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吸血鬼と大彗星の魔法使い 第二章
第一章の続きです。未読の方は先に第一章をお読み下さい。


 紅魔館にマルクが道化として迎えられてから、まず目に見えてパチュリーの負担が減った。
 パチュリー・ノーレッジは紅魔館付属の図書館に住んでいる魔女である。常にぼんやりとした目をしていて、裾の長いローブをずるずると引き摺って歩き、喘息持ちのくせに埃っぽい所が好きで、頻繁に発作を起こしては周囲を慌てさせる。生活は不規則そのもので、髪も伸ばし放題、世話を焼く人がいなければ食事も睡眠も忘れて何日でも何時間でも本を読んでいる。手伝ってやらなければ自分から着替えようともしない。そのため使用人の間ではこっそり「紅魔館で一番手間のかかる女」と噂されている。
 そんな人物であるのだが、しかしこのパチュリー、魔女としての才能は一級品である。実に広大な敷地を誇る紅魔館内の魔術的な処理を、たった一人で補えるだけの技術を持っているのだ。

 さて、マルクが来る以前までは、彼女はフランドールが癇癪を起したときに備え、館の地下に常時相当量の封印を施していた。しかし最近ではフランドールが悪戯に封印を破壊することも無くなったため、地下に流し込むはずの魔力を大幅に節約することが出来ていた。元々体の弱いパチュリーにとって、これは嬉しい誤算であった。
 フランドールは遊び相手が出来て毎日楽しそうに過ごしている。
 それを眺めるレミリアの目は心なしか優しく見える。
 平穏である。
 地下への階段を下りながら、案外いい拾い物をしたのかもしれないと咲夜は思った。言いつけた雑務も、言いつけた分は器用にこなしている。有能か無能かでいえば彼は間違いなく有能だ。

 フランドールの部屋の前まで来ると、扉越しに空気の振動を感じた。パチュリーが封印を緩めたために、僅かではあるが音が漏れているのだ。きっと中では遊びという名の大暴れが繰り広げられているのだろう。聞こえないと解りつつも、咲夜は丁寧にドアをノックし、足音を立てずにするりと中へ入った。
 目の前ではあまりにも予想通りの光景が繰り広げられていた。フランドールが光弾を打ちまくり、マルクがそれを避けまくる。コーティングと防音処理が無ければ、何回地下が崩落したか解らないなと咲夜は溜息をついた。そのまま二人の遊びが一段落するまで静かに待つ。
 やがて咲夜に気付いたマルクがフランドールを制した。咲夜は丁寧にお辞儀するとフランドールに言った。
「失礼します、妹様。買い物に出ますので、マルクを少々お貸し下さい」
「りょーかーい」
 マルクが軽く返すと、フランドールは不満げに頬を膨らませて、
「えー。まだ遊んでる途中じゃない。行っちゃうの? 私と仕事とどっちが大切なのよー」
「そりゃ仕事サ。ここを追い出されたら、キミにも逢えなくなっちゃうだろ?」
 フランドールは納得した顔になって、
「なるほど! じゃ、行ってらっしゃい!」
「おー。帰ってきたらまた遊ぼう」
 と、扉の外へ消える二人を元気よく見送った。

  ◇

 会話らしい会話も無く、人里へ辿り着くと、咲夜はテキパキと買い物を済ませた。荷物は全てマルクに持たせているが、彼は重そうな素振り一つ見せない。意外と力があるのかもしれない。
「随分懐かれてるわね。一日持たずに爆発四散するかと思ってたけれど、おかげで結構楽させてもらってるわ」
 咲夜が言った。労っているにしては冷たい声だった。
「こっちこそ、色々教えてもらって助かってるサ。弾幕ごっこっていうのが流行っているんだってね。僕は避ける一方だけれど、あれはなかなかエキサイティングだね」
「流行り始めたのは割と最近だけれどね」
「あとはフランが、相手の目を潰してどんなものでもぶっ壊す能力を持っていることとか聞いたよ。クールだねえ。キミも時間を止めることが出来るんだってね。すごいねー。何でもありだねえ」
 褒めているのか馬鹿にしているのか判別付かない声だった。咲夜は横目に彼を睨みつつ、
「そういうあなたは何か出来るの?」
「ジャグリングが出来るよ。あとはパントマイムも。アクロバットも」
「あっそう」
「冷たいなあ。それじゃあ、キミは何か芸が出来るのかい?」
「手品が出来るわ。それにジャグリングも」
「本当かい! すごいな」
「伊達にナイフを扱ってないわよ」

