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吸血鬼と大彗星の魔法使い 第三章
第二章の続きです。未読の方は先に第二章をお読み下さい。


 人里から道なりに歩いていくと、魔法の森の入り口に時代がかった古道具屋がある。香霖堂というその店内で、霧雨魔理沙はうきうきとしながら店主の森近霖之助に話しかけた。
「なあ香霖、知ってるか? 最近、里に大道芸が来てるんだ」
 いかにも楽しそうな魔理沙の声に、霖之助は読んでいた本から目を外した。
「へえ。大道芸なんて久し振りに聞いたな。軽業でもやるのか?」
「いやあれは曲芸だな。この間見たけれど、玉乗りしながらジャグリングしたり、結構見応えあったぜ。どうだ? 一緒に見に行かないか?」
 魔理沙はカウンターに乗り上げて、身振り手振りを加えながら力説する。霖之助は一応興味ありげに相槌を打ちながら、結局最後は首を横に振った。
「またの機会にしておくよ」
「お前、たまには動かないと本気で体から植物が生えるぜ?」
 明るく、呆れたように返す。
「いいね。それで光合成でも出来れば便利だな」
「まったく」
 魔理沙はやれやれと頭を掻きながら、一瞬体から枝葉の飛び出した霖之助を想像して溜息をついた。彼を誘ったってどうせ来ないのは解りきっていたけれど、それでも少し残念そうだ。

  ◇

 日頃里から離れて暮らす魔理沙の耳にも届いたくらいだから、不定期に行われるマルクの大道芸は、里の中ではそこそこ有名になっていた。
 マルクは今日も何度か宙返りをやってみせて、割と満足がいくだけの拍手をもらって、少ないながらも小遣いを稼ぐことに成功した。紅魔館から受け取る賃金の量に文句は無いが、マルクはこうして自分の体を動かして貰ったお金の方が好きだった。少なくとも、小遣いに関してはそう思っていた。それ以上の金額となると途端に興味が失せるのだ。そのためかマルクは自発的な買い物をしたことが無いし、紅魔館に何か個人的な要求をすることも無かった。

 館に帰ると甘い香りが漂っている。きっと咲夜がケーキでも焼いているのだろう。
 しかしマルクは彼女の作った非の打ち所の無い焼き菓子よりも、里の駄菓子屋で買った飴玉一個を好んだ。
 まっすぐ地下へ向かう。帰宅の挨拶などしない。
 里の子供から貰ったコインを指の間で器用に転がしながら、地下室の扉を開けると、フランドールが膝を抱えてまじろぎもせずにマルクを睨んできた。
「ただいまー。やあ、おはようフラン。今日は早起きだねえ」
 明るく話しかけるが、フランドールは何も言わない。
「寝不足かい? 速やかに寝なおした方がいいぜ」
 彼女は石のように動かない。ゴルゴンのような視線だけがぎらぎらとマルクに注がれている。マルクは笑いながら、
「ほら顔が不機嫌じゃないか。その顔見てるとなんか笑えてくるからやめた方がいいよ。それとも本当に不機嫌?」
「……どこに行ってたの?」
 ようやく開いた口からは、爆発する前の火薬樽のような静かな言葉が発せられた。マルクは簡潔に、
「里」
 と答えると、笑顔を崩さないまま彼女の横に座った。
 フランドールは決して目線を合わせようとせずに、
「……起きたらここにいるって言った」
「ああ。キミが起きる前には帰ってくるつもりだったのサ」
「ずっといろって意味だった」
「あ、そうなの?」
 わざとらしく驚くマルクに、フランドールは子供なりに精一杯憎々しげな顔を向けて、
「マルク。私が眼を覚まして、どれだけがっかりしたか解る?」
「まー可哀想に。それはごめんね」
「誠意が見えない」
「誠意って何サ?」
「もういい。出ていけ」
「やだ」
「命令が聞けないのか!!」
 フランドールは弾けるように立ち叫んだ。部屋中に反響し、びりびりと空気を揺らす。その後には引き波のような静寂が残った。
「知っているかい? 道化は命令に従わなくていいんだぜ」
「知らない!!」
 そう言って、ぷいと体ごと顔を背けた。マルクが前に回り込むと今度は逆を向いた。しばらくくるくると回された後、マルクが言った。
「フラン、誠意なんていうものは、所詮他の誰かがキミから許しを請う時に提示する判断材料なのサ。でもボクは、フランがボクのことを許してくれるって確信しているんだよ」
「……どういうこと?」
 顔を上げると、マルクはにこにこしながら、
「フランが許してくれないと、ボクはフランに裏切られたことになるのサ」
 咄嗟に返すことが出来なかった。マルクは続けて、まるで舞台上で役者が声を張り上げるように、
「ああ、そうなったら悲しいなあ。だから仲直りしよう、フラン」
 と言って笑った。

