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あめふら

Author:あめふら
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pixivで描いた漫画をまとめました。


『OVERCOLL2』 とらのあな
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作ったものを売っています。


『レジンフィギュア・物部ハト』

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薄い氷を踏むような



 森近霖之助は現在生命の危機に瀕している。
 自身の行動を思い返してみても、一体何がいけなかったのか解らない。性質の悪い偶然としか言いようがない。そういうことってあるものだ。本人の意思とは関係なしに、いかに努力しようと否応なく物事が悪い方向に進む。言葉にしてしまえばさして珍しくも無く、同様の物語は聞き飽きるほど世に溢れている。
 しかし、聞くのと体験するのではまるで意味が違う。実際、彼はこのような災禍が我が身に降りかかろうなんて夢にも思わなかった。そもそも考えに及んだことすら無かった。野生の虎に襲われるなんて、遥か遠くの世界のどこかで、自分でない誰かの身にひっそりと降りかかるような類の不幸だと思っていた。

 つまるところ、認識が甘かったのだ。幻想郷では何が起こってもおかしくは無い。そのことを真に理解していなかったのだ。もしも世界が気紛れに時を戻してくれるのなら、十分前の自分を殴ってでも止めたい。
 いや、殴るのはやりすぎだ。だって僕は何も悪くないのだから。
 それに回避可能な出来事であるかも怪しい。ひょっとするとこの虎は、暗い淵に潜みじっと獲物が通りかかるのを待つ蛇のように、ひたすら自分を待っていたのかもしれない。何時間も何時間も、僕だけを待っていたのかもしれない。そう考えると健気だが、現実そうではないので同情する気は全く無い。
 とにかく今はこの場を生き残ることを考えなければならない。真正面にはしなやかな体躯の虎が、目を爛々と輝かせ、口の端から嬉しそうに涎を垂らしている。相対する自分の手にはエノコログサが握られている。

 エノコログサ。エノコロとは「犬ころ」のことで、漢字では「狗尾草」と書く。名の通り犬の尾にも似た毛の長い穂を付ける。
 別名をネコジャラシと言う。

 一体、どうしてこんなことになってしまったのだろう?
 きっとこのうだるような暑さのせいだ。でなければ、うっかり童心に返ってネコジャラシを振り回したりしない。
 けれどまさか、森の小径で虎が釣れるなんて誰が予想する? まだ熊の方が現実味がある。もちろん実際に熊が出てきたら面倒極まりないが。というか別に、何か小動物の気を惹きたくてネコジャラシを引き抜いたのではない。理由なんてある筈が無い。純正無意識から抽出された限りなくイノセントな行動である。そうだとも、僕は悪くない。

 しかしそんなことをいうのであれば、虎にだって悪気はない。要するに彼、あるいは彼女は遊んでいるだけなのだ。ネコジャラシの麻薬的な魅力に脳内の制御装置が蕩けてしまっているだけなのだ。そのへんの猫と何ら変わりは無い。
 ただ、奴の猫パンチは猫パンチなんてもんじゃない。冗談でもあんなものを食らったら、首と胴体が今生の別れに血の涙を流すだろう。臨死の集中力でそれを避け続けている僕は、きっと弾幕ごっこをしてみれば、回避に関してはちょっとした権威になれると思う。もちろんするつもりなど無いが。

 結論。ネコジャラシが悪い。如何なる前世の因果か、はたまた創造神の気まぐれか、ネコ科の生き物を虜にする性質をもって生まれた植物よ。僕は君を恨む。
 ならばさっさと捨ててしまえばいいと思うだろう。しかし相手は虎である。大陸においては獅子よりも更に上位に置かれる、獣の王の虎である。一瞬の油断が凄惨な死を招く。剣の達人同士が相対し、先に動いた方がやられるというあの切迫した状況にまで、悲しいことに現在来ているのだ。仮にネコジャラシを捨てて、それでもなお虎が僕に関心を持ち続けた場合、僕はもう奴の気を逸らすことすら出来ない。

 額を伝う汗は、果たして暑さに由来するのか、運動の報酬か、冷や汗なのかも解らない。
 虎はまあ、なんとも楽しそうだ。来たるべき幸福に備えて頭の中で花火でも上げているのだろう。全く人の気も知らないで。しかし人の気を知る人虎伝のような虎がいればそれはそれで哀れだ。いや僕の方が圧倒的に哀れだ。そういえば虎に喰われて来世で仏になった男がいたが、あれは何の話だっけ?

