでこんなことになったのだろう?
 こんなことにならなければ、友達になれたかもしれないのに。

「紫、あいつ何なの?」
 霊夢が無機物でも眺めるように冷静に言った。いつの間にか彼女の隣で、上半身だけを隙間から出して頬杖を突いていた紫は、
「魔法使いね。恐ろしくレベルの高い」
「気付けなかった」
 咲夜が怒りの吐き所を探すような口ぶりで呟いた。
「同じ館にいたのに」
「私だって今初めて知ったわ」
 霊夢が特に慰めるでもなく答える。
「しかし、吸血鬼とある程度戦えているというのは凄いですね」
 藍が感心するように言った。皆同意する代わりに空を見上げる。
 紫だけが、少し眉を顰めた。

  ◇

 レミリアが飛んでくる槍を受け止めた。しかし回収するのではなく、そのまま槍のスピードに乗ってマルクとの距離を一気に詰める。槍先がマルクに触れるか触れないかの刹那、柄を中心に体を回転させて右手を掻くように振り下ろす。その軌道に沿って、夜空に紅い爪痕が残った。手応えは無い。構わない。即座に槍を掌に滑らせて長く握り直し、振り向くと同時に後ろ手に振り回す。瞬間、槍の軌道上に全く同じタイミングでマルクが出現し、レミリアの動作を確認した時には既に顔の真横に槍先が閃いて、マルクは咄嗟に飛び上がると、刃の上を転がるようにして致死の一撃を避けた。僅かに羽を掠り、チッと燐寸が発火するような音を立てた。掠当たりとはいえ接触したため、グングニルの自動追尾が解ける。構わない。
 さかさまに姿勢を崩したマルクに、すかさずレミリアは間合いを詰める。今度は槍を短く持つと体を捻りながら柄でマルクを捉えるように見せかけて逆回転し、薙ぐように刃を振るう。勢いを消さずに槍を背中で回し、宙を踏みしめ片手を離し爪を立て、空間を切り裂きながら紅い竜巻のような怒涛の乱舞を繰り出す。瞬間移動させる暇を一瞬たりとも与えない。
 しかし槍も爪も奴の皮膚一枚捉えない。アクロバットのようにくるくると体勢を変え、針の穴を通すような安全地帯を確実に突いてくる。
 見切られているか。なら手数を増やす。槍を手放し両の爪を解放、獣のように空中を蹴ると同時に槍を膝の裏に挟み込み、翼を畳んで回転を加えながら突撃する。

 刹那、マルクが笑った。
 爪が届くか届かぬか、ギリギリの所で彼は体を縮め、突如掌から四本の刃を撃ち出した。三日月の形をした刃は鋭い弧を描いて指ごとレミリアの爪を吹き飛ばした。
 咄嗟に手を引き、体を丸めこむようにして残った左手で槍を取り上げる。膝の裏から居合のように抜かれた槍は紅く尾を引いて振り被られ、真っ向から脳天を割ろうと打ち下ろされた。
 ところがレミリアの腕は虚しく空を切った。避けた筈の刃が軌道を変え背後からレミリアの肘を切断していた。
(ブーメラン!?)
 風を切る音に振り返りながら、指の無い右手から奔る血を刃に変えて、襲いかかる残り二本のカッターを叩き落とす。だが人差指の付け根から肘の裏までざっくり持って行かれた。
(切れ味は向こうの方が上か!)
 マルクが刃を放ってからここまで僅かに二秒。レミリアは切り落とされた手を分解して再構成、若干の距離を置いて槍を構え直す。
 マルクは手元に戻ってきた四本の刃で、遊ぶようにジャグリングしながら、いくらか意外そうな顔でレミリアを見ていた。

 柔らかい風が通り抜けた。レミリアの色素の欠乏した髪を揺らす。マルクの手で踊る刃が、月の光を受けて白く閃いている。蔦のような羽がきらきらと、暖かな虹色を見せている。
 里人たちが固唾を飲んで見守る。誰も動かない。いやに静かだ。

