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吸血鬼と大彗星の魔法使い 第五章
第四章の続きです。未読の方は先に第四章をお読み下さい。


 紅魔館の地下室で、マルクが一人途方に暮れている。
「困ったなあ。せんせーい、どこだーい?」
 部屋の隅々を探して回るが、慧音の姿はどこにもない。扉は破られていないのだから、部屋のどこかにいる筈なのだが。マルクは首を捻った。
「んー、透明になる力でもあったのかな? せんせーい。ほら、帽子忘れてるじゃないか。貰っちゃうぞー? いいのー?」
 慧音がかぶっていた四角い帽子を拾い上げて、頭の上で大きく振ると、べりっと音を立てて端から破けた。先程の戦闘でぼろぼろになっていたのだ。
「困ったなあ」
 マルクはしばらく帽子を弄んでいたが、やがて手を止めると声を張り上げた。
「まあいいや。先生、聞こえているかどうか解らないけれど言うよ? 先生がさっき見たことはサ、どうか先生だけの秘密にしておいて欲しいんだ。もし誰かに言ったとか、教えたとか、そういうことが解ったら、そうだなあ、里の人口を半分くらいにしちゃうからね。嫌だったら出てきてー。……出てこないね。じゃあそういうことで。おねがいしまーす。先生を信じているよ。ボクは伝えたからね」
 言い終わると、ようやくマルクは部屋から出て行った。

 残された慧音は、気を失いそうになるのを必死で堪えていた。
 マルクが部屋を出てからたっぷり十分は様子を見た後で、震える体を何とか持ち上げると、それだけで気が遠くなった。
 この部屋はこんなに暗かっただろうか? それとも自分の目が霞んでいるのか解らなかった。
 体中が軋む。特に左腕の感覚がおかしいが、とても確かめる気にはなれなかった。
 とにかく、この館を出よう。いつまで意識を保っていられるか解らない。

  ◇

 手にした図鑑の最後のページをめくり終わって、時計を見るともう日付が変わっていた。霖之助は軽く伸びをして、だらりと椅子に体を預けた。目を閉じると図鑑に載っていた奇妙な姿をした鑑賞鳩が空想の中を自在に飛び回った。
 今日はもうこのまま寝てしまおうか。
 元々静かな香霖堂は、夜の訪れに一層密やかさを増して、空想の宇宙は限りなく現実を侵食する。霖之助は眠りに就く前の数十分を、ぼんやりと上の空に過ごすのが好きだった。しかし眠る前でなくとも思想に沈むことは多々あるのだから、考えてみれば自分は半ば上の空に生きているのかもしれない。現実を相手取る商人としてそれはどうなのだろう。足元が綿菓子のようにふわふわとしている商売人の下へ客は来るのだろうか?
 不意に、何か現実的な事を確認したくなった。そういえば鍵は掛けただろうか?
 霖之助はおもむろに立ちあがると、玄関へ向かって歩き、扉の少し手前で柔らかい何かを蹴とばした。
 見下ろすと、知った人物が血まみれで転がっていた。
「慧音!?」
 眠気が一遍に吹き飛んだ。慌てて彼女を抱きかかえると、慧音はぐったりと虚ろに目を開いた。
「どうした? 意識はあるか? ちょっと待っててくれ、すぐに永琳を呼んでくる」
 とりあえず呼吸はしているが、素人目に見てもこの状態は危ない。立ち上がろうとすると、慧音に袖口を掴まれた。
「まって……医者は……駄目……」
 その手が酷く弱々しくて、霖之助の焦りを増長させた。
「何言ってるんだ。放置して治るような傷じゃないだろ」
 強い口調で返すと、慧音は懇願するように霖之助に縋り付いた。
「駄目なんだ……私が……無事だと知られたら……里が……さとが……」
「話が見えない。何があった?」
「たのむ……」
 囁くような声を残して、慧音は意識を失った。霖之助はぎょっとして、大声で名前を呼んだり揺り動かしたりした。
「慧音? おい慧音!? ……頼むって言われても、僕は医者じゃないんだぞ?」
 反応は無い。嫌な汗が流れた。慧音の体は冷たかった。大分血を流したようだ。服もボロボロだ。何があったんだ?
 ともかく応急処置ならまだしも、このレベルになると自分に出来ることは何もない。どうする? 無力感を噛み締めながら、霖之助は宙に叫んだ。
「紫! 都合よくどっかで覗き見してたりしないか!」