 思考した一瞬の隙を突かれ、虎のタックルをまともに受けてしまった。

  ◇

「ああ、気が付きました?」
 目覚めると、あまり見たことのない顔が飛び込んできた。少し硬そうな黄色の髪に所々メッシュを入れて、冠を戴き、そよ風のような天衣をはためかす少女。
 誰だっけ? 体を起こそうとすると、やんわりと遮られた。
「まだあまり動かないで下さい。鎖骨が折れているんです」
 そういえば右肩が上手く回らない。まあ、あんな目にあって鎖骨程度で済んだのであれば儲けものだ。そう思わないと救われない。冷静に考えれば損をしているのだ。
「ええと、君は?」
 彼女に手助けされて、体を起こしながら訊ねた。
「命蓮寺の寅丸星です。宝塔の件ではナズーリンがお世話になりました」
「ああそうだった。すまないね、寝起きなもので」
「気にしないで下さい。私も寝起きは頭が働きませんから」
 と、にっこり笑ったので、反射的に微笑み返した。
「そう言ってもらえると気が楽だよ。それで、よければ説明してもらいたいのだが」
「森の中で倒れているのを見つけて、こちらまで運びました。むしろ説明を欲しているのは私の方ですね。何があったんですか?」
「ああ、ちょっと虎に襲われてね」
「虎に?」
「そう、虎にね。ん、ああ、そういえば君も虎だったか。多分君の親戚とか、眷属とかではないだろうから安心してくれ」
「はあ」
「それに襲われたといっても、向こうはじゃれついているつもりだったんだ。現にこうして喰われずにいるのだから、悪気が無かったのは事実だろう」
 不幸中の幸いというべきだろうか。いや、どう考えても不幸だ。虎なんて見たのは本当に久しぶりだ。もうあの虎と僕との出会いは、この先起こる何らかの出来事の先触れなのではないかと疑いたくなるくらいだ。そう思うことにしよう。最近、自分を誤魔化すのが上手くなっている気がする。年を取ったなあ。思わず黄昏てしまうと、星が心配そうに顔を覗いてきた。
「すみません」
「いや、君が謝ることは無いだろう。そりゃあ、同種として思うことはあるのかもしれないけれど、君が頭を下げる理由にはならない。別に君に襲われたわけじゃないんだからね」
「許してくれるんですか?」
「何を?」
 星はちょっと言い辛そうにしていた。
「その……虎をです」
「許すも何も、虎とはそういう生き物だろう」
 彼女は何となく影の差したような顔をしていた。少し考えてから、僕は続ける。
「もし君が、僕が今日の出来事をきっかけに虎に嫌悪感を抱いただとか、価値観が一変したとか思っているのなら、それは全くの杞憂だ。心配しなくても、このくらいで虎という種族全体を嫌いになることは無いし、特別認識を改めてもいないさ」
「そうですか。よかった」
 まあ好きになったわけでもないが、彼女が嬉しそうに微笑んでいるので言わずにしまっておこう。星は頬を薄く染めて、少し恥ずかしそうに言った。
「店主様は優しいですよね。以前、宝塔のお礼にお伺いした時から思っていました。ナズーリンから聞く分には、厭世的で皮肉屋で頭の捻くれたいけ好かない奴というイメージしかありませんけれど、でもそんなことは全然無いです」
「今度、あの鼠とゆっくりお話ししたいな」
「いえ、褒めていましたよ。気が抜けないだとか、歯応えがあるとか言っていましたし」
「やれやれ、噛みつかれる方の身にもなってほしいよ。まあ彼女との会話は嫌いではないけれどね」
「そうですか」
「でもあれは時々だからいいんだよな。彼女と話していると、何というか、見えない将棋盤を挟んで、言葉を駒にして勝負しているような感じなんだ。楽しいけれどね。毎日は出来ない」