 そこへ角から飛び出してきた子供達が、マルクを見るなり指さして大声を上げた。
「あ! 大道芸だ!」
「本当だ! ねえ、今日はどこの辻に立つの?」
「ざんねーん。今日はお仕事サ」
 マルクがにこにこしながら言うと、子供たちは不機嫌に頬を膨らました。
「でも明日は多分どっかにいるサ」
 すると一転笑顔になって、
「本当! やった! 次は何を投げるの?」
「そりゃあ秘密サ」
「えー。まあいいや。明日ね! 見に行くからね!」
「おいでませー」
 子供たちは手を振りながらどこかへ駆けて行った。

「……驚いた。いつの間に顔を売ったの?」
 咲夜が訊くと、
「暇な時に里で大道芸をしてるんだよ。ボクはキミみたいに忙しくないからサ」
「じゃあ言いつける雑務を七倍くらいに増やしても大丈夫ね」
「ヘイ、ヘイ、芸人から自由を奪うなんて非道もいいところだぜ?」
 マルクが笑いながら言った。咲夜は相手に気付かれないくらい小さく溜息をついた。彼はどうしてこう妙に演技がかった喋り方をするのだろう。咲夜はこの喋り方が好きになれなかった。
「まあ、でもほどほどにしときなさいよ。あなたは飽くまでも紅魔館付きの道化なんだから。あまり里での興行にかまけて、妹様を退屈させたら駄目よ」
「そういえば、どうして誰もフランを名前で呼ばないんだい?」
 瞬間、咲夜の目が鋭くなった。
「なんでそんなこと訊くの?」
「別に。何となくサ」

 咲夜は立ち止まって、真正面にマルクを見据えた。マルクは笑っている。彼女の顰めた顔は、実にマルクと対照をなしていた。一方的に冷たい空気が流れ、沈黙の後、咲夜が言った。
「マルク。はっきりさせておくけれど、紅魔館の主はレミリアお嬢様なのよ。妹様じゃなくてね。お嬢様こそが私たちの頂点に立つお方なの。紅魔館に勤めているのならば、どんな役職であれど、最終的にはお嬢様を第一に立てなくてはならない。でしょう?」
「そーねー」
「解ったの? 解ってないの?」
「どうでもいいのサ」
「無礼な行いをしたらグサリいくわよ」
 低い声で咲夜が言った。
「道化に礼儀を求めるとは無礼な人だ」
 マルクはけらけらと笑った。

 その顔を見て咲夜は不意に確信した。
 ああそうか、私はこの笑顔が嫌いなんだ。
 人の神経を逆撫でするような笑い方。本心から笑っているようにも、舞台上の仮面のようにも見える笑い方。笑顔の裏ではきっとレミリアすら見下しているような笑い方。まるで霧のような男だ。そこにあることは解るのに、掴もうとすると空を切る。そうやってもがく相手を嗤うのだ。
 きっと、彼は自分とは真逆なのだと咲夜は思った。
 十六夜咲夜は決められた枠組みの中でこそ最大の成果を上げる人間である。圧倒的な存在の庇護下にあって初めて百パーセントの実力を発揮できるし、その何かに自らを捧げることを無上の喜びと感じる。
 しかしマルクは、仕えているはずの紅魔館、ひいては主君レミリアにも尊敬の念を抱いていない。少しも抱いていない。一見して立ち振る舞いは穏やかだが、その精神は傍若無人だ。まあ、他人の心の中なのだ。本来嘴を挟むようなことでもない。
 気に入らないのは、レミリアがそれを容認していることであろう。そして彼は有能なのだ。紅魔館に対して害になるようなことは何一つしていない。それは認めねばならない。
 でも、私は彼が嫌いだ。咲夜は心の中で呟いた。
 私は、彼が、嫌いだ。

「……まあいいわ。仕事さえきっちりしていればね。行くわよ荷車」
「はーい」
 耳に付くような、やけに元気のいい返事だった。

  ◇

 チェスボードを挟んでレミリアとパチュリーが向かい合っている。二人の他には誰もいない。時折駒を動かす固い音が鳴る以外、会話らしい会話も無いが、そこにはプライベートな安らいだ空気が流れていた。二人は仲のいい、それぞれ唯一といってもいいくらいの友人なのだ。
 白の駒を動かしながら、パチュリーがぽつりと言った。
「ねえ、レミィ」
「なに?」
 レミリアの声は、人前に立つ時のそれと違って非常に柔らかい。
「あの道化なんだけれど」
「問題あった?」
「いいえ。随分助かっているわ」
「そう」
 再び居心地のいい沈黙が辺りを包んだ。二人とも自然に会話を切り出すタイミングを計っていた。しかし言葉を発してしまうのが惜しいくらいの暖かい沈黙であった。
 やがてパチュリーが口を開いた。
「ねえ、レミィ」
「ん?」
「あの道化、本当はあなたが呼んだんじゃないの? その、つまり、運命を操作して」
「違うわ」
 レミリアは即答した。
「本当?」
「本当よ。私だって結構驚いているのよ。フランと毎日遊んで、まさか十日も生きているなんてね」
 言いながらレミリアは微笑んだが、パチュリーは真面目な顔になった。
「それなのよ。傷一つ無いなんてね。偶然にしてはちょっと」
「フランがマルクを殺さずにいるのがそんなに不思議?」
「ええ」