 再びレミリアが攻めた。吸血鬼の爆発的な機動力で一直線に槍を突き出すと、マルクの鼻先で突然槍を分解、その閃光に紛れて飛び出すと半歩の間合いで爪を振るう。
 マルクも再び刃を放つ。だがレミリアは避けない。左手を切り落とされる。無視。分解。再生しつつ右手で首を取る。その瞬間に右手も肩口から落とされる。無視。分解。左手再生完了。右腕を再生しつつ腕を伸ばして咽を抉る。と、返って来た刃に両脚を落とされる。無視。分解。数瞬なら宙を蹴らなくても慣性で飛び込める。伸びた左腕を真正面からスライスされる。無視。腕ごと分解。右腕再生完了。背中から刃が脇腹を通り抜ける。一瞬視界が傾く。両断されたか? されていない。なら無視。右脚再生完了。宙を蹴って加速。左脚再生完了。

 体の各部を次々に切り落とされながらも、レミリアはその瞬間に分解、再生して、進撃を止めない。凄惨な光景に、流石に気分を悪くする人が出てきた。吸血鬼だって痛覚はあるよなあと、魔理沙は身震いしながら思った。

 マルクの手に四本の刃が戻った。レミリアは切り落とされたばかりの左手を振り上げ、再生すると同時に下ろす。マルクは四本の刃を一度に撃ち出す。レミリアは体を捻って、左半身で刃を受け止める。再生したての左手が十字に裂けた。脚の付け根から膝までがざっくりと割れ、貫通して右足首を斬り落とした。左目から頭の中をずるりと通って後ろへ抜けた。
 この瞬間を待っていた! 四本の刃全てを撃った! 刃が戻ってくるまでの約一秒間、奴は丸腰だ!
 左半身を犠牲にして守り通した右腕に、渾身の力を込める。踝から下の無い右脚で間合いを詰める。同時に左腕から噴き上がる血煙を霧に変える。視界を奪うのは一瞬でいい。翼を大きく回して推進力を生む。羽から背中、肩、腰の捻りを加えて、我が身を槍のように、一撃で貫く!

 突然、レミリアの動きが止まった。突き出された右手も刺さる寸前で止まっている。マルクが無感動な目でその手を見ていた。
 驚いたのはレミリアである。だが状況把握よりも先に攻撃の手段に出た。届かなかったら延ばせばいい。右手からグングニルを創造、そのまま突く!
 しかしそれも出来なかった。ほんの僅か右手に力を込めた瞬間、肌がぱきりとひび割れて、そのまま手首がポキンと折れた。
 その瞬間レミリアは何をされたのか悟った。折れた右手に全く痛みが無い。違う、麻痺している。先程撒いた血の霧が、きらきらと月明かりを受けて固まっている。吐く息が白い。決まりだ。
 あの一瞬で凍らされた! 私の撒いた霧がそのまま氷の壁になって私の腕を止めた! しまった、こいつ多才だ!
 左脚を最優先で再生、砕けるのも構わず右腕を強引に抜き取る。距離を取ろうと後ろに跳ねた瞬間、戻ってきた刃が全身を貫いた。右半身が丸ごと、ガシャンと音を立てて砕け散った。不味い、これなら斬られた方がましだ。羽をやられた。砕けた部品を分解、駄目だ凍ってる。一度魔力で溶かして、駄目だその前に墜ちる!

  ◇

 思いのほか小さな音を立ててレミリアは墜落した。
 右腕が肩から脇腹にかけてごっそり無くなっている。ぷつぷつと血を噴き出し始めた断面が生々しい。左脚のふくらはぎから骨が折れて飛び出している。顔が半分潰れて、左手があり得ない方向に曲がっている。次いで、レミリアの破片がぼろぼろ落ちてきた。
 魔理沙は貧血を起こしてへたりこんだ。里人の何人かも意識を手放したようだ。慧音は目を逸らし、霖之助は顔を顰め、藍は口を真っ直ぐに閉じて、咲夜は自分を抑え込むのに必死になっていた。
 レミリアはばきばきと音を立てながら上体を起こし、ふっと息を吐くと、全身や破片が紅く燃えるように光って、次の瞬間には服に染み一つない普段の姿へ返った。
 ドーナツ状にレミリアを避ける里人たちを軽く見やった後、上空からぼんやり彼女を見つめるマルクを睨み上げる。
「……レミリア。あんた、手抜いてる?」
 ただ一人冷静な人間、霊夢が尋ねた。
「……っ」
 レミリアは屈辱的な顔をして、翼を広げ、再び夜空へ舞い上がった。
「わけないか……。マジで?」
 紫が肘を突いたまま、溜息と共に呟いた。
「とんだ道化ね」