「ナズーリンは頭がいいですからね。多分、私よりもずっと」
 子供の成績をさりげなく自慢する母親のような声だった。
「それで、君はどうしてここに?」
「え? ですから、森で店主様を見つけて……」
「いやそうじゃなくて、そもそもどうして森にいたのかなと」
「私が森にいたらおかしいですか?」
 星は可愛らしく小首を傾げながら言った。
「珍しくはあるな。それとも僕が知らないだけで、結構出歩いたりするのかい?」
「しますよ。なにも奥の院に籠りっきりって訳じゃあないんです。店主様だって、動かないとか何だとか噂されていますけれど、でも結構出歩きますでしょう?」
「ああ、そうだね」
 我ながら、生返事の見本のような声が出た。一瞬の沈黙を挟んで、星が困ったように笑う。
「ええと、痛くありませんか?」
「大丈夫だよ。そういえば、この処置は君がやってくれたのかい?」
「ああ、はい。すみません、あまり包帯にも慣れていなくて」
「いや上手いものだよ。どうもありがとう」
 少々巻き方が大雑把で大袈裟だが、それは愛嬌というものだ。星は恥ずかしそうにもじもじしながら、
「それに、お店の物を勝手に使ってしまいましたし」
「使うべき時に使うべき道具を使うべくして使ったんだ。何も間違っていないし、むしろ賞賛すべきだ」
 ああ、心から称賛するとも。人の物に勝手に触れたら、本来こういう反応をしてくるべきなのだ。大切なことを長らく忘れていた気がする。慎みって素晴らしい。
「悪いね、世話を焼かせてしまって」
「いいんです。むしろ嬉しいというか、宝塔を保管して下さったご恩に比べれば、何でもないことなんです」
「過剰に感謝されるのもムズ痒いな。何度も言ったけれど、あれはただ拾っただけなんだ」
「それでもです」
 星は柔らかく首を振る。
「あの時、私、目の前が真っ暗になったんです。あの宝塔は私が毘沙門天である証のような物だったから、喩でも何でもなく、本当に未来がすっぱり切り取られて落ちていくような気持ちだったんです。もし見つからなかったらどうしようって、朝も夜もそればかり思っていたんです。だから宝塔が見つかったと聞いたとき、心の底から安堵しました。そして決めたんです。この宝塔を持っていてくれた人に、必ず何かお礼をしようって」
「お礼なら貰ったじゃないか。あのカステラ美味しかったよ」
「いいえ、とてもとても、あれだけでは返し切れたとは思っていません」
 きっと、根が恐ろしく真面目なんだろうなと思った。普通ならば「運が良かった」の一言で済むような話だ。しかし彼女にとってはそうでなかった。解らないものである。自分の何気なくとった行動が、どこか別の人の、大袈裟に言うならば人生を左右しかねたのだ。
 星は当時を思い出しているのか、しばらくぼんやりと上の空にしていた。目が合うと、はっと正気に戻ったように、
「ああ、すみません。ええと、何か取ってきましょうか? それかお茶でも……」
「いや、それには及ばないさ」
 よいしょと小声で弾みをつけて立ち上がる。「よいしょ」って言いながら立ち上がると、急に十歳くらい老けたような気になるのは何故だろう。ところで「老いる」だとどことなく上品な響きだが、「老ける」というと暗い未来が待っていそうに聞こえるのは何故だろう。まあどうでもいい。
「そんな、急に立ち上がったりしちゃいけませんって!」
 星がわたわたと慌てながら言う。
「大丈夫だよ。折れたと言っても鎖骨だろう? あまり乱暴に動かしたりしなければそのうちくっつくさ」
「甘く見すぎです! 駄目ですよ! 大人しくしていて下さい!」
