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吸血鬼と大彗星の魔法使い 第八章
第七章の続きです。未読の方は先に第七章をお読み下さい。


 無表情のレミリアを前に、こんなにやりづらい客もそう無いなとマルクは思った。ジャグリングをしても、アクロバットをしても、彼女の青白い顔は変わらない。拍手一つ無い。自分から見たいと言ったわりに何のリアクションもされないのでは芸人に対して無礼ではないか。試しにボールを一つ、レミリアの鼻先目がけて投げつけてみようかと思ったが、彼女のすぐ隣に咲夜が立っているのを思い出して止めた。
 やがてボールを操る手も止まり、大げさなお辞儀をしてみせても、彼女の顔は変わらなかった。
「顔色悪いねえ。吸血鬼にも体調不良ってあるのかい? まあレミィは元々白いけれどサ。今日は特に酷いぜ? 紅茶と間違えて漂白剤でも飲んだの?」
「楽しそうね」
 レミリアがどうでもよさそうに言った。
「道化はいつも笑っているものなのサ。楽しい時はそのまま素直に、楽しくない時はそれを馬鹿にして」
「つまりお嬢様を馬鹿にしているのね」
 咲夜が鋭く言う。近頃彼女はマルクに対する敵意を隠さない。
「ヘイ、ヘイ、揚げ足を取らないでくれよ。片足じゃ歩きにくいぜ?」
「もう片方も取ってあげるから這い回りなさい」
「そこまで言うなら、床の上でクロールでもしてみせようか?」
 マルクはあくまでにこにこと咲夜に向き合った。それが咲夜の苛立ちを増長させていることはきっと知っている。
「あなたの場合、笑顔以外を忘れてしまったって感じね」
 レミリアが言った。
「そういうレミィも表情が無いけれどね」
 マルクが答えた。

 扉を重そうに開けてパチュリーが入ってきた。彼女が自発的に図書館から動くとは。思いがけず全員の視線を集めたが、本人は気にしていないようだ。レミリアの前に進み出ると、鉄面皮の吸血鬼はその顔を綻ばした。
「レミィ。さっき図書館に魔理沙が来てね、彼女から聞いたんだけれど、人里でワーハクタクが姿を消したらしいの」
「ワーハクタクが?」
「……どこもかしこも失せ人だらけですね」
 咲夜がくたびれたように言った。パチュリーは頷きかえす。
「それでね、『紅魔館に行く』って言い残していなくなったんですって。レミィ、何か知ってる?」
 レミリアは心の底から意外そうな声で、
「いいえ?」
「ああ、それボクだ」
 突然マルクが口を挟んだ。全員、ぎょっとして彼を振り返る。
「ボクは里の人たちと面識あるからね。フランが消えた次の日に手紙を出したんだよ。『探すの手伝って下さい』ってサ」
「あなた、まさかその手紙に紅魔館の名前を使ったの?」
 咲夜が訊くと、マルクはさも当然と言わんばかりに、
「使ったよ。その方が確実だもの」

「……マルク。どうしてそう勝手なことをするの?」
 レミリアが頬杖を突きながらゆっくりと言った。非常に静かな声だったが、明らかに怒気を内包しているのが感じ取れた。音が急に消えたように部屋の空気が張りつめた。耳鳴りがする。咲夜もパチュリーも顔を強張らせた。ただマルクだけがへらへらと笑顔だ。
「勝手? ボクは有益になると思ってやったんだぜ? ワーハクタクの先生は過去を読む特別な能力を持っているんだろう? だったら先生を招いて、見てもらえば一発解決じゃん」
「何故前もって私に話を通さなかった?」
「その時間すら惜しかったのサ。事後承諾でいいじゃん。別に」
「ならば今まで黙っていたのはどういう訳だ」
「結局、先生が来なかったからサ。ボクもわざわざ里まで迎えに行ったんだけれど、里ではもう行ったっていうし、こっちには来てないし、かといって擦れ違ってもいないしで、その後結構大変だったんだぜ?」
 と、マルクは悪戯な眼差しを向ける。レミリアの声が一層冷たくなった。
「お前の苦労話などどうでもいい。いいかマルク、お前の行動は『吸血鬼が人間に助けを求めた』という前例を作った」
「だから何サ? 困ってるなら助けてもらえばいいじゃん」
 マルクは本当に、レミリアが何を言っているのか解らないといった感じで首を傾げる。この状況を楽しんでいる風ですらある。
 レミリアの周りの空気が、ぐらりと火焔のように揺らめいた。窓が震える。ぱきりぱきりと薄氷を踏むような幻聴がする。パチュリーは気分が悪くなってきた。威圧感に内臓を潰されそうで、時々この友人が吸血鬼であることを嫌でも思い出す。レミリアはその射殺すような視線と、切り刻むような声を容赦なくマルクに注いだ。
「その判断は私がするんだ。そこで初めて『紅魔館の決定』となる。動くんだったらその後だ。それくらい解るでしょう? お前個人の行動に『紅魔館』の名を出すな!!」
「ちょっと聞きたいんだけど、メンツと妹とどっちが大事なの?」