  ◇

 再び、マルクと同じ目線に立った。レミリアの眼は最初のような憎悪に眩んだものでは無く、冷静な青い火を宿した、狩人の眼に変わっていた。
 マルクはふわふわと漂い、困ったように首を捻りながら、レミリアの体を真に気遣うような声で言った。
「……あのサ、吸血鬼は最強種族って聞いたんだけれど、大丈夫? 調子悪い?」
 答える代りに、レミリアは両腕を突き出した。掌を下げ、軽く肘を曲げると、マルクを中心としたプラネタリウムのように、紅い光がぼつぼつと燃え始めた。
 マルクはちらりと足元を見た後、特別興味も無さそうに顔を上げ、レミリアを見つめ直した。レミリアは何も言わない。ぼつぼつと、蛍火が増えていく。
「あんまり慎重になることも無かったのかなあ」
 マルクが言う。更に火が増える。
「ひょっとしてレミィってサ、吸血鬼の中では物凄く弱かったりする?」
 瞬間、レミリアが腕を弾いた。四方八方、広範囲無差別に配置された紅い火が、次々に弾けて無量の弾丸となり、吸い込まれるようにマルクに撃ち込まれる。凄まじい破裂音と共に、夜が掻き消されたような眩い光が辺りを包む。
 霊夢と藍が作り上げた里の防御結界のお蔭で大分和らげられているとはいえ、一秒間に一千発のストロボを焚いたような光は一様に人々の目を奪い、しかもそれが一向に鳴り止まぬ。頭の直ぐ上で戦争が起きている。まるで太陽が落ちてきたみたいだ。しかも光弾を撃ちながら、レミリアは随時紅い火を追加していく。塵も残さぬ弾幕の檻がマルクを囲っている。
 もう何が起こっているのか解らない。爆発はまだ止まない。強烈すぎる光に空を見上げることも出来ない。地面からの照り返しすら目に痛い。もちろん影など消えている。それでもまだ止まない。弾幕の檻はむしろ拡大している。逃げようのない弾幕、ルール違反だが問題無い。レミリアはマルクを殺すためにこれを放っている。普通に考えれば既にオーバーキルだ。しかしレミリアは撃つのを止めない。空間ごと消滅させようとしているみたいだ。耳が痛い、いや痛いのかどうかも解らない。そもそも聴力が生きているのかも判別付かない。何も見えない、何も聞こえない。肉体の感覚が崩壊し始める。それでもまだ止まらない。

 と、空から小さな粒が落ちてきた。
 しかしそれに気付いた者は誰もいない。人々はとうの昔に空を見上げる気力を失くしていたし、仮に見上げていたとしても、直径一センチにも満たないその粒は、容易く光に掻き消されて消えただろう。仮に見えていたとしても、ただ空から落ちてきただけの小さな粒が、どうして人の関心を引こうか。弾幕の檻の真正面にあって、それでも全く警戒を怠らずに、光の中心で半ば掻き消えたマルクを鋭く監視していたレミリアですら、それに気付かなかったのだ。
 故にレミリアは全くの不意を突かれた。
 地面から彼女へ向けて、龍が一直線に立ち昇るように茨が伸びた。足に違和感を感じた時には既に、茨が深く皮膚に喰い込んで血を噴き出していた。振り払おうとしたが離れない。骨にまで喰い込んでいるのか。ならば切り裂こうと腕を振り上げた時、もう一筋の茨がその動きを止めた。咄嗟に腕を見上げたその瞬間、更に茨が伸びて喰いこむ。次から次へと、里人の気付かぬうちに新たな茨が生えてレミリアを絡めとる。両脚がずたずたに裂け、茨も血に染まっている。残された右手で襲いくる茨を切り裂くが、思いのほか再生速度が速い。片腕だけでは対処しきれない。みるみるうちに茨が伸びる。力任せに脚ごと引き千切る。あっというまに彼女の足は蠢く茨に呑まれてゆき、再構成する間もなく茨が伸びて新たに喰い込む。傷口から骨に直接巻きつくように、草の根が大地を割るように、次から次へと茨が伸びる。