「しかし、いつまでも臥している訳にもいかないだろう。店もあるんだし」
「私がやります!」
「……はい?」
「店主様がお休みの間、私が代わりにお店を持ちます!」
「……はい?」
 何を突拍子もないことを言い出すのか。しかし彼女は真面目なようで、ぐいっと大きく胸を張る。
「……ああ、その……なんだ。気持ちはありがたいが、流石にそこまでしてもらう訳にはいかないよ。応急手当してくれただけで十分助かったんだ。これ以上君に負担をかけるのは僕の良心が許さないからね」
「そんな、負担だなんて」
「というか君は寺に仕事があるだろう」
「大丈夫です。多分、二週間くらいなら不在にしていても問題ありません」
「いやいや問題あるだろう。本尊のいない寺なんて酒の無い宴会みたいなものだぞ? 里から通うのも手間だろうし」
「大丈夫です。泊まります」
「何が大丈夫なのか全く理解できん」
 どうやら思いつめた果てに妙なスイッチが入るタイプの娘のようだ。思わず溜息をついた。
「はっきり言おう。君には商売気を感じない。だから僕の代わりはおろか、店員としてこられてもあまり意味が無い。もちろん、君が非常に真面目な人であることは知っているよ。けれどそれとこれとは別なんだ。したたかさが必要だ。だから君には向かない。これがナズーリンだったらまた話は違ったがね」
 星は困った顔で、
「でも、日常不便することもおありでしょう?」
「特に無いな。じっとしていればいいだけだし」
「しかし、片腕が塞がるわけですから……」
「丸っきり動かせないわけじゃあ無いし、幸いもう片方の手が残ってる」
「ええと、ではお料理とか……」
「僕は食べずとも生きていける体質でね」
「ならお掃除でも……」
「演出的にわざと埃っぽくしているんだが」
「た、高い所の荷物とか……」
「脚立があるだろう」
「……」
 そう切なそうな顔をされても困る。
「いいかい、君みたいに日頃感謝の念を忘れず、行動できるというのは素晴らしいことだ。誰にでも出来そうで、実際出来ることじゃない。正直感動しているんだ。君は素晴らしい女性だよ。そんな君に気をかけてもらえるのは、有り難いことだし幸福だ。けれど、君は命蓮寺の毘沙門天だ。君の居場所は香霖堂ではなくて命蓮寺なんだ。それを忘れてはいけない。君がいなければ命蓮寺は、いくら体裁を整えようと命蓮寺たりえないんだ。だから、君の申し出は断ろう。香霖堂には他所の神様を横取りするような神格も無いしね」
「でも……」
「確かに、怪我のおかげでしばらくは動作を制限されるだろう。そんなとき傍で様々な雑事をしてくれる人がいれば便利だなとは思う。けれど、境遇に甘えるなというのが持論でね。自分で出来ることは自分でやりたいのさ」
 星は家に帰れなくなった子供のようにしゅんとしてしまった。
「……すみません。けれど、私にはこのくらいしか思いつかなくて」
「君は何か勘違いをしていないかい?」
「え?」
「助けたのは君で、助けられたのは僕だ。僕が君に恩を返すんだ。そのうち命蓮寺にお酒でも持っていこう。何か入用の物があれば出来うる限り便宜を図ろう。オーダーメイドも特別価格で受け付ける。困ったことがあるならば何時でも香霖堂を頼りにするといい」
 まるで欠けていたジグソーパズルのピースを椅子の後ろから見つけたような、ぽかんとした表情を浮かべていた星は、やがて諦めたような優しい笑顔になった。
「……やっぱり、店主様は優しい人ですね」
 真正面から褒められると流石に照れる。
「いや、君には負けるよ」
「いいえ、私はただ恩返しをしているだけで」
「それでもさ。いや、それだからだな」