 するとその言葉を合図のように、空中に切れ目が入り、窓が開くようにして、向こう側から髪の長い美女が身を乗り出した。
「あらあら、まるで人のことを間者みたいに言うのね。こんばんは、霖之助さん。それと、あら、ワーハクタクね。どうしたの?」
 淑やかな声で話す美女は名前を八雲紫といい、幻想郷の創設に携わった大賢者である。
「見ての通りだ。怪我してるんだが、医者には掛かれない事情があるらしい。でも家の常備薬でどうにか出来る容体じゃない」
 霖之助は掴みかかるように言った。
「なるほどね」
 紫が手にした扇をパチンと鳴らすと、次の瞬間、霖之助は慧音を抱えたまま、見たことも無い座敷に移動していた。
 驚いて声を上げそうになったが寸前で堪えることに成功した。
 八雲紫はありとあらゆる「境界」を操る。距離と空間を無視した移動などお手の物だろう。
 霖之助は慧音を畳の上にそっと寝かせると、紫がそれを覗き込んだ。ゆるくウェーブのかかった髪がぱらりと流れて、うっとりするような高潔な香りが鼻をくすぐった。
「どれどれ。あら、本当に酷いじゃない。藍、ちょっと来て」
 するとぱたぱたと廊下を走る音がして、ぬいぐるみのようなふさふさの尻尾を揺らしながら一人の少女が三人の前に現れた。紫の式の八雲藍だ。式とは要するに側仕えのようなものと思っていてくれていい。
 藍は落ち着いた態度で恭しく頭を下げると、
「はい。何でしょうか紫様。ってあれ、店主殿? え、うわっ! どうしたんですか、そのワーハクタク!」
 と、顔を二転三転させた。
 霖之助は軽く会釈を返し、紫は慣れた様子で指示を出した。
「死にかけてるから手当てしてあげて。今、里で彼女を失うわけにはいかないわ」
「かしこまりました。……動かしても大丈夫でしょうか?」
「多分大丈夫だよ。さっきまで動いてたからね」
 霖之助が言うと藍は彼と慧音を交互に見て、
「はあ。それでは」
 と彼女を軽々と持ち上げ、どこかへ去って行った。

 部屋には霖之助と紫の二人が残された。霖之助は安堵に胸を撫でおろした。紫に預かってもらえば慧音は安心だろう。
「すまない。助かったよ」
 言うと紫は微笑んで、
「治療費は後で請求してもいいのかしら?」
「……分割でもいいかい? なんか払い終わる前に僕の寿命が尽きそうだけれど」
「あら、冗談よ。困った時はお互い様ですわ」

  ◇

 しばらく会話の無い時間を過ごした。
 霖之助は盗み見るように紫を窺いながら、完璧な容姿と、完璧な知識を持つ彼女に、どう切り出していいものか迷っていた。
 改めて見ると、紫は実に女性らしい女性であった。
 以前見た時は幼い少女の形をしていたような気がするが、恐らくその日の気分によって自分の見た目を変えでもしているのだろう。彼女はそういう出鱈目なことが出来る人だ。
 そして今日の彼女は、全身を黄金比でチューニングしたような完全な肉体を持っていた。
 滑らかに光る爪や、長い睫や、月の光を溶かし込んだような髪や、服の上からでも解る豊かな胸や、薄く膨らんだ艶やかな唇が、うっかりすると何時間でも見惚れていそうな妖しい魅力を放っていた。
 正直にいうと霖之助は、それ故に紫が苦手だった。
 彼女は完璧すぎるのだ。きっと自分が千年かけて到達するような域に存在している高根の花だ。そのため彼女の言動の一つ一つに、自分では計り知れないような裏があるのでは無いかと勘ぐってしまう。同じ八雲でも、藍の方がまだ可愛げがある。彼女も実にしっかりとした女性だが、紫と比べると遥かに付き合いやすい。
 ひょっとするとこの二人は、一組になって初めて完成なのではないかと思った。完璧の一歩手前をうろうろする藍の存在が、紫をいくらか親しみやすいものにしているのではないか。
 今更ながら霖之助は、どうして自分は、雲の上の住人のような彼女と気安く声を掛け合うことが出来るのだろうと不思議に思った。
 尤も向こうが自分のことをどのように考えているのかなんて見当もつかないが、少なくとも僕は、緊急事態に助けを求められるくらいには紫を信頼しているらしい。
 何故だろう? こんな胡散臭い人なのに?
 霖之助は一旦考えるのを止めた。
 自分は助けられたのだ。手を伸ばしたらきちんと掴んでくれたのだ。今日ぐらいは、彼女を称して胡散臭いとか思うのは止そう。