 ようやく爆発が落ち着いて、思い思いに体勢を立て直し始めた里人が見たものは、地面から鎖のように伸びた無数の茨と、蜘蛛に捕らえられた蝶のように、全身を茨で包まれたレミリアの姿であった。正確には、恐らくレミリアが包まれているであろう膨らみであった。
 茨同士が固く手を結ぶように絡み合い、みしみしと音を立て、内側からじんわりと紅く染まっている。時折ピクリと動く以外、その塊に変化は無い。

 急に静かになった。耳を潰すほどの轟音に呑まれていたから、人々は未だ夢から抜け出せぬような心地でそれを見ていた。光が失われ、夜が元の色を取り戻したおかげで、皆の眼が一時的に眩んでいたせいもある。キーンと耳の奥に残る音が、これは現実では無いぞと叫んでいる気がした。

 突然、茨の塊が爆ぜた。紅い光に包まれたレミリアが、肩で息をしながら体を大の字に広げていた。息を整える間もなく、レミリアは急激に上昇し始める。すると吹き飛ばされた茨が、凄まじい勢いで成長を始め、鳥を捕らえようと背を伸ばす蛇のようにレミリアを追った。
 月に向けて、高く茨の塔が伸びていくようでもある。
 ある程度昇り詰めた所で、レミリアは突然翼を翻した。止まると同時にグングニルを構える。そして地面から垂直に、自分へ向けて一直線に伸びる塔の先端目がけて、紅い槍を力一杯投げ込んだ。
 轟音と共に茨の先端が暴発した銃身のように裂け、掘り進むような音を立てながら紅い閃光は一気に塔を貫き、槍は防御結界をも超えて地面へ到達、周囲二十メートルの人間を吹き飛ばして突き立った。
 内側から焼き尽くされた茨は成長を止め、急に枯れたような色になって、先端からぽつ、ぽつと、乾いた音を立てて塵になっていった。
「はあっ、はあっ、はあっ……っ……!」
 レミリアがどっと汗を噴き出した。両手を膝に乗せながら、溺れた人間が呼吸を貪るように、全身を上下させて息を整える。
 その顔に影が差した。歯を食いしばりながら顔を仰け反らして空を見上げる。マルクが月を遮るように、レミリアの真上を飛んでいた。
 地面に刺さった槍を即座に分解、手元に戻し、再生成して天を突く。が、明らかに切れが悪い。マルクにちょっと体を傾けただけで躱され、逆に柄を掴んで引き寄せられた。レミリアの体はつんのめってがくんと揺れ、反撃の姿勢を取る間もなく、マルクが顔を近づけた。
「だからフランを閉じ込めたの? 妹にも負けちゃうから」
 レミリアの表情が一瞬崩れたその刹那、雷のような突風が彼女を吹き飛ばした。
 奇しくも先程茨を破壊したのと全く同じ軌道で打ち下ろされ、レミリアは今夜二度目の墜落を晒した。
 突風自体は防御結界に阻まれて消えたのだが、レミリアはその勢いを保ったまま結界を突き抜けただけに、彼女の五体は地面に衝突すると共に熟れたトマトのように潰れ、両手足もばらばらに吹き飛んで、そのまま立ち上がることも出来ず血溜まりに沈んだ。
 流石の霊夢も顔を顰めた。魔理沙は咄嗟に霖之助に抱き留められたおかげで、無残な光景を見ずに済んだ。もし見ていたら吐くか、気絶するかしていたろう。