 しばらく他愛ない話で盛り上がって、星は香霖堂を後にした。
 帰り際、彼女は申し訳なさそうな嬉しそうな、なんとも言えない表情を浮かべて、幾度もこちらを振り返っていた。その様子に新たな常連を手に入れたと確信した。彼女の姿が見えなくなるまで、活火山のように込み上げてくる笑みを噛み殺すのに大変苦労した。なにせただの常連ではない。毘沙門天の弟子である。こんな幸運は滅多に無い。きっと日頃の行いの賜物だろう。
 ここにきて初めて、結果的に彼女と巡りあわせてくれたあの虎に感謝した。もしやあの虎は、毘沙門天がわざわざこのために遣わした使者ではないのだろうかとも思えてくる。ああ、なんということだ。神が味方に付いている。香霖堂の未来は明るい。何と言っても毘沙門天だ。軍神としての知名度もさることながら、元を辿ればヒンドゥーの財宝神クヴェーラである。

 ……しまった。
 そうだ、彼女は財宝神だった!
 彼女には宝物を磁石のように引き寄せる特性があったのだ。思わず頭を抱える。畜生、素直に話を受けておけばよかった。迂闊だった。不覚だった。世界よ今こそ巻き戻れ。十分前の自分を、今度こそ殴って止めよう。逃がした魚は滅茶苦茶大きい。
 急に倦怠感が湧き上がった。包帯を巻かれた右肩に触る。じんわりと痛みが走った。掃き出すように溜息をついて、左手の頬杖に顎を預ける。
 ここは、あえてリリースしたと考えることにしよう。これを機に命蓮寺とパイプが繋げれば儲けものだ。前向きに、前向きに。ああでもやっぱり一週間くらい雇えばよかったなあ。
 項垂れたところへ、床を駆けていく鼠と目が合った。
 鼠?
 小さな口がニヤリと裂けたのは、きっと見間違いではあるまい。どこぞのダウザーに笑われている気がした。