 瞬間、間違いなく世界が凍った。
 レミリアは目を見開いたまま、どさりと椅子の上に落ちて動かなくなった。今の今まで硝子を割らんばかりに尖らせていた気配も、まるで魂の抜けたように冷えていった。
 パチュリーはどっと汗を噴き出して、蒼白のまま心まで化石した彫像のように磔となった。
 咲夜が凄まじい速度で駆け出し、ナイフを構えると一直線にマルクの頸を掻っ切ろうとして空振った。その勢いを殺さずに回転して体勢を立て直し、無言で切っ先をマルクに突きつける。
 避けたマルクも流石にひやりとしたのか、目をぱちくりさせて咲夜を見る。彼女のそれは、まるで火花を散らす猟犬の双眸だった。咲夜が一歩進むと、マルクは一歩退く。睨み合いながらじりじりと互いの距離を保って回る。
 投擲はしない。マルクと最初に出会った時、ナイフを全て受け止められて以来、どうも彼にナイフが当たるというイメージが浮かばない。下手に避けられて主の部屋に傷を付けるのも嫌だ。時も止めない。レミリアの見ている前でこいつの息の根を止めたかった。何よりも咲夜は、自らの手で確実に彼を刺したかった。これ以上奴の口から言葉が発せられるのが許せない。
 しかし彼女が刃を突き立てるより先に、レミリアが小さな声で二人を制した。
「……もういいわ。マルク、下がりなさい」
「はーい」
 九死に一生か、待っていましたとマルクは顔を上げて、丁寧に頭を下げると、うきうきとスキップを踏むように部屋を去った。

 マルクがいなくなっても、一度狂った雰囲気は戻らなかった。パチュリーは落ち着きを取り戻そうと、胸に手を当てて何度も深呼吸している。咲夜はマルクの消えて行ったドアを散々睨んだ後、レミリアを向き直り、マルクに代わって非礼を詫びた。
「申し訳ありませんお嬢様。あの無礼者にはきちんと教育しておきます」
 レミリアは聞いているのかいないのか、ぼんやりとしている。
「……いや、別にいいわ。……それより咲夜、私、ちょっと疲れているみたい。早いけれど休むわ。ベッドの用意をしておいて」
「……かしこまりました」
 咲夜の脳裏に突然、食卓のナイフを握ったレミリアの小さな手がフラッシュバックした。改めてレミリアを見る。我が主は、こんなにも小さかっただろうか。不意に、彼女のもとに駆け寄って抱きしめたい衝動に駆られた。あの小さな背を、小さな手を、強く握りしめてやりたかった。
 けれど咲夜にはそれが出来ない。思わず動きそうになる体を押さえて、私はあくまでメイドなのだと自分に言い聞かせた。格上の主君を抱きしめるなんて、とても出来ない。紅魔館の中でそれが出来るのは、ある意味レミリアと対等なパチュリーだけだ。
 咲夜はパチュリーに向かって、何か期待を込めるようにお辞儀をすると、戸を開けて部屋を去った。

 無言のレミリアと、棒立ちのパチュリーだけが残された。
「……レミィ」
 とりあえず呼びかけてみたが、後に言葉が続かなかった。互いに目を伏せたまま、長い時間が流れた。
「ごめんパチェ。今は一人にして」
「……うん」
 レミリアに言われて、パチュリーは小さく頷くと、名残惜しそうに何度も彼女の顔を見ながら部屋を出て行った。