 たっぷり時間をかけて、沈黙していたレミリアが動いた。震えながら体を持ち上げ、燃え残りのような光を纏って再生する。服は血が付いたままだ。真っ直ぐに立ってはいるが、頭が不安定に揺れている。指先がぴくぴくと、奇妙な痙攣を繰り返している。
 誰も、何も言わなかった。
 レミリアは大きく息を吸い込んで、遥か上空のマルクに向けて血が混じるような声で叫んだ。

「違う!!!!」

 怒号と言うには、あまりにも悲痛だった。
 この瞬間まで顔色を悪くしていた慧音も、眉を顰めていた霖之助も、無表情だった霊夢も、藍も、紫も、そして彼女らを取り囲む多くの里人たちも、その声で一気に頭が冷えた。

 吸血鬼が、泣いている。
 きっと、そう見えただけなのだと思う。
 確認する間もなく、レミリアは再び飛び上がった。

 魔理沙は無意識に、胸の辺りを握りしめていた。喉の奥に何かが詰まって、何でもいいから叫び声を上げたくなった。
 つらい。
 疲れが出てきているだとか、再生速度が落ちているとか、見ていられないとか、そういうことじゃない。そういうことじゃない。
 ただ、つらい。

「そう」
 遠くからでもそれと解るくらいはっきりと、マルクは笑った。
「あああああああああああああっ!!!!」
 叫び声を上げて一直線に飛んでくるレミリアのことなど、見えていないかのように自然にしている。或いはもう、羽虫程度にしか思っていないのかもしれない。
 レミリアの心は乱れに乱れた。それでいて、彼女はこの上無く冷静だった。
 マルクまであと七メートル。右手にグングニルを創造し、中程を持ってさかさまに構える。自由に作れる槍は、きっとこれが最後だろうと思った。
 あと五メートル。ようやくマルクが私を見た。羽を傾けて微かに体を捻る。左手を柄に添える。
 あと三メートル。マルクが体を向けた。槍を支える指だけを残して、全身の緊張をほぐす。
 二メートル。息を止める。睨みつける。足を踏み出す。右掌を軸に左手に力を込める。羽を畳む。加速する。体を捻る、と同時に、左手を引く!

 一メートル。
 槍を分解。体を蝙蝠に変換。一部蝙蝠をマルクの足元から撫ぜるように頭上に飛ばす。残る蝙蝠を霧に変換。
 可能な限り薄く、可能な限り気配を殺し、可能な限り夜に紛れて、奴の真下で止まる。

 蝙蝠が、
 奴の眼を引きつけて、
 視線が下から上へと、
 移動しきったその瞬間!

 霧を集合! 肉体を再構成! 槍を再構成! 宙を踏み、天を睨み、蝙蝠が弾けて消えたその千分の一秒に!
 刃を逆様に! この身を回すように! 空を割るように! 紅い三日月を書くように!!

 マルクがはっとして下を向いたと同時に、紅い閃光が彼の正中線を真下から脳天にかけてなぞった。
 レミリアは歯を食いしばりながら、渾身の力を込めて紅い槍を振りぬいた。
 ようやく掴んだ確かな手応えと共に、槍先が彼の体を抜けて、頭の上へ飛び出した瞬間、グングニルはとうとう陽炎のように自壊して、まるで鮮血のような紅い火の跡を残して消えた。
 槍が消えた後も、レミリアはしばらく槍を降りぬいた姿勢のままでマルクを窺っていた。
 息も絶え絶えに、肩を大きく波打たせながら、じっとマルクを窺っていた。
 マルクは動かなかった。目が左右で違う方向を向いた。
 やがてレミリアの息も整ってきた。一つ深呼吸して、心臓を押さえながら、すっと背筋を伸ばす。
 マルクの体が真ん中から滑るようにずれた。ねとりと嫌な音を立てて、頭の上からゆっくりと開いた。左右の間隔が徐々に開いていった。
 彼の右半身と左半身は、レミリアの前で永遠に別れを告げた。