  ◇

 後ろ手に扉を閉めて、溜息を一つ。伏せた顔は憂鬱だ。結局思った通りにはいかなかった。恩も返せず仕舞いに終わった。けれども、彼は何と素晴らしい人なのだろう。あの殊勝な心がけ。私はあの方の深さを量り違えていたらしい。迂闊に手を貸すのは無礼に相当するだろう。
 どうしよう。いずれお寺にも顔を出してくれるらしい。何もしないでいるべきなのかな? どうしよう? 困ったなあ。優しい人だ。
「アウトー」
 不意に空から声が降ってきた。振り向き見上げると、香霖堂の屋根に腰かけて、足を組み頬杖を突いたナズーリンが、にやにやと笑みを浮かべながら星を見ていた。
「ナズーリン? どうしてここに?」
 ナズーリンはそれには答えず、ぽかんとする星の前にひらりと飛び下りると、両手を広げて楽しそうに歩きながら言った。
「駄目だよ御主人。駄目だ駄目だ。仮にも毘沙門天の弟子が自作自演しちゃいけないよ。アウトだよ。レッドカードだ」
「え?」
「……と、言いたいところだ、け、ど」
 ナズーリンは目を細めてニヤリと笑い、
「初犯だからね。限りなくレッドに近いイエローってところで許してあげよう。その代わり、金輪際こういうことはしないと約束してくれ。オーケイ?」
「ちょ、ちょっと待って、ナズーリン! 何を言っているのか解らないんだけれど」
「おやおや、とぼけちゃいけないよ。もちろん霖之助君のことさ」
「……あの方に近づくなってこと? それは困るよ!」
「へえ、どうしてだい?」
「どうしてって、ナズーリンも知っているでしょう? あの方には宝塔を拾ってもらった御恩があるじゃない。私はまだそれを返しきっていないから、だから、困る」
「御恩ねえ。それだけ? へー、そう」
 と、星の顔をじろじろ眺めて、悪戯な顔でニヤニヤ笑う。星は何だか置いてけぼりを喰らっている。
「ま、問題はそこじゃ無いんだけれどさ。時に御主人。最近ぼーっとしていることが多いよ。食事の時とか、酷い時にはお勤めとか参拝客の前でも上の空だ」
「え? そ、そうかな?」
「そうだとも。気付かれていないとでも思ったかい? そりゃあもう恍惚としてるよ。アルカイックスマイルの毘沙門天さ。珍しい事この上ないね」
「ええっ! え? それってどんな顔?」
「それは言えない。大丈夫、別に聖も怒ってないし。ま、大方霖之助君のことでも考えていたんだろう?」
 すると星は唖然として、
「……ナズーリンは凄いね。心が読めるの?」
「まさか。御主人が解りやすいだけさ。いいかい、答え合わせをするよ。間違ってたら言ってくれ。
 宝塔を拾ってくれた霖之助君に何かお礼がしたいと思った。それも並みのお礼じゃ気が治まらない。しかし何を贈ればいいのかずっと迷っていた。あるとき私から聞いて、彼が道具をこよなく愛する男であること知った。そこで御主人は自分を贈ることに決めたんだ。自分には財宝を寄せ付ける能力があるから、招き猫代わりに香霖堂に居座れば、それだけで価値ある物が向こうから寄ってくる。蒐集家の霖之助君にとって、確かにこれほど嬉しいことも無いだろう。しかしさて、どうやって居座ろうか。ある程度まとまった数を与えたいから、少なくとも七日間は香霖堂に居続けたい。けれど正面から訳を話して、かえって気を使わせるのも堪らないし、となると何か不自然でない理由を考えないといけない。そうだ、いっそ怪我でもしてくれたら、看病の名目で家に置いてもらえるかもしれない。そこで早速虎に転じて、彼の外出を待ち伏せて、決して後遺症の残らない絶妙な一撃をドカン」
「やっぱりナズーリン心が読めるんでしょう!? 凄いよ、全部あってる」
「いや突っ込むところはそこじゃないでしょ。途中でおかしいと思わなかったの?」
「何が?」
 まるで子供のような顔で聞き返された。これが演技で無いことは、長年の付き合いで知っている。
 ああ、これはもう駄目だ。もはや駄目だ。
「……はあ。御主人をここまでトチ狂わせるとは、罪な男だねえ、彼も。マタタビか何かで出来てるんじゃないか?」
 ナズーリンが生暖かい目で見てやると、星は訳が解らないと言わんばかりに、かえって心配そうに彼女を見つめ返した。
「あのー……ナズーリン?」
「なあ御主人、ぶっちゃけ霖之助君のこと好きだろ?」
「え、うん。もちろん好きだよ? 優しいし、素敵だし、何より恩人だもの」
「言っておくけど御主人の目にはフィルターかかってるからね。……へえ。そうかい、恩人かい。それだけ?」
「他に何かあるの?」
「おやおや! これは時間がかかるぞ!」
 ナズーリンは楽しくて堪らないといった風に、
「いいかい御主人。ある特定の異性の事が、寝ても覚めても頭から離れない。食事も咽を通らない。どうすれば彼が喜んでくれるのか、好みが知りたくて仕方がない。多少道理を外れても、彼の傍に居続けたいと望み願う。はい、こういう状態を一般的に何と呼ぶでしょうか?」
「無我夢中?」
「惜しいっ! でも違う!」
 真剣に悩み始める星を前にして、ナズーリンはとうとう声を上げて笑った。
 なんて危なっかしいんだろう! ここまで鈍いと面白いぞ! 傷害事件は不問にしてやろう。先十年は退屈しなさそうだ。時々暴走するかも解らないが、まあ霖之助君もあれで結構タフだし、きっと何とかなるだろう。 




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                               終   20110610
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その他 | 【2011-08-29(Mon) 00:00:00】 | Trackback:(0) | Comments:(2)
コメント

これって下手したら星ちゃんヤンデレになるんじゃΣ(゜д゜;)
2011-11-10 木 22:47:03 | URL | ロストナンバー #NkOZRVVI [ 編集]

続きが見たいなぁ…
2013-04-16 火 15:55:55 | URL | #- [ 編集]
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