「……ずるい」
 散々沈黙した後で、フランドールはそれしか言葉が出なかった。

  ◇

 仲直りの握手を交わしてしばらく後、フランドールがふと気が付いたように訊ねた。
「ねえ、マルクはどうしてお空の上にいたの?」
「色々あってサ」
「色々って?」
「お月様とお天道様が喧嘩して、玉乗りして、割り込んで、最終的に爆発した」
 少し考えてみたが、状況が全く理解を超えていたので、フランドールは正直に、
「全然解らないけれど大変だったのね」
 と気の毒そうに言った。マルクはへらへらしながら、
「大変だったよ。でも学んだこともあるしね」
「何を?」
「最後まで気を抜いちゃいけないってことサ」
「ふうん。ねえ、お空の上ってどんなところ? 何があるの?」
「何も無いよ」
 フランドールは首を傾げて、
「でも、お星さまはあるでしょう?」
「無いよ」
「そうなの?」
 期待を裏切られたような顔をすると、マルクはにっこりして、
「あっても、無いのと同じなんだ。ボクは星が大嫌いだからサ」
「じゃあ、今までずっと大嫌いなものに囲まれて過ごしていたの?」
「そーね」
 フランドールは少し沈黙して、
「独りで?」
「まーね」
「そうなんだ」
 何となくマルクと目を合わせるのが辛くなった。部屋の中を見回す。調度品は気に入らない物がほとんどだけれど、大嫌いと言い切る程でもない。複雑な気持ちになった。マルクはきっと、私よりもずっと酷い生活をしていたんだろうと想像するといたたまれなくなった。

 フランドールはマルクに向き直ると、まっすぐに彼の目を見た。
「……ねえマルク、紅魔館は好き?」
「気に入ってるよ」
 フランドールは少しだけ安心した。
「よかった。みんなのことは好き?」
「んー、嫌いでは無いとだけ言っておこうかな。咲夜さんが怖くてねー」
「ねえマルク。私はマルクのこと好きだよ」
 間髪入れずにマルクも返した。
「ボクもフランのこと好きだよ」
 フランドールは優しい顔になって、
「友達だもんね!」
「友達だからね」
 マルクはいつも通りに笑った。

  ◇

 丁寧に四回ノックして扉をくぐると、咲夜は予想外の静寂で迎えられた。
「妹様、お食事をお持ちしました」
 声を張ってみたが、まるで反応が無い。食事を載せてきたカートをその場に残し、散らかる玩具の隙間を縫うように部屋の中を歩き回った。
「妹様? お休みですか?」
 ベッドにも姿は見えない。
「妹様ー? 何処ですか?」
 部屋の中のどこにも、生き物の気配はしない。胸騒ぎがした。すかさず懐中時計を引っ張り出すと、スイッチを押して秒針を止めた。

 同時に世界が止まった。
 死んだような静寂が訪れ、空気の流れる音すらしなくなった。カーテンはひらめいたその形のまま固定され、壁に下げられた照明が不自然な位置で止まった。食事から上がる湯気の粒子までもが彫刻のように動かなかった。何もかもが彼女が時計を止めたその瞬間に運動をやめて、出来のいいオブジェのようにその場に磔となった。まるで空気が透明な氷になって全てを閉じ込めたようだった。
 ただ一人、咲夜だけが動いた。
 無音の世界に彼女の足音だけが響く。道中何人かのメイドとすれ違ったが、皆マネキンのように止まり、誰一人咲夜に気付く者は無い。当然である。実際は一刹那にも満たない、気の遠くなるほど微分された時の隙間で咲夜は動いているのだ。

 咲夜は紅魔館の隅々を時間をかけて確認していった。普段確認しない地下道まで歩いた。
 やがて館を調べつくしてしまうと、再び時計を押した。
 途端に音が洪水のように押し寄せ、時計は何も無かったように秒を刻んだ。空気は清かに音を立てて流れ、風に押されたカーテンは重力に従って形を整えた。
 世界が動き始めた。
 廊下の真ん中でお喋りに興じていたメイドは、突然目の前にメイド長が現れたせいで顔を真っ青にして、必死になって弁解を始めたが、咲夜はそれを無視して歩きながら考え込んだ。
 妹様が館の何処にもいない? マルクも?
 眉間に皺を寄せて、
「まさか」
 と呟くと、咲夜の姿は切り取るように消えた。残されたメイドは互いに顔を見合わせた後、黙って掃除を再開した。

  ◇

「……んー。まいったなあ」
 雲一つない星空の夜、紅魔館に隣接した大きな湖の畔に、マルクは天を見上げながら途方に暮れたように座っていた。
「こんな所で何をしているの?」
 背後から咲夜が音もなく現れた。マルクは特に驚きもせず振り返ると、額をさすりながら笑った。
「ああなに、この幻想郷っていう土地は全体がバリアで囲ってあるんだろ? どれ程のものかと思ってサ。ちょっとぶつかってみたんだ」
「何馬鹿なことしてるのよ。で、どうだった?」
「それが全然歯が立たなかったよ。もー強すぎ。凄いや。こんなバリア見たことないサ。でもそう思うと檻にでも入れられてる気がしてこないかい? まさか道化から自由を奪うとはね。まったく、まいったなあ」
 咲夜は溜息をつき、鋭い声で言った。
「そんなの気にするのあなただけよ。それで、妹様は?」
「ん? 部屋にいるだろう?」
「いなかったのよ」
「じゃあ館のどこかにいるんじゃないかい?」
 咲夜の顔にどっと険しさが増した。
「……ちょっと待って。あなたが妹様を外に連れ出したんじゃないの?」
 マルクは平然として、
「なんでサ? フランは外に出ちゃいけないんだろう? そのくらい知ってるよ」

 一瞬、咲夜は目の前が真っ白になった。
「……なんてこと……」
「え?」
 訊き返すより早く、咲夜の姿は消えていた。



第四章へ続く
吸血鬼と大彗星の魔法使い | 【2011-06-16(Thu) 00:00:00】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
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