管理人

あめふら

Author:あめふら
二次創作のお話を書いたり、書かなかったり。
リンクはご自由にどうぞ。していただけるのなら喜んで。

何かありましたらこちらまでお寄せ下さい。
amefurashi00◇gmail.com
(◇→@)


目次
最新コメント
刊行
pixivで描いた漫画をまとめました。


『OVERCOLL2』 とらのあな
booth
制作
作ったものを売っています。


『レジンフィギュア・物部ハト』 とらのあな

リンク
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサー広告 | 【--------(--) --:--:--】 | Trackback(-) | Comments(-)
傲慢な銃 第五章
第四章の続きです。未読の方は先に第四章をお読み下さい。


 射命丸が七日ぶりに香霖堂へ姿を現した。
 その顔には疲れたような、期待を裏切られたような、そんな表情を浮かべている。
 霖之助はいつも通りにカウンターで本を読んでいた。文が近づいて本を取り上げると、初めて来客に気が付いたような顔をして彼女を見上げた。
「いらっしゃい」
「久し振りに逢ったんですから、もうちょっと何か無いんですか?」
「久し振りって程でもないだろう。まあ、お茶くらいは出そう」
 霖之助は後ろの棚から金平糖を取り出して文の前に置き、自身は店の奥に姿を消した。
 一人文はカウンターに肘をついて、溜息混じりに金平糖をつまむ。
 あ、甘い。
 しばらく口の中でころころ転がす。そこへ霖之助がお茶を持って戻って来たので奥歯でかりっと噛み砕いた。

「……ありませんでしたよ。反応」
 文が茶をすすりながら言った。
「一週間待ってみたんですけれどね。何の接触もありませんでした」
「へえ」
「本当に何も無かったんですよ。びっくりするくらいいつも通り。なんか拍子抜けですよ」
 と、力なく息を吐く。
「……やっぱり、銃なんて関係無かったんじゃないですか? そもそもの根拠が椛の発言一つだし……。ていうか考えてみたらですね、天狗にとって銃の一本や二本、脅威でも何でもないんですよ。天狗は銃を使わない、って言いましたけれど、その時だけたまたま河童から借りてたのかもしれませんし。情報統制にしたって、やっぱり安全を優先した結果ああなったとしか思えないんです。元々無名の場所だから、逆に公開しない方がいいってね。私自身、知らなくて不便したことはありませんし」
 霖之助は黙って文の話を聴いている。あれだけ銃に注目していたのだから、彼にとってもこの結果は意外であろう。だとすればもう少し反応を見せてほしいものだ。
 店主さんまで無反応とは面白くないと文は思う。大物が釣れるかもしれないと、なまじ期待していただけに、その落差は大きい。文はカウンターの上に腕を組んで、顔を沈めこむと上目使いに言った。
「……もう叩いても何も出ないんじゃないですかね? そりゃ、『天狗隠し』に何があるのか解らなかったのは残念だし、店主さんにしてみれば、ご友人の死因が解らなくて不服でしょうけれど……ねえ聴いてます?」
「ああ、聴いてるよ」
「だったらもっと反応して下さい。あなたが言い出したことですよ?」
「そうだね」
「……はあ。なにやってたんだろ、私」
「暗い」
「暗くもなりますよ」
「ネタは潰れたし」
「ええ」
「店主は反応してくれないし」
「はい」
「椛ちゃんの様子はおかしいし」
「そう……なんですって?」
 顔を上げると霖之助がにやにやしながらこちらを見ていた。
「……この眼鏡っ! 何か知ってたな! 遊ばれた! 泣いてやる! 泣いてやるっ!」
「泣かれたら困るので謝ります」
「何か知っているなら最初から言え! っていうか何で椛の様子がおかしいって知ってるんですか!」
「それは簡単だ。昨日、椛ちゃんがここに来たんだよ」
「椛がここに?」
「ああ。反応はあったのさ」
 そういうと霖之助は、金平糖を一つ口の中に放り入れ、即座に噛み砕いた。