 吸血鬼は最強の種族だと言われている。それは何か特別な理由があるわけでは無くて、単純に、数ある異形の中で最も力が強いからだ。ちょっと指を捻るだけで人間なんて簡単に捻じ切ることができるし、程度の低い動物であれば睨むだけで殺すことも出来る。
 加えてフランドールには能力があった。彼女は物質から、魂の核ともいうべき急所(本人は「目」と呼んでいる)を抜き出して、掌の中に転移させることが出来る。その急所を吸血鬼の力で握り潰せば、核を失った物質は、自分の存在を繋ぎ止めることが出来なくなって、内側から爆発するように自壊する。つまりフランドールは、目視できる物であれば、どんな大きさでも、材質でも、もちろん人間でも破壊することが出来るのだ。
 このあまりにも破壊に特化した能力を、彼女は驚くほど頻繁に使用した。精神的にまだ子供なフランドールは、癇癪を起すたびにこの能力を用い、過去いくつもの「おもちゃ」を失ってきた。

 それが、今回は少々様子が違う。単純にマルクを気に入っていると考えてもいいが、過去の惨状を知っている以上、それだけでは腑に落ちない部分があったのだ。経験的に、マルクはもう七十回は死んでいてもいいのに、なぜ今なお五体満足で生き永らえているのだろう?
 そこでパチュリーが疑ったのは姉のレミリアの能力である。彼女もフランドール同様、元々の身体能力に加えて特別な能力をもっている。ただし彼女の能力は破壊行動には一切向かない。
 詳しいことは省くが、彼女は物事の「結果」を予め決めておくことが出来る。例えば彼女がマルクを死なせないようにと働きかければ、何がどう展開しようとマルクは死なない。そんな都合のいい能力を持っていれば、パチュリーの疑念も尤もである。レミリアは指を組むと、目を細めて言った。

「私もよ。不思議だと思うわ。でもねパチェ、今回、私は何もしていないの。誓って言うわ。私は何もしていない。マルクが紅魔館に来たのは偶然で、殺されずにいるのは、フランの意思」
 姉として何か思うところがあるのだろうか、レミリアの声がやけに感慨深く聞こえて、パチュリーはくすりと笑った。
「偶然ねえ。言っちゃ何だけれど、レミィの口から聞くと怪しさ満点ね」
「或いは、こういうのを本当に運命と呼ぶのかもしれない。空の上からやって来たっていうのも、案外本当かもね」
「それはどうかしら」
「チェックメイト」
 突然レミリアが鋭い声で言った。
 無意識に駒を動かしていたパチュリーは、はっとして盤に釘付けになった。
「え? 嘘!? あーっ! やられたー!!」
 頭を抱える彼女に、レミリアはいかにも楽しそうな顔をした。
「詰が甘いのよ」
「むー」
 パチュリーは自分の手を思い出しながら盤をあれこれ指さして、やがてそれに飽きると机に突っ伏した。
「はあ……毎度思うんだけれど、どうしてキングよりもクイーンの方が強いのかしらね」
「さあ。キングが死んでも自分は生き残れるようにじゃない?」
「ひどい女ねえ」
「そうね。ひどい女よ」
 その時レミリアに一瞬浮かんだ虚ろな表情を、パチュリーは見逃した。

  ◇

「ただいまー」
 マルクが扉を開けると、地下室はまるで納骨堂のようにしんと静まり返っていた。散らばる玩具を蹴り飛ばさないように注意しながら、フランドールを探して歩くと、ベッドの上ですやすやと寝息を立てているのに気が付いた。
「寝てるのかー?」
 呼びかけてみたが反応は無い。
「しかし、いい羽だなあ」
 羽に触ると、薄く目を開けた。
「……三度も通用しないわ」
「三度目の正直っていうだろ」
 フランは微笑むと、眠たそうなのをなんとか振り払って体を持ち上げようとして、マルクに止められた。
「おやすみ、フラン」
「……起きたら、ここにいる?」
「いるよ。だからおやすみ、フランドール」
 マルクが言うと、フランドールはうとうとと目を閉じた。
「……おやすみ、マルク」
 やがて彼女が完全に寝入ったのを確認したマルクは、音を立てないように慎重に扉を開けて出て行った。



第三章へ続く
吸血鬼と大彗星の魔法使い | 【2011-06-09(Thu) 00:00:00】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
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