 瞬間、マルクが笑った。
 ぱつん、と音を立てて彼の姿が消えた。レミリアは目を見開いて彼の姿を探した。
 マルクのいたその場所に、小さな黒い穴が出現した。

 くにゃり、と世界が回った。
 一瞬あっけにとられたレミリアの体が、飴細工のように歪んだ。

「!!」
 紫の顔色が変わった。いきなり隙間から飛び出して、空を指さしながら高速で何か呪文を唱え始める。突然俊敏に動き出した紫に、霊夢も藍も面食らった。何事かと問おうとして、彼女の顔を見て思わず言葉を詰まらせる。これほど余裕の無い紫を見たことが無い。紫は足元から淡い光に包まれ、瞬く間に空中に見たことも無いような魔方陣が現れる。
 同時に霊夢の足元を、からから音を立ててゴミが転がっていった。風も無いのに。と、空を見上げていた里人が声を上げた。見ると、月が捻じれるように歪んでいる。星が長時間露光の写真のように長く尾を引いて、一点に吸い寄せられていく。雲が糸を紡ぐように細い線となって、大きな渦を巻いている。風景がおかしい。空に向けて空間が引き絞られていくように、長い影のように伸びていく。見上げている筈なのに、何故か遠くの地面が見える。魔法の森の木々や、妖怪の山が思い切り背伸びして、里の上に覆いかぶさってくるかのように、鋭く空へ伸びていく。まるで魚眼レンズを通しているかのようだ。地平線が目の上をぐるりと囲んでいる。柔らかい泥をかき回すように、天球が捻じれている。
 会場に作られた舞台の屋根がガタガタと震え始めた。何かと思えば、今度はあちらこちらの屋根が地震でも起きたかのようにバタバタ鳴りだした。
 天変地異の予感に人々が不安に顔を見合わせた次の瞬間、猛烈な突風が天に向けて吹き荒れた。
 突然の出来事に里人たちはばたばたと転び、転がり、慧音や霖之助、魔理沙は言わずもがな、咲夜も藍も霊夢ですらとても立っていられなくなって潰れたように地に伏せる。
 顔の前で砂の粒が浮き上がっているのに気付く。巻き上げられた土埃が地吹雪のように舞い狂い、舞台がばきばきと音を立てて崩れ始め、空に穿たれた黒い穴へ向けて一直線に落ちていく。皆無意識に手近な物にしがみついた。
 さかさまに物が落ちていく!
 そこかしこで悲鳴が聞こえる。まるで今まで押し殺していた悲鳴の在庫を使い切るような阿鼻叫喚の地獄である。
 旋風の中、ただ紫だけは真っ直ぐに立って、一心に空を見上げ続けている。指先から閃光のように魔方陣が現れては消える。空には目視できるほど強固な、視界の限りを覆うような特大の結界が作り上げられている。それも一つや二つでは無い。黒い穴を閉じ込めるように、目にも止まらぬ速さで六面を覆い、結界の箱に仕立てる。
 が、作った片端からまるで水圧に潰されるように、黒い穴に呑み込まれて消えていく。そのため紫は休むことなく矢継ぎ早に結界を展開していく。次から次へと、幾十、幾百、幾千の結界を過剰なまでに重ねていく。その度に結界が潰される。更に重ねる。幾万、幾十万、幾百万、幾千万。一瞬の間にどれほどの演算をすればこんな芸当が出来るのか。傍で見ていても何をしているのか解らない。眼も頭も追いつかない。機械並みの計算能力を持つ藍ですらそうなのだ。
 時間にして、僅か五秒ほどの出来事である。結界の数が億に届こうかというその時、唐突に風が和らぎ、嵐が過ぎ去ったかのような、妙に静かな空気が辺りを包んだ。
 紫が息をついて指を下ろす。と、結界が解ける様に消えていった。舞い上がった小石や板切れがぱらぱらと落ちてくる。人々は自分の手足を確かめるように、恐る恐る立ち上がり出す。
 何だったんだ、今のは?
 霖之助にしがみついて必死に帽子を押さえていた魔理沙も、ようやくその手を緩めた。しばらくは呆けたように、きょろきょろと左右の人間の無事を確認して、その後思い出したように空を見上げる。
 いつも通りの空だ。月も、星も、雲も歪んでいない。
 マルクが一人で浮かんでいた。
 レミリアの姿は無い。