  ◇

 その日、香霖堂の門をくぐった犬走椛の顔は、お世辞にも明るいとは言えなかった。何か思いつめたような深刻な顔だ。彼女が相当の問題を抱えていることは誰の眼にも明白であり、実際、彼女は悩みを抱えていた。それも同僚の天狗達には相談出来ないような類の悩みだ。香霖堂へ足が向いたのは、霖之助が天狗の社会から見て完全な第三者だったからだ。
「こんにちは……」
「いらっしゃい。ああ、ちょっと待っててくれ。今お茶を淹れるから」
「へ? いや、そんな悪いです、わざわざ」
「何を言っている。僕が飲みたいから淹れるんだ。君はついでだ。運が良かったな」
「え? ……あ、はい。そういうことなら……」
 森近さんはにっこり笑うと、店の奥に引っ込んでいった。炊事場でもあるのだろうか? 多分あるのだろう。森近さんはここに住んでいると聞いたし、きっと店の裏手がそのまま居住空間になっているのだ。
 ぼうっと、気の抜けたように森近さんを待つ。待ちながら改めて店内を眺めてみると、なかなか凄い光景であることに気付かされる。急な来客があって、慌てて部屋の中のものを押入れに詰め込んだ、その押入れの中みたいな風景だ。地震が来たらどうするのだろう? いや、大声を出すだけでも危ない気がする。
 静かに待たざるを得ない。しばらく、時計の音だけが辺りに響いた。

「凄い所に住んでるな、と思っているだろう?」
 森近さんが湯飲みを二つ手にして戻って来た。大きい方を自分の前に、小さい方を私の前に置く。
「あ、どうも……」
「大抵の人には、この店は倉庫か物置に見えるらしい。まったく、彼らは香霖堂というものを真に理解していないとみえる」
「はは……」
 苦笑いしか出来ない。だって私の眼にも倉庫に見える。
「おかげで最近じゃあ射命丸くらいしか来ないんだよね」
 射命丸、という言葉にびくりと動きが止まった。そっと森近さんの顔を覗き見る。彼の顔に変化は無い。見つめ返されて、思わず下を向いてしまった。
 今日、この店を訪れたのはまさにその文さんに関するのことなのだ。彼は私よりも文さんのことをよく知っていると思い、ここまで足を運んだのだ。
 何度か顔を上げて口を開こうとして、また下を向いてしまった。最初の一言が出てくるまで随分時間がかかった。その間、森近さんは何も言わなかった。
「……森近さんと文さんは仲がいいんですよね?」
 やっと吐き出した言葉は、まるで自分の声ではないみたいだった。
「仲がいいと言うか、関係は長いね。他に天狗の知り合いもいないし。ああ、最近新しく出来たけれど」
「……あの……文さんって……」
「ん?」
「……文さんって、こっそり悪いことしていたりします?」
 森近さんはちょっと不思議そうな顔をしたあとで、
「どうしてそう思うんだい?」
「実は……私、文さんのことを監視するように言われてて……それで」
「……は……あっはっはっはっは!」
「え! あの、森近さん!?」
 森近さんが急に笑い出した。
 何だ? 私、笑われるようなことを言ったか? 違う、笑い事じゃないんだ。
「あっはっはっはっはっは!!」
「あの……笑わないで下さい! 嘘じゃないんです!!」
「ああ、ごめんごめん。いや、まさかそう来るとは思わなかった!」
 森近さんはどこか嬉しそうに指を組んだ。
「本当なんです! 怪しい行動が無いか見張れって言われて、情報流出の疑いがあるからって言われて、でも文さんがそんなことしてるなんて思えないし、今日も『何か様子がおかしいけれど大丈夫?』って」
「あー。それは苦しい。一人で悩んでた?」
「悩みました! だってこんなの文さんには言えないし! 他の天狗にも言っちゃいけないし、どうしたら……」
「なるほどねえ。それで僕のところへ」
「……無いですよね? ……文さんがそんな……無いですよね?」
 しゃくり上げる私に、森近さんは子供に語りかけるような穏やかな声で言った。
「君はいい子だな。射命丸もいい友人を持ったじゃないか。とりあえず泣き止もう? 話は落ち着いてからだね。どうせ客はこないからじっくり待つよ。それとも、今すぐ聞きたいかな?」
「……いますぐ」
「全く心配無い」
「よかったあ!! よかったああぁぁ……ううっ」
 その後、涙が止まるのには少し時間がかかった。