 やがて紫が穏やかに会話を切り出した。
「落ち着いたかしら?」
「最初から落ち着いているさ」
「いいえ。貴方さっきまで凄い顔をしていてよ」
「そりゃあ、目の前にいきなり血まみれの知人が現れればそうなるよ」
「そうね。そうなるわね」
 紫はくつくつ笑った。霖之助は何となく決まりが悪くなって、わざとらしく視線を泳がせた。
「それで、詳しいお話は聞けるのかしら?」
「そうしたいところだけれど、僕も話を聴いている余裕なんて無かったんだ。推測するしかないな」
「医者に掛かれないというのは彼女が自分で言ったの?」
「そう。自分が無事なことが知られると、どうやらまずいらしいんだ。慧音がじゃなくて、人里がね」
「脅迫されている?」
「そういう印象を受けたね」
 霖之助は慧音の訴えるような目を思い出した。
「ではそのように考えましょう。お店に来た時の様子は?」
「それが、そのとき読書に夢中でさ、気が付いたら倒れていたって感じだ」
 もう少し周りに気を配っていればよかったなと、霖之助は少しだけ後悔した。
「彼女はドアから入ってきたの?」
 紫が言う。
「君以外のお客様は皆ドアから入ってくるよ。それ以外に店に入る方法が無いからね」
「ドアベルは鳴りました?」
「そういえば聞いて無いな」
「なるほど。本気で逃げたのね」
「なにが?」
「つまり彼女は自分の能力で、自分を隠しながら移動していたのよ。いくら読書中でも、静かなお店ですもの。来客くらい気が付くでしょう? だからあなたは、そもそもドアが開いたのを認識出来なかったってこと。ベルは鳴らなかったんじゃなくて、鳴ったけれど解らなかっただけ」

 上白沢慧音の能力をはっきりさせておこう。
 地面は過去の出来事を記憶している。
 磁気テープのように、あるいはデジタルカメラのように、ある時は父親に銃で撃たれた少年が地面に倒れたことを憶えているし、或いは下水管に生き埋めにされたヤクザのことを、或いは地面に激突して墜落した旅客機のことを完璧に記憶している。
 この「地面に記憶させる」というのがハクタクの仕事である。
 慧音の有するハクタクの最大能力は、言わずもがな歴史を創造することだ。歴史というのは要するに過去の出来事の積み重ねである。地層のようなものと思ってくれていい。満月の日に彼女が行っている「歴史の創造」というのはつまり、その一月の間に起こった様々な出来事を新しい層として積み上げ、固める作業をしているのだ。そうやって大地は歴史を記録する。
 その際、彼女は創造者の特権として、未来に残すべき歴史の取捨選択をすることが出来る。残したくない歴史の痕跡を消すことで、遠い未来にその事実そのものを無かったことに出来るのだ。
 具体的に何が起こるのかというと、歴史を構成する最小単位であるところの「現実」が見えなくなる。
 例えば、つい手を滑らせて、父親が大事にしていたコップを割ってしまったとする。あなたは叱られるのを恐れて、割れたコップの痕跡を徹底的に隠す。その後あなたが秘密を守り通すことが出来れば、やがてコップは「あなたが割った」のではなく「いつの間にか消えていた」という認識にすり替わる。
 感覚的にはそういうことだ。慧音がひとたび「これこれを隠そう」と決めたならば、対象はたちどころに透明となり、人々の目から消えてしまう。たとえ記憶を頼りに、見えなくなった実体に触れることが出来たとしても、脳が触れたと認識しない。消されたものが音を立てても、その音は聞こえなかったことになる。結局人々は現実を見失う。
 そして何かを隠したままで、満月の日に歴史を定着させれば、後の人間は消された事実を辿ることさえ出来ない。
 もちろん、この能力は頻繁に使用していいものではない。個人的な歴史の改編などあってはならないと慧音は考えている。そのため彼女がやむを得ず歴史を隠すときには、自分の行動が正しいのかどうか、裁判官が過去の判例を参照するように徹底的に歴史を洗い(サイコメトリーはこのためにある)、結果行動することを決めた場合も、一過性のものであるように止めている。彼女は割れたコップをきちんと提示するのだ。ハクタクは博愛者でなければ勤まらない。