「……レミリアは?」
 魔理沙が呟いた。誰も答えない。みな呆然としている。どれほど目を凝らしても、彼女の姿は無い。空にはマルクしかいない。
 誰も口を開かない。衣擦れの音、虫の声一つ聞こえない。魔理沙は再び空を見上げる。影絵のように浮かぶマルクの姿は、まるで月に虹の羽を生やしたように映る。
 考えることが出来なかった。ただ目に映るものが、目に映ったまま連続的に処理された。人々の大半は現実を受け入れられずに、まるで映画でも見ているかのような心地でいたのだ。あまりにも桁の違う力を見せつけられた。不安よりも、恐怖よりも、素直な関心と、まるで雄大な自然を前にしたような厳粛さが心を侵した。
 マルクがゆっくりと、ゆっくりと、沈むように下降を始めた。
 機能を止めた思考に、ようやく事実を受け入れられるだけの下地が出来て、人々は最早諦観の境地にあった。穏やかですらあった。寂しいほどに心に波が無かった。
 戦闘が終わった。吸血鬼が負けた。立っていたのはマルクだ。

 咲夜がナイフを抜いた。
 今までよく耐えたものだと思う。偏に、主の邪魔をしてはいけないという一念だけが彼女を抑えていた。その箍も外れた。宿敵を前にした獣の、どこまでも殺意に染まった黒い眼は、ただマルクのみを捉えていた。隼が急降下するように、咲夜は思い切り地面を蹴りあげた。
「ストップ」
 彼女の身が宙に浮く瞬間、背後から紫が咲夜の襟首を掴み、地面に組み伏せた。咲夜はナイフを振り回し、縛られた狼のように暴れる。怒りのあまり顔は赤どころか青白い。
「放せっ!!」
「落ち着きなさい。あれは擬似的なブラックホール。時間も空間も歪める重力の穴よ。あなたの能力は届かない」
 淡々と言ったが、紫も内心穏やかでなかった。予想外だ。まさか単体で宇宙規模の現象を起こすとは。
 何食わぬ顔で里人に交じる彼の本性を明かし、その危険度を知らしめた後で、吸血鬼をけしかけてちょっと痛い目を見てもらうつもりだった。
 しかし紫はここにきて考えを改める。初めてマルクをはっきり危険と断定した。あの出鱈目な魔力を悪戯に使わせるわけにはいかない。
「だから何だ!!」
 咲夜が吠える。
「私達も混ぜてよ。藍。霊夢」
「はい」
「面倒臭いなあ。ま、しょうがないか」
 魔理沙が一歩前に出る。
「私は?」
「貴女は駄目」
「なんで?」
 霖之助が代わりに答える。
「単純に実力不足だよ。僕と慧音と留守番」
 不服そうな顔をする魔理沙に、慧音が続ける。
「というか避難だ。里人の誘導を手伝ってくれ」
「解ったよ……」
 魔理沙はしぶしぶといった感じで承知した。もちろん自分の実力が遠く及ばないのは解っている。それでも割り切れない思いがあった。

 マルクが足取りも軽やかに地に降り立った。
「あ、知らない人が増えてるね」
 紫に向けて、にっこりと人懐こそうな笑顔を見せる。紫は美しいほどの無表情で返した。
「初めまして。そしてさよならよ」
「おお、一期一会だね。ところで巫女さん、バリア張ってるのってキミだよね? ボクをサ、結界の外に出すのって出来る?」
「やりたくないわ」
「えー。そう言わずにサ」
「安心しろ。直ぐお星様にしてやる」
「勘弁してくれよ。『星』は大嫌いなんだ」
 再びマルクが笑った。



第十三章へ続く
吸血鬼と大彗星の魔法使い | 【2011-09-20(Tue) 00:00:00】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
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