 落ち着きを取り戻した私に、森近さんは言った。
「まぁ、完全に白かっていうとそうでもないんだけれどね」
「え?」
 いきなり前言撤回である。奇妙に思っていると、
「射命丸の出している新聞、知ってるかな?」
「『文々。新聞』ですよね?」
「酷いだろ?」
「いいえ? 面白いと思いますけれど」
「ああ、そう。で、その『文々。新聞』なんだけれど、人里にも多少流通していてさ。ていうか妖怪の新聞を人里で捌くなんて始めたのは彼女なんだけれどね。おかげで実質市場独占状態だ。里で天狗の新聞といったら即ち『文々。新聞』のことなんだ。そのせいで射命丸は『里に最も近い天狗』なんて呼ばれたりする」
「へえ。凄いな……」
「で、問題なのは『文々。新聞』って半分くらい捏造なんだよ」
「ええっ!?」
 耳を疑ったが、森近さんは極めて冷静だ。
「自作自演って言った方がいいかな。まあ、これは何も『文々。新聞』に限ったことじゃないんだけれど。僕らから見れば天狗の新聞って大体そんなもんだし」
「そ、そうだったんですか」
「それが身内に留まっているうちはまだいいさ。天狗が書いて天狗が読んでいるうちはね。ところが読み手が人間になるとどうだ? 山に行ったことの無い人間は『文々。新聞』を読んで山の姿をイメージするだろう。針小棒大の新聞記事をそのまま真実だと受け取ってしまう恐れがある。するとどうなる? 例えば『天狗が人里に攻め込もうとしている』なんて間違った記事が出回った場合、里人はそれを真実だと思ってしまう可能性が有る」
「大変じゃないですか!」
「実際には里の人間も天狗の新聞なんて半分嘘って解ってて読んでいるから、そんなことは起こらないんだけれどさ。とにかく、こういった理由で、射命丸は同じ天狗の中でも非常に目立つ存在なんだよ。なにせ彼女の一言で、里から見た天狗全体のイメージが動きかねないからね」
「……文さんって想像以上に凄い方だったんですね」
「うん。だから、ここだけの話、彼女には定期的に監視が付くんだ」
「ええっ!? て、定期的に!?」
 飛び上がらんばかりに驚いた。
「なんだったら、天狗仲間の誰かに聞いてみるといい。『射命丸さんって見張りが付くんですか?』ってね。多分、大抵の天狗が『ああ、あいつなら監視されても仕方ない』みたいな雰囲気だと思うよ」
 そういえば以前、先輩達の前で文さんの名前を出したらそんな感じの反応だった。
「だから君は何も心配しなくていい。だって射命丸だし」
「……そうだったんですか……」
「君はいい子だな」
「いえ! そんな……」
 軽く頭を振りながら、心の底から安堵していた。つまり私一人で空回っていただけなのか。良かった。空回りで良かった。文さんは何も悪く無かった。
 随分心が軽くなった気がする。監視はそれとなくでいいと言われていたのには、こういう背景があったのか。思い切って森近さんに話してみて正解だった。
「ありがとうございました。随分楽になりました。何てお礼をしたらいいのか……」
「別に、僕はお茶を出しただけだしな」
「ええと……それじゃあ、お茶代! ここは道具屋さんなんですよね。何か買いましょう」
「うーん、客としてなら大歓迎なんだが、本当にただお話ししただけだしなあ。それで何か買わせるのはちょっと良心が痛む」
「え? あ、すみません。ですが……」
 と口をもごもごさせていると、森近さんがこんな提案をしてきた。
「そうだ。どうしても何かしないと納まりがつかないっていうのなら、話で返してもらおうかな」
「話ですか?」
「そう。僕は話を聴いて、話をしただけ。だから君も話をして、それでチャラだ。どうだろう?」
「でも、私そんなにお話は上手くありませんよ?」
「なに、何でもいいんだよ。僕は山に住んでいないから、山の話題なら何でも新鮮なんだ」
「ええと、そうですね……」
 そういわれても、何を話したものか、咄嗟には浮かばない。何でもいいと言われたけれど、だからといってあまりにも的外れな話をしてもつまらないだろう。森近さんと私の共通話題、と考えると結局父の話に行き着くのだが、それはこの間話したし、同じ話をまた繰り返すのもどうかと思う。
 ならば少し捻りを加えてみようか。そうだ、道具屋さんなのだから、道具の話はきっと好きだろう。父と、山と、道具の話。
「ええと、この間の話なんですけれど、『天狗隠し』って覚えてますか?」
「覚えているとも!」
 飛びつくように返してきたので、驚いて言葉を呑んでしまった。少し間があって、森近さんが気まずげに咳払いをすると、私はそれをきっかけにして話を再開した。
「……それで、ですね。この前その『天狗隠し』で不思議なものを見たんですよ。あ、見たって言っても遠くからですけれど」
「ああ、封鎖されているって聞いたからね。それで、一体何を?」
「ええ。『天狗隠し』の中には、剣とか、盾とか、他にも色々と落ちているんですけれど、その中に一本だけ、猟銃があるんです。それで、その銃がですね、動いたんです」
 森近さんの目が爛々と輝きだした。
「へえ! それは不思議だな。動いたっていうのはどういう?」
「ええと、見たときは、自分で鳥を撃ってました」
「それは凄いな!」
「不思議ですよね」
「いや凄い、凄いぞ! それはつまり付喪神か? いや幽霊か? それとも妖精か? いや単純に山に中てられたという可能性もあるな。しかしそれが猟銃を使ったとすると……猟銃?」
「あ、あの? 森近さん?」
 テンションの上がり幅が凄い。喜んでいただけたようなので非常に嬉しいは嬉しいけれど、一人で右へ左へ呟きながらにやにやと笑う姿は不気味ですよ?
 ああ、そういえば文さんが「変人だから気をつけて」と言っていたのを思い出した。こういう一面を言っているのか! 客が来ないのってこれが理由じゃないだろうか? どう見たって変な人だもの。
「……もりちかさーん?」
 おずおずと声をかけると、森近さんは勢いよくカウンターに手を突いて、
「素晴らしいな! 是非この眼で見てみたい!」
「え? いや、それ無理ですって! 封鎖されてるんですから!」
 つられて大声を出したら、後の棚が少し軋んだ。はっとして振り向く。気のせいだったのか、何ともないようだ。ほっと胸を撫で下ろすと、森近さんも落ち着いたようで、まるで残念だと呟くように沈み込んだ声で言った。
「……ああ、そうだったか……。そういえば、天狗の封鎖ってどうやるんだい? 人と同じように、縄を張ったり看板を立てたりするのか?」
「いいえ。普通に見張りが数人いるだけですけれど」
「え? そんなもんでいいのか?」
「そんなもんでいいんです。そもそも誰も近づきませんし」
「ああ、天狗だからな。少人数でも戦力的には全く問題が無いのか」
「たぶん」
 森近さんはそのままじっと考え込んでしまった。再び、静かな時計の音だけが店内に籠る。何となく沈黙が辛くなってきた頃に、私から口を開いた。
「……やっぱり、気になりますか? 『天狗隠し』」
「そりゃあね。あいつの死んだ場所って聞いたら、気にもなるさ」
「ですよね……」
「まさか僕の方が長生きするとは思わなかった」
 森近さんが溜息を吐いた。彼の顔が、心なしか淋しそうに見えた。沈黙が続く。
「……ああ、すまない。いや、面白い話を聞かせてもらったよ! お茶代なんてお釣りがくるくらいにね」
 口を開いた森近さんは、すっかりいつもの調子に戻っていた。私も体に残っていた変な力が抜けた。
「そうですか! 良かった」
「ところで、今のお話なんだけれど……」
「解ってます。射命丸さんには内緒! ですね?」
「ああ、ありがとう。君も、僕に喋った内容は誰にも言わないように。下手すると君が情報漏洩! なんて監視される羽目になるかもしれないからね」
「大丈夫です。森近さんと私だけの秘密ってことにしときます」
「……君は本当にいい子だな」
「えーっと、ありがとうございます!」

 香霖堂を出ていく時には、来た時とは打って変わって、とても軽やかな気持ちだった。
 まるで心の中の重い荷物をそのままお店の中に置いてきたみたいに。ひょっとすると、あの店にはああやって物が増えていくのかもしれない。そんな風に思えてくる。
 私はきっと出会いに恵まれているのだ。それが何とも言えず嬉しかった。

  ◇

「……心が痛い」
「とりあえず殴っていいですか?」
 笑顔の般若が霖之助を見下ろしていた。
「何でだ! あの場での対応はあれが最良だったと確信しているぞ!」
「私を馬鹿にしたことは許そう。新聞を馬鹿にされたことも許そう。だがドサクサに紛れて椛から情報を搾り取ったな!! それは許さない! あの子はもう利用しないって言ったじゃないですか!!」
「いや、それに関しては本当に心が痛い……」
「黙れ!!」
「とりあえずその葉団扇を仕舞おう? 君は監視されているんだぞ? 暴力沙汰は避けた方がいいんじゃないかな?」
「へー。随分上手く立ち回るじゃないですか?」
「上手いといったら向こうも大したものだぞ。おそらく君と椛ちゃんの関係を知った上で、弱い方を使って釘を刺して来たんだから」
「解りますよそのくらい! 実質監視されているのは椛ってことでしょう!」
「最早一種の脅迫だね。僕もまさかこう来るとは思わなかった。これは本当だ」
「まったく……監視ですって? 冗談じゃない!」
 文が自棄気味に葉団扇をカウンターへ叩き付けると、合わせて店内に風が巻き起こった。扉や窓が一つ残らずがたがた鳴く。ただでさえ不安定に置かれた数多の道具達は、自分がいつ崩れるのかと震えている。霖之助だけがその場から動かない。
 風が治まると、残り香のような埃が宙を舞った。沈黙の中に文の溜息が吸い込まれる。
 彼女に定期的な監視が付くというのはもちろん嘘だ。しかし、そう言っておけば椛の不安は取り除かれるし、何より第三者が聞いても迂闊に否定出来ないような真実味がある。実に上手い嘘だ。その点は霖之助の口に感謝すべきだが、果たして、これ以上彼に付き合っていていいものだろうか、文の内心は穏やかでない。自身の行動で自身が傷付くうちは構わないが、他人にまで累が及ぶとなると考え物だ。
「……余裕ですよね、店主さん。自分は無傷だから」
「そうだね」
「……よくそんな簡単に流せますね? 私と椛で貴方の分の疑いを被ってるんですよ? 言っておきますけれど、貴方に代わって首を切られるつもりまではありませんからね!」
 苛立たしげに文が言うと、霖之助も諦めたように、
「ああ、知っているよ。そろそろこの件からは手を引いた方がいいかもしれない。君達は特にね」
「言われなくてもそうしますよ」
「じゃ、この話はもう終わりだ。忘れてくれ」
 さらりと言うと、霖之助は椅子にもたれて読みかけらしい本を手に取り、実にスムーズな動作でページをめくりだした。
 あまりにも普段通りの彼の格好に、文はぽかんと開いた口を塞げなかった。