  ◇

 日もすっかり落ちて、人里は宵闇に包まれている。誰も彼も寝てしまうにはまだ早いのに、不思議と生活音も聞こえない。
 そんな密やかな月光の中に、霖之助の囚われた蔵の周りでこそこそと動き回る影があった。紅魔館から戻ってきた魔理沙が、人目を避けるようにして彼に会いに来たのだ。
「ただいま香霖。本返してきたぜ。悪いな、遅くなって」
 格子越しに中を覗いて、退屈そうにしていた霖之助に呼びかける。霖之助は魔理沙に気付くと微笑んで、
「いや、ありがとう。助かったよ。僕の優良貸出記録に傷が付くところだった。どうだい、紅魔館の面々はお変わりなく元気にしていたかい?」
「それが、まるで葬式みたいに暗くてな」
「おや。どうして?」
「フランが一昨日から迷子なんだってさ。あ、フランって解るか? フランドール・スカーレット。レミリアの妹」
 魔理沙が声を潜めて言うと、霖之助は顎に手を当てて考え込んだ。
「ふむ、迷子の吸血鬼か。それって一大事じゃないか」
 魔理沙は一層深刻な声で、
「ああ。凄くやばいんだ。別に人が襲われるとかそういうことじゃなくてさ、フランは何ていうか幼いところあるし、吸血鬼が弱点だらけだってことも解ってないのかもしれない。何にせよ、まずいんだよ。それでさ香霖、悪いんだけれど私、フランを探す手伝いもすることにしたんだ。だからあんまり頻繁には来れないかもしれない」
「構わないさ。僕よりも迷子探しの方に打ち込んでくれ。僕はそう簡単にくたばりはしないけれど、外に出た吸血鬼は別だろう?」
 霖之助は嬉しそうに言った。我が子を誇る父親のような顔である。その心持が魔理沙に伝わったのか、魔理沙も自慢げに頬を染めた。
「いや、でも一日に一回は必ず顔出すからな! じゃないと香霖、私が恋しくて死んじゃうだろ?」
「兎じゃないんだからさ、本当に気にしなくていいよ」
 と、そこで声色を変えて、
「それにしても、あっちでもこっちでも人が消えているんだな」
 呟くような言葉に、魔理沙も釣られる。
「ああ、ひょっとすると何か異変が起こっているのかもしれないな。一応、霊夢にも話してみるかな……。つーことで、じゃあな香霖! また来るぜ!」
「ああ、おやすみ。気をつけて帰るんだよ」
 元気よく飛び出す魔理沙をにこやかに見送って、その姿が十分に見えなくなると、静けさを余計に増した部屋の中で、霖之助は一人壁に寄りかかって座した。
 そのまましばらく眼を鋭くして何か考えているようだった。

 やがて顔を上げると、口の端をにやりと持ち上げて、中空に向けて唱えた。
「だってさ」

  ◇

「なるほどねえ。そういうことか」
 隙間の向こうで紫が満足気に答えた。
「紅魔館に掛け合ってみますか?」
 藍が尋ねると、紫は柔らかく首を振る。
「いいえ。ワーハクタクの回復を待ちましょう。既に歴史が改変された後、っていう可能性もあるの。その確認をしてからね」
「その間、人里のフォローはどうしましょう」
「人里ですもの。人に任せましょう。霊夢ー?」

  ◇

 隙間を開けると、霊夢は仏頂面の手本のような顔で紫を迎えた。
「なによ?」
 彼女の眼差しは、可能な限り面倒事は持ってくるなと雄弁に語っている。紫は微笑みながら言った。
「突然で悪いんだけれど、一週間か二週間くらい、人里の守護者を代行してくれないかしら?」
「は? 嫌よ、面倒臭い」
 即答だった。
「何も寺子屋の教壇に立てって言ってるんじゃないのよ。ほら、今人里ってワーハクタク不在でしょう?」
「ああ、『紅魔館に行く』って言ったっきり蒸発したんだってね」
「それが問題でね」
 紫が頬杖を突く。
「痺れを切らした里人が、結託して紅魔館に家宅捜索、なんて馬鹿なことはしないと思うけれど、でも極力そういう事態は避けたいわけよ。下手するとグロス単位の死者が出ちゃうからね。だから、もしそういう無茶する人が現れたら、多少痛い目にあわせてでも止めてやってほしいのよ。それだけ。楽なものでしょ?」
「守護っていうか監視ね。あー、面倒臭いなあ。いいわ。二週間ね?」
「ええ。二週間」
「その間に、なんだか知らないけれど終わらせなさいよ」
 霊夢は頭を掻きながら、溜息交じりに、しかしはっきりと言った。相変わらず超常的な勘である。
「流石、霊夢は話が早いわ。じゃあよろしく」
 紫は嬉しくて堪らないといった風に笑って、隙間の中へ姿を消した。



第九章へ続く
吸血鬼と大彗星の魔法使い | 【2011-07-23(Sat) 00:00:00】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
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