 紫が続ける。
「ということは、屋外では迂闊に能力を解除出来ないような状況にあったということ。それは彼女に傷を負わせた何者かが、単純にまだ近くにいたのか、或いはそこまで慎重に行動しなければならないほど危険な存在だったのか。何にせよ、彼女は恐るべき暴力から逃げていた。傷の具合を見るに、弾幕勝負はしていないでしょうね。相手は本気で殺しに来ているわ」
 だろうな、と霖之助は思った。慧音が自分の身を守るためだけに能力を使ったのだ。優しい出来事である筈が無い。
「スペルカードルールを理解していない輩ってこと?」
「だとしたらそいつの頭脳は妖精以下よ。脅迫なんて手段を取れるかしら。彼女に付いていた傷は矢傷だったわ。武器を取れるということは、それなりの知能を持ち合わせていることの証明になりません?」
「そうだね。そもそも相手が女の子だったかどうかも解らないし。ああ、いかんな。どうも最近、戦闘イコール弾幕ごっこという図式が頭に出来上がっているらしい」
「定着してくれて嬉しいわ。けれど、弾幕ごっこは所詮遊戯。スペルカードルールを無視した純粋な戦闘で、『人間+α』程度のワーハクタクが果たしてどれほど戦えたかは解らないけれど、とにかく彼女はギリギリまで追い詰められて、幸運にも逃げ出すことが出来た。けれど、ただでは逃がしてもらえなかった。相手はちゃんと彼女の性格を研究していたのね。何をすれば彼女の行動を最も制限出来るのか手は打ってあった。『医者に行ったことが解ったら里人を何人か殺す』とか、そうね、いっそのこと『全滅させる』くらいは言ったかもしれません。
 問題は彼女がそれに黙って従ったこと。つまりそれだけの実力差があったということ。となると、その辺の名も無き妖怪達じゃちょっと力不足ね。案外、私達もよく知る人物だったりするかもしれませんわね」
「それは勘弁してほしいな」
 霖之助は本心から言った。紫は彼を安心させるように、
「まあ、ただの推測ですわ。私とて、みだりに人を疑うのは好きではありません」
 と付け加えて、にっこり笑った。
 それからまたしばらく会話の無い時間を過ごした。以前ほど気まずくは無かった。

  ◇

 夜が明けた。
 絵に描いたような完璧な朝食を御馳走になり、談笑しているところへ藍がやってきた。少し疲れた顔をしているのは、治療が容易ではなかったことの証明だろう。そのうち、この娘に稲荷寿司でも作って持って行ってやろうと霖之助は思った。
「ご苦労様」
「慧音は?」
「一通りの処置を終えて、まあ何とか持ち直したって感じですね。半獣じゃなかったら命は無かったでしょう」
 安堵のあまり言葉が出なかった霖之助に代わって紫が訊く。
「話は聞けそう?」
「それはまだしばらくかかると思います。今も眠っていますし、素直に回復を待つしかありません」
「次の満月は十七日後ね。それまでには治るかしら」
「治します」
「流石、頼もしいわ」
 藍は凛とした顔のまま、光栄だと言わんばかりに尻尾をふさふさと揺らした。
「それで紫様、彼女の懐からこういう物が出てきたのですが」
「あら、書状?」
「ん? どこから?」
 二人は顔を近づけて藍が差し出した紙を覗き込むと、
「……紅魔館?」
 声を合わせて言った。



第六章へ続く
吸血鬼と大彗星の魔法使い | 【2011-07-01(Fri) 00:00:00】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
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