「……は?」
「いや、『は?』じゃなくて」
 霖之助が言った。
「……え? なに? 本当にやめるんですか?」
「そうだよ」
「ここまでやっておいて、そんなあっさり投げ出すんですか!?」
「だって、これ以上動きようが無いし」
「肝心なところは何も解ってないのに?」
「諦めも肝心」
「私をあれだけこき使っておいて?」
「何か埋め合わせはしよう」
「椛に必要無い不安まで背負い込ませておいて?」
「悪かったと思ってる」
「ここまで来たら最後まで突っ走るって気は無いんですか!!」
「無理なものは無理」
 本気で言っているのか? ああ幻滅というのはこういうことをいうのか。文は眩暈すら覚えた。随分気持ちの切り替え方が上手いじゃないか。既に彼の心は『天狗隠し』から離れているのだろうか? これだけ周りを巻き込んで、好き放題やっていながら? どす黒い気持ちがぐらぐらと湧き上がってくるのを文は感じた。
「……じゃあ、何ですか? 私達はただ店主さんの暇潰しに付き合ったってだけですか?」
「それは酷くないか? 君だって楽しんでいたじゃないか」
「じゃあ、遊びとでも言い換えましょうか? あやや、それで危険な目にあってちゃ様無いですね、私達?」
「だから手を引くんだろう。これ以上悪くなる前に」
「切り捨てるの間違いじゃないの?」
「そんなこと言ってない」
「言って無くてもやってるじゃないか!!」
 冷たい叫びが店内にこだました。また窓ガラスがぴりぴりと揺れた。
 文は霖之助の顔をギッと睨みつける。霖之助は文とは対照に、少々険しい程度で、まるで普段通りの彼の顔を保っていた。
 向かい合わせのまま、長い長い静寂が続く。
 やがて霖之助が動いた。
「……悪かったよ。でも、山の住人じゃない僕が山の情報を手に入れるには、どうしても君達を使わなきゃならなかったんだ」
「使う、ねえ。そうね。私はさぞ便利な駒だったでしょうよ」
「そういう言い方は良くない」
「私、今不機嫌なんです」
 とたんに店内にごう、と風が巻き起こって、いくつかの商品が棚から転がり落ちて割れた。ぱりん、という硝子質の音と同時に、霖之助の表情が歪む。こんなものには揺らぐのか。腹が立つ。
「あなたの身勝手は知っていましたが、ここまで振り回されたのは初めてです。帰ります。しばらく来ません」
 文はくるりと踵を返し、出口に向かってつかつかと事務的に歩く。扉に手をかけたその時、背後から声がかかった。
「最後に一つ訊いていいかい?」
「どうぞ」
 振り向かずに答える。
「天狗って粉微塵にされても死なないって本当?」
 一瞬気が遠くなった。何を言い出すのかと思えば、何を言い出すのだこの男は?
 こういう時にかけるべきは、謝罪か弁明か泣き言だろう。まず相手を気遣え。もう呆れる。
「さあ? 粉々にされたら流石に死ぬんじゃないですか? ま、大抵の傷では死にませんけれど。それでは」
 一気に言い切ると、感情のままに扉を乱暴に開けて、叩き壊すように閉めた。
 外の空気に触れると、煮えたぎる心の中に、一筋の空虚な風が突き抜けた。
 自分のやってきたことは無駄だったのか? いたずらに身を危険に晒しただけなのか?
 ああ、森近霖之助とはなんと我が儘な男だろう。まるで子供だ。気紛れな暴力だ。自分の手は一切汚さずに情報だけを持ち逃げしやがった。
 渦巻く心を溜息に吐き捨てると、まだ明るい空に向かって思い切り羽ばたいた。



第六章へ続く
傲慢な銃 | 【2011-04-11(Mon) 00:00